「海外の人でも使える漆」をテーマにサーモマグとのコラボで開発したコーヒータンブラー。ひとつひとつ手塗りで施された漆の美しい質感が人気を呼び、海外出張に行く際のお土産として購入する人も。カラーと模様の組み合わせは全10種。柄付き7020円 撮影/Rui Izuchi

 

 日本の伝統工芸産業における深刻な後継者不足の問題が、あちこちでささやかれるようになって久しい。

 そんななか、順調に若手の職人を増やし、後継者の育成に成功しているのが、越前漆器の産地として知られる福井県鯖江市の『土直漆器』だ。

 現在会長を務める土田直(すなお)さんは、もともと塗師として個人商店を営んでいた。

「越前漆器は素地作り、下地、中塗、上塗、蒔絵などの工程に分かれており、それぞれ専門の職人が担当する分業制が当たり前でした。しかし可能な限りの工程を自分で管理し、モノ作りの質を高めたいと思って、会社にしたんです」

土直漆器会長の土田直さんと、社長の土田直東さん 撮影/Rui Izuchi

 現在、土直漆器では、素地作りを除くすべての工程を自社でまかなう。しかし、1980年の創業当初は次々売れていた漆器にも、徐々に陰りが見えてきた。

「昔は旅館や料亭で使われる高級な蓋付きのお椀が主流でしたが、景気が悪くなり、需要も減ってきた。けれど自分の代で終わらせたくはなかったんですよ。漆器は親から子、孫へとつなぎながら、質を高めていくものなので」

 幼いころから、こうした話を聞いて育ったのが、2代目を継いだ息子の直東(なおと)さんだ。

「もともと跡を継ぐつもりでしたが、うちは小さな会社です。一度外の社会を見ておこうと東京の大学を選び、そのままHMVジャパンのバイヤーとして4年間勤めました」

 計8年間の東京生活が、土直漆器のモノ作り、そして自身の生き方にも大きな影響を与えているという。

コンセプトは「漆を持ち歩く」

「バイヤーとして働いていたころは、CDが飛ぶように売れていた時代。目新しいものがどんどん登場して、古いものはすぐ押し出される。これだけめまぐるしく移り変わる世の中で、いつまでも同じことをしていたらダメだと実感しました。加えて、東京は魅力的な街でしたが、自分ひとりが欠けても社会は回るし、“何者にもなれていない”という感覚が強かったんです」

ワンプレートとともに、スープカップも開発 撮影/Rui Izuchi

 福井に戻り、漆塗りの修業を始めた直東さん。心に決めていたのは、「自分が好きなモノを作ろう。そうでなければ、人にも好きになってもらえない」ということだった。

 直東さんは、漆塗りのiPhoneケース、カードケース、タンブラーなど、従来の伝統工芸品からはかけ離れた商品を次々に発案、製作していく。

「漆はどうしても“ちゃんとした場所で使うモノ”というイメージが強いですよね。せっかく漆塗りの器を持っていても、使わずにしまっておく人が多い。だけど本当は、ジーパンの色落ちみたいに、使うたび経年変化して自分だけの味が出てくるところが魅力なんです。少しずつ色が薄くなって下の木目が見えてきたり、人の手で育てられていく。だから、“漆を持ち歩く”というコンセプトを掲げ、毎日使えるモノを考えました」

 土直漆器に在籍する漆器職人は12名。近々、また新たに2人の若手が加入する。

仕上げの「上漆」。季節や天候で変化する温度、湿度を見極めながら均一な商品を作る必要がある 撮影/Rui Izuchi

「うちは“見て盗め”なんて言いません。基本的に手取り足取り技術を伝えますし、若い人の意見もおもしろいと思ったらどんどん取り入れます。例えば若手の女性職人が立ち上げたブランド『ONE』は、働く女性を応援したいというコンセプト。“朝食がワンプレートで完結すれば、洗いものが楽で助かります”と言われ“なるほどー”って(笑)

 始めて9年目。現在は製品の出来を左右する仕上げの工程「上塗」を任されている佐々木大輔さんは、以前、アパレル業界に身を置いていた。

「前職では、なかなかやりがいを感じられませんでした。だけどこの仕事は、成果がダイレクトに見えますし、集中しすぎて、1日1日が溶けるように過ぎていきます」

 自分のアイデアが採用される、仕上げた商品を気に入って購入する誰かがいる。ここに、“何者にもなれていない”人はひとりもいない。