溝端淳平 撮影/森田晃博

「蜷川幸雄さんは、僕に“演劇とは何か”を徹底的に叩き込んでくれた人。初めて蜷川さんのカンパニーに加えていただいた『ムサシ』は、僕に演劇と向き合うきっかけと覚悟を与えてくれた大切な作品です」

 こう語るのは、近年とみに男っぽさを増し、俳優としてめざましい進化を遂げている溝端淳平さん。この2月から蜷川幸雄さんの三回忌追悼公演として上演される『ムサシ』で、佐々木小次郎役に再び挑む。小次郎は、劇作家の井上ひさしさんが宮本武蔵役・藤原竜也さんの好敵手だった小栗旬さんにあてて書いた役。再演では勝地涼さんが演じたこの役に、溝端さんが抜擢(ばってき)されたのは2013年のことだった。

「怖かったですね。ほかのキャストの方はほとんど初演(2009年)から変わらなかったので。殺陣(たて)も所作も初めてのことづくしなのに、完成された作品の中に入るというのはものすごいプレッシャーでした」

 蜷川さんと言えば、稽古(けいこ)場で灰皿を投げつけたり若い俳優へのしごきでも有名な演出家。だが、この作品の稽古場ではあまり叱られた記憶がないという。

「“ああしろ、こうしろ”というのはほとんどなかったですね。ひとりだけ何もかもが追いつけない状態で必死でしたから、見守ってくれていたんじゃないかな」

罵声を浴びせられ覚悟を問われた

 ところが蜷川流の強烈な「しごき」は、次に組んだシェークスピア作品『ヴェローナの二紳士』で、恋する乙女、ジュリア役を演じたときにやって来た。

「稽古場で罵声(ばせい)を浴びましたねぇ、“やめちまえ!” “ヘタクソ!” “降ろすぞ!”って、こてんぱんに。“メイクを落とせ” “衣裳を脱げ” “外見に頼ってんじぇねえ!”と言われ、男の格好のままでジュリアを演じろと。ひと言に何回もダメ出しされて、それだけで1日が終わったこともありましたね。あれだけ熱意をもって全否定されたらヘコみますけど“お前には覚悟があるのか!”と問われていたんだと思います」

 そんな溝端さんを放っておけず支えになったのが、吉田鋼太郎さんや藤原竜也さんといった先輩たちだ。

「蜷川さんのダメ出しが続いてトンネルから抜けられなくなったとき、夜中に鋼太郎さんの家まで押しかけて稽古をつけてもらったこともありました。鋼太郎さんに対する蜷川さんの信頼は絶大でしたし、鋼太郎さんは僕らのレベルに合わせたハードルをくれる。わかりやすいから、すぐ答えに近づけるんですよ」

小次郎、勝つかも!? と思わせたい

 話を『ムサシ』に戻そう。5年前に溝端さんが演じた小次郎は、不器用でまっすぐな持ち味が心に刺さった。

「前回は、武蔵のもとへがむしゃらに飛び込んだ小次郎が、僕と重なるところはあったかもしれない。でも今回は“前回とは全然違う”と言われたいんです。前回は武蔵の圧勝だったと思いますが、今回は“下手したら小次郎、勝つんじゃないか”とお客さんに思わせたい。そういうやつが『皇位継承第十八位』というほうが面白いと思うんですよ(笑)」

 小次郎の武蔵に対する思いは憎しみを飛び越えて、むしろ恋愛感情に近いような気もするけれど。

「小次郎が武蔵に恋い焦がれている感じは、あると思います。武蔵に憧れ、尊敬しているからこそ憎いんでしょうね。認め合っている者同士が殺し合うところにドラマがあって面白いんですよ。そういう感情については、また鋼太郎さんに聞こうと思います。『ジュリアス・シーザー』でキャシアスを演じた鋼太郎さんには、阿部寛さん演じるブルータスに対して恋愛っぽい雰囲気がありましたからね」

溝端淳平 撮影/森田晃博

 天国の蜷川さんに「観てくれ!」という気持ち?

「あっは、どうかな。正直、蜷川さんが今日来ないというだけでホッとしている部分もあるので(笑)。“お前、何してんだこの野郎! あのセット変えろ!”といきなり言い出すこともあるから怖いんですよ。“天国から観に来て”って言いたいですけど……クーッ(笑)。それより、目の前のお客さんに自分の成長を見せたいですね。演劇に対しても先輩方に対しても、自分の成長を返していきたいという気持ちはあります」

 深い経験になる一方で、演劇は「9割がつらい」と言う。それでもまたやりたいと思わせる魅力とは?

「残りの1割が、すごく気持ちいい。そこを求めるからでしょうね。“生きてる”って感じがするんですよ。いつも“できるか、失敗しないか”と不安で、朝起きて不調だと食べたもののせいにしちゃうし(笑)、ルーティーンが崩れるとすごく不安になる。例えば開演何分か前に自分のペースで袖に行きたいのに“そろそろ行ってください”とか言われると“あ、えーっと、はい(汗)”みたいに調子狂っちゃうんですよ(笑)」

 これほどの思いをして挑む『ムサシ』の世界。その手応えを、舞台を見たことがないという人にもぜひ感じてほしいと願っている。

「この作品は時代劇といってもわかりやすくて笑えるところも多いですし、『恨みの連鎖を断ち切る』『平和を願う』『命の尊さ』という普遍的なテーマを感じ取れる作品です。もし難しい言葉があって自分の中にすぐ入ってこなかったとしても、作品が理解できないということにはならないですから。もっと根底にある何かをつかみ取るということを、多くの方々にぜひ経験してほしいなと思っています」

<舞台情報>

『ムサシ』

慶長17年、巌流島の決闘で、宮本武蔵は佐々木小次郎にとどめを刺さなかった。そして6年後、鎌倉の寺にいた武蔵を探し当てた小次郎が、武蔵に再び「果たし状」をつきつける。劇作家・井上ひさしさんが書き下ろし、2009年に初演された蜷川幸雄さんの代表作。以後も海外公演・再演を重ね、ロンドン、ニューヨーク、シンガポール、ソウルでも絶賛の的となった。蜷川幸雄三回忌追悼公演である今回は、武蔵を演じる藤原竜也さんが劇中の武蔵と同じ35歳を迎えたらまた再演しようと約束したメンバーが再集結。2月11日~25日 Bunkamuraシアターコクーン、3月3日~11日 彩の国さいたま芸術劇場大ホール、3月16日~21日 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで上演。3月29日~4月1日には上海公演も行われる。

<プロフィール>

みぞばた・じゅんぺい◎2006年「第19回ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」でグランプリを受賞しデビュー。以後、ドラマ・映画、舞台で幅広く活躍。主な作品に、ドラマ『赤い糸』、『立花登青春手控え』シリーズ、映画『君が踊る、夏』、『破裏拳ポリマー』、『祈りの幕が下りる時』、舞台『ムサシ』、『ヴェローナの二紳士』、『ミッド・ナイト・イン・バリ~史上最悪の結婚前夜~』『管理人』など。

(取材・文/若林ゆり)