右車線の白い車は車間距離を執拗に詰めるなどあおり運転を繰り返した(写真提供/JAFメディアワークス)

「信号のないT字路で右折したら左から飛ばしてきた車とぶつかりそうになりました。相手の車がブレーキを踏み事故にならずにすんだのですが、私の不注意だと思ったんでしょうか、その後、相手の車があおってきました。

 赤信号で止まると運転手(20代男性)が降りてきて、窓ガラスを叩かれたり怒鳴られたり、殺すぞって脅されたり……。本当に怖かった

運転中は欲求不満の状態

 あおり運転の被害に遭った50代の女性は、恐怖体験を振り返る。ひとしきり文句を言った後、車に戻った運転手はそのまま立ち去り事なきを得たが、しつこい相手だったら……。ぞっとする出来事だ。

 今年6月、あおり行為など危険運転が原因で、東名高速道路で夫婦が死亡した事件以降、各地で悪質ドライバーによる交通トラブルが報告されている。

 急接近や急ブレーキ、ウインカーも出さない急な割り込みなど、事故を誘発するようなあおり運転の摘発件数は、昨年1年間で7千件以上。なぜ、そんなに起きているのか。

 交通心理学の専門家で、東海学院大学の中井宏准教授は、

「運転中は欲求不満の状態です。早く目的地にたどり着きたいのに赤信号で止まる、渋滞に巻き込まれるなど、イライラが募ります。この欲求不満の状態で割り込まれたりクラクションを鳴らされたりすると、ちょっとしたことがきっかけで攻撃的になることが考えられます」

 と運転手の心理を解説する。

 反対に、運転時に他のドライバーを威嚇した経験がある60代の男性に話を聞いた。

「片側2車線の道路の左車線を運転していたら、急に右車線の車が車線変更してきました。車間距離はほとんどなくてブレーキを踏みながらクラクションを鳴らしました。カッとなったので、次の信号で止まったときに車を降りて、文句を言いました」

 無視する相手に男性は車のドアをつかんで車体をゆするなど威嚇を続けたが、信号が変わると相手の車は発進した。

「今思い出しても腹が立ちます。一歩間違えば事故になったり、こちらの運転を妨害されるような状況なんですよ。こちらは悪くありません」

 と、あくまでも自分の正当性を主張する。

 前出の中井准教授は、

「運転中にカッとなりやすい人は、店員の接客態度にも文句をつけがちな人。要するに“怒りの沸点の低い人”だと考えられます」

写真右の黒い車は無理やり割り込み、前の軽トラックには何度もクラクションを鳴らした(写真提供/JAFメディアワークス)

 と見立てる。

 ロードサービスJAFで専門誌『JAF Mate』を発行している鳥塚俊洋さんは、

「安全のために道を譲ること、それがトラブル回避の基本中の基本です。

 あおり運転に対抗して逃げたり、仕返しであおったりするとエスカレートしていくパターンが多いんです。対抗すると“なんだ、この野郎”となる。あおるほうが悪いのですが、抵抗しないことです」

悪質ドライバーの対処法

 チャイルドシートの子どもに気を取られイライラするママドライバー、身体機能が低下している高齢者ドライバーは特に注意が必要と念を押す。

「ちょっとしたミスが周囲をひやっとさせてしまい、あおり運転と間違えられ、質の悪いドライバーとトラブルになってしまう可能性があります。より一層、注意を払い余裕を持つことが大切」(鳥塚さん)

 それでも世の中に大勢いる悪質ドライバーに運悪く遭遇したり、巻き込まれた場合はどう対処すればいいのか。

 交通問題を専門に扱う高山俊吉弁護士は、

「前提として、あおり運転をされない工夫、予防することです。つまり相手に、あおり運転をさせる理由を与えない」

 と安全運転の徹底を訴える。前出の鳥塚さんは、

「同乗者がいれば110番してもらいます。もしひとりだったら、必ず安全な場所に車を止めて110番してください。もし、相手に車を止めさせられたら、窓とドアをロックし、車にこもりましょう」

 と、説明する。さらに、

「車を蹴られて傷ができた場合は暴行罪、車から引きずり降ろされてケガをさせられたら傷害罪、“殺す”“金を払え”などの暴言は脅迫罪など、状況やケースによって異なりますが何らかの罪に問える可能性もあります」(高山弁護士)

 ただし、ひと言「バカヤローと怒鳴られ、不愉快な思いをした」など、すべてが事件になるわけではない。

録画・撮影で証拠をおさえる

「民事裁判を起こすこともできますが、慰謝料や損害賠償以上の費用をかけて裁判を起こすのは現実的ではありません。それに、警察が事件として扱えないものを自分ひとりで解決はできないので泣き寝入りせざるをえなくなります。泣き寝入りしないためにも証拠とともに警察に問題を持ち込み必ず事件化してもらえるように追及することですね」

 と高山弁護士は話し、

「事件化させることが重要なポイント。その際、証拠の有無で警察が本気になるかどうかが変わってきます」

 そこで活躍するのがドライブレコーダーやスマートフォンの録画機能だ。

「窓の外で怒鳴っている加害者を撮ることは抑止力になるんです。逆上されることは覚悟のうえです。ドアやフェンダーがへこむことは覚悟しましょう。このとき相手の車のナンバープレートも撮影しておきましょう」(高山弁護士)

 ナンバープレートが記録されていれば車の持ち主がわかり、捜査の手がかりになる。

 あおり運転がエスカレートすれば、誰もがいやな思いをするだけだ。回避のために高山弁護士はこう訴える。

「ウインカーやブレーキランプは、相手へのサイン。コミュニケーションなんです。サインを出しながら、周囲と会話し、道路を共有しているんです。こうした根本的なことを考えなければなりません」

 いずれ電気自動車の時代になれば自動運転で道路が共有され、あおり運転も過去の遺物になるのだろうか。