男児が救急搬送される瞬間。へその緒を持ってついていく隊員も(写真は近くの住民提供)

最初は猫の鳴き声だと思った

「妊娠したことを誰にも言えませんでした。殺すつもりはありませんでしたが、捨てて土をかけたことは殺すのと同じだと思います」

 と逮捕された母親は罪を認めているという。

 生後間もない男児を殺害しようとしたとして警視庁東村山署捜査本部は8月23日、母親で運送会社の深夜ドライバー・小松志保容疑者(35)を殺人未遂容疑で逮捕した。

 警視庁によると、小松容疑者は8月3日ごろ、東京・東村山市の空堀川岸の地面を掘り、出産した男児をあお向けに寝かせ、土をかけて窒息死させようとした疑い。赤ちゃんの泣き声に気づいた現場近くの住民による迅速な対応のおかげで一命をとりとめた。

 全国紙社会部記者は、

「当初、小松容疑者は8月2日未明、配送先の埼玉県の会社のトイレでひとりで出産し同日午前9時半ごろ遺棄したと報じられた。119番通報は翌3日午前9時20分すぎなので24時間、土中に埋められていた計算になる」と話す。

 事実ならば、助かったのは“奇跡”に近い確率だろう。

 119番通報した元東村山市議・保延務さん(76)は、

「最初はネコの鳴き声だと思ったんですよ」

 と、その朝を振り返る。

 8月3日午前9時20分ごろ、川沿いの保延さん宅インターホンのチャイムが鳴った。

「川から赤ちゃんの泣き声がする。怖いから見てほしい」

 と近隣宅の50代女性。

すぐ救出すれば助かるから!

 まさか。そう思いながら保延さんが川岸に近づくと「ヴァーヴァー」と、うなり声が聞こえてきた。住宅街より一段低い川岸をのぞき込むと、土中から人間の手首が……。ネコではなく赤ちゃんだと確信し、携帯電話で119番通報しながら川岸に急いだ。

「赤ちゃんが埋められて泣いている。至急、来ていただきたい。すぐ救出すれば助かるから!」

 周囲より少し盛り上がった地面から両手首と右足首が飛び出ていた。泣いているのは生きている証拠。赤ちゃんを傷つけないように両手でそーっと土を2回掻くと、青いタオルが見えた。2、3枚のタオルの下から生まれたばかりとみられる赤ちゃんが現れ、新鮮な空気を吸って泣きやんだ。目をつぶっていて身体全体が湿り気を帯びていた。

男児が埋まっていた場所で、土をどけるシーンを再現する保延さん

「バスタオルかなんか持ってきて!」

 保延さんは「必要ないほどの大声で叫んだ」という。

 インターホンを押した女性は近所の50代女性と様子を見守っていたが、慌てて自宅にバスタオルを取りに戻った。

「赤ちゃんの顔や身体にアリが這い上がってくるんです。僕はそれをフーッ、フーッと息を吹きかけ払い落とし続けていました」(保延さん)

 赤ちゃんのお腹からはへその緒が約20センチ伸びていて、先端は血の滲んだ胎盤の一部が小さなコンビニ袋にくるまれて地中に埋められていた。女性2人は躊躇なく地べたに座り込み、救急車が到着するまで約10分、赤ちゃんを動かさないように抱きかかえて待った。遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。

「僕はもう1度、119番しました。道がわかりにくいので1秒でも早く道案内するために」(保延さん)

 東村山消防署は後日、3人に感謝状を贈った。小平市内の病院に搬送された赤ちゃんは感染症や黄疸を発症していたが、命に別条はなかった。関係者によると、すでにNICU(新生児集中治療室)を出て相当回復しているという。

地味だった小松容疑者

「助かってよかった。一緒に助けた女性は“心臓がドクン、ドクンと脈打っていたから丈夫な男の子だよ”と言っていた。母親にどんな事情があったのかわかりません。でも、埋めることはない。育てられないならば、人目につくように駅前や交番の前や、うちの前に置いてもよかった。僕には孫が5人いて、彼は6人目の孫のようなもの。大変な人生のスタートだったけれど、生命力が強いからたくましく育つだろう。きっと素晴らしい人生が待っている」(保延さん)

 男児が埋められていた穴の深さは約14センチで、長さ約40センチ、幅約30センチ。タオルの上に約2センチの土がかけられていた。

 なぜ、周囲は妊娠に気づかなかったのか。男児の父親はいったい誰なのか。

3歳の娘を持つシングルマザー

 勤務先の運送会社幹部は「相談してくれなかったのが残念だ」と話す。

「本当に誰ひとり妊娠に気づかなかった。父親の心当たりもありません。彼女(小松容疑者)は遅刻、無断欠勤はなく仕事はきちっとしていたけれど、頑固で難しい性格でした。ミスをしたとき“私はしていません”とウソを言うことがあった。同僚運転手と個人的な付き合いは全くなかったと思う」(同幹部)

 小松容疑者は宮城県出身。地元の中・高を卒業後、専門学校でトリマー(犬の美容師)を目指したが、実際にはその道に進まず、職を転々。どれも長続きしなかった。約1年半前、現在の仕事に就いた。遺棄現場から徒歩約10分の賃貸マンションで暮らす。

 近所の女性は、「3歳の娘さんを持つシングルマザー。ただ、実母とその内縁の夫と同居していて、収入源は彼女の給与だけみたい。地味な人だけど、ときどき娘さんを怒鳴りつける短気なところがあった」と話す。

 推定収入は月30万円以上。自宅賃料は約8万~9万円とみられ、母娘2人ならば家計のやりくりができる稼ぎ。しかし、一家4人を支えるのは厳しかったかもしれない。

 別の近隣女性は、「娘さんの手を引いて一緒に買い物をするなど、しっかり母親をしていたと思う。100均ショップで“これ欲しい”とねだる娘さんに“1つだけよ”と言っていた。お腹の子を本気で殺そうと思っていたなら、妊娠中にわざと転ぶこともできたはず。殺してから埋めたわけでもないし」と、容疑者に同情する。

 男児の父親の責任も重い。