森見登美彦さん 撮影/佐藤靖彦

 2003年に『太陽の塔』でデビューして以来、数多くの小説を上梓(じょうし)してきた森見登美彦さん。新刊『太陽と乙女』は、デビュー以来、14年にわたってさまざまな媒体に寄稿してきたエッセイ90編を収録したエッセイ集だ。

「なんとなく、そろそろエッセイ集を出す時期かなぁって思うようになったんです。今までバラバラに書いてきたものをありったけまとめれば、本1冊分くらいにはなるかなぁと思っていたのですが、いざ集めはじめたらどんどん増えてしまって。結局、400ページを超える厚みのある本になってしまいました」

困難を覚えながら書いたエッセイの数々

 これまで多数のエッセイを執筆してきた森見さんだが、意外なことに苦手意識を持っているのだという。

「小説は小説で悩んでしまうので、決してスラスラ書けるというわけでもないんです。ただ、小説は自分とつながってはいるものの、ある意味、距離があるので気楽なんです。でも、エッセイはどう書けばいいのかがわからなくて。読者の方にはおもしろく読んでもらいたいけれど、かといって心にもないことは書けないですし。僕は特に変わった経験をしているわけでも、主張したい意見があるわけでもないですから。毎回、何を書こうかって悩んでしまうんです

『太陽と乙女』森見登美彦=著(新潮社/税込1728円)※記事の中の写真をクリックするとアマゾンの紹介ページにジャンプします

 本作の制作過程で過去のエッセイを読み返した森見さんは、あらためて気づいたことがあるそうだ。

章ごとにほぼ時系列でエッセイが並んでいるのですが、最初のころは、読者に笑ってもらいたい一心で必死やなって(笑)。必死すぎて“これは……”と思ったものには、部分的に手を入れたりもしました。後半は、今度はまじめなことを言おうとして力が入ってますしね。適度に脱力しつついいことを言えればいいのですが、なかなか、そういうことができないんです」

 かつてのエッセイを読み返すことで、忘れかけていた初心を思い出したとも。

「デビュー当時は、締め切りまでに作品を仕上げなければいけないという意識が高かったんです。締め切りに対して恐怖心を抱いていましたし、責任感も感じていた。かつてはそれほど厳粛な気持ちでいたというのに、最近の僕は“なぜ、この締め切りを守らなければならないんだ!”と怒りが湧いてくるんですよ。そんな自分に気づいて、ふと反省する瞬間があるんです」

牧歌的な夫婦生活の様子も垣間見られる

 本書には、読書論や日常の風景など多彩なエッセイが収録されており、読み進めるうちに森見さんの人柄や日ごろの様子が透けて見えてくる。例えば、穏やかな夫婦関係もそのひとつだろう。『最強の団子、吉備団子』のエッセイには、結婚前の奥様とのエピソードが記されている。

「あとから読み返したときには、“ちょっとやりすぎたかなぁ”と恥ずかしくなりました。でも、妻はあのエッセイが好きらしく、“エッセイ集に入るんですか?”って気にしていましたね」

 ちなみに、普段の森見夫妻の様子は……。

奈良に住んでいるということもあり、非常に牧歌的な夫婦だと思います。一時期は毎日、午後の1時か2時になるとふたりで散歩に出かけてコーヒーを飲むのが日課になっていました。冲方丁(うぶかたとう)さんに“老夫婦みたい”と言われたことがあるくらいです(笑)」

 特別に夫婦円満の秘訣も教えてもらった。

「人様に語れるようなことは何もないのですが……。しいていえば、妻は少し身体が弱いので、心身ともになるべく負担をかけないように配慮するとか、気遣いをすることでしょうか

森見登美彦さん 撮影/佐藤靖彦

 本書には、森見さんが小説家になるまでの軌跡も記されている。小学校3年生から物語を書きはじめた森見さんは、誕生日やクリスマスにお母様へ作品を贈ることが大切な行事となっていたという。

母に原稿用紙を買ってもらってから、いろいろな物語を書きはじめたんです。誕生日やクリスマスは、自分の中での締め切りのような感覚でした。大学に入学するまで、書いた作品は必ず母に読んでもらっていましたね」

 英文科出身で読書好きのお母様は、森見さんの読書歴にも少なからず影響を与えているのだそうだ。

「高校生のころは、アガサ・クリスティーとかピーター・ラヴゼイとか、母が読んでいた海外ミステリーを借りて読んでいました。スティーブン・キングの『IT』が好きで、読んでいたハードカバーの本を母に貸した記憶があります。僕が小説を書いていることに対して、父は“そんなことばっかりしてたらあかん”というスタンスでしたが、母はややこしいことはなにも言わず、応援してくれているような感じでしたね」

 森見さんは、小説と同様、エッセイも全力投球で書いているという。あらためて、『太陽と乙女』の読みどころを聞いた。

「すごくアホなふわふわしたエッセイからまじめなものまで、いろいろな意味で幅のあるエッセイ集に仕上がりました。ですから、『週刊女性』の読者の方にもなにかしら引っかかる部分があるのではないかと思います。

 デビュー10周年からはだいぶ遅れてはいるのですが、ひとつの区切りとなる1冊でもあるので、僕の小説の読者の方にもそうでない方にも広く読んでいただけたらうれしいです

(取材・文/熊谷あづさ)

■ライターは見た! 著者の素顔
『太陽と乙女』の中には、奈良が登場するエッセイも収録されています。奈良県人の森見さんにおすすめスポットを教えてもらいました。
「奈良の観光というと奈良公園や東大寺あたりに行くのが基本パターンになると思うのですが、時間に余裕があるときには、ぜひ、生駒山と大和文華館にも行ってほしいですね。古代の雰囲気が漂う、奈良の雄大な感じを味わってもらえたらと思います」

■取材後記
 好きなものや自著の解説など多様なエッセイが収められていて、読むほどに森見登美彦さんの存在が身近に感じられました。特に、小説のアイデアが湧いてくるのではという期待からノートやメモ帳を思わず買い込んでしまうという部分には、やせることを期待してエクササイズDVDを購入する自分を重ね合わせ、妙な安心感を覚えました。

<プロフィール>

もりみ・とみひこ◎1979年、奈良県生まれ。京都大学農学部、同大学院修士課程修了。在学中の2003年に『太陽の塔』でデビュー。『夜は短し歩けよ乙女』で第20回山本周五郎賞、『ペンギン・ハイウェイ』で第31回日本SF大賞、『聖なる怠け者の冒険』で第2回京都本大賞受賞、『夜行』で第7回広島本大賞受賞。