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 いまの若者はスマホばかりで本を読まない。活字文化の危機だ……。そう繰り返し強調されてきた「活字離れ」。しかし、本当に事実なのだろうか?

 文部科学省の『子供の読書活動の推進等に関する調査研究』の報告書によれば、1か月に1冊も読まなかった「不読率」の割合は、小学生では1割未満、中学生で約1〜2割、高校生では約3〜4割。これを証拠に「活字離れ」と結論づけるのは性急だ。学年が上がるほど不読率が増えてはいるものの、中高では部活動や受験勉強があるので、読書に割ける時間が少なくなるのは当然といえる。加えて、毎日新聞社が行った『学校読書調査』では、1か月間の平均読書量は10年間でゆるやかに増えているのだ。

最近1か月に読んだ本の冊数

 また、同社の『読書世論調査』によれば、全世代の総合読書率は2016年に70%。ピークだった’00年の83%には及ばないものの、この50年間、ほぼ横ばいに近い。なぜ報道のイメージと読書の現実が食い違うのだろうか?

「メディアや出版業界にとっての“本”が、新刊だけを指しているからでしょう。書店の閉店が相次ぐなど、出版業界が縮小しているのは間違いないのですが、そのことが、“本が読まれなくなったこと”にはならないんです

 と言うのは、読書事情に詳しいライターの永江朗さん。新刊以外にも、古書、図書館、電子書籍など、さまざまなかたちで本は読まれている。永江さん自身、最近は、電子版があればそちらで先に読むという。 

 さらに、本や読書にまつわるイベントは活況だ。毎年秋に開催される福岡の『ブックオカ』をはじめ、のべ5000人が参加する日本最大級の読書会『猫町倶楽部』、本を紹介して競い合う『ビブリオバトル』など、その取り組みは各地に広がっている。本について語りたい人たちは、むしろ増えているのだ。

「出版業界は外部に敵を探す傾向があります。市場が縮小した原因を本が読まれなくなったからとするのは安易な回答だと思います」(永江さん)

各地で盛んになる「本をめぐる活動」

 永江さんは’07年の第15期から、JPIC(一般財団法人出版文化産業振興財団)で「読書アドバイザー講座」の監修・専任講師を担当している。同講座は1993年に開始。毎年100人が本と読書の専門家による講義を受ける。北海道から沖縄まで、全国から集まった受講者は主婦や教員、図書館員、書店員などその立場はさまざまだ。

「子育てを終えた主婦が、児童文庫や高齢者施設での読み聞かせを始めるように、本を介しての自己実現を求める人が増えてきました」

 と永江さん。そのニーズの大きさはJPIC事務長の中泉淳さんが「毎回、抽選になるほど参加希望者が多い」と言うことからも明らかだ。

「JPICでは、各地で読み聞かせサポーターを養成する講習会を開催していますが、のべ4万人以上が参加しています」(中泉さん)

 また、JPICでは出版社と連携して読み聞かせのキャラバン隊を派遣したり、絵本で町づくりをしようという自治体への協力も。

「地方では従来からある書店が減少していますが、小さな本のセレクトショップや、民間のマイクロライブラリーと呼ばれる私設図書館などが新しく出てきています。大きなビジネスにはならないかもしれませんが、本は地域に根差した“小商い”と相性がいいんじゃないでしょうか」(中泉さん)

多様化する図書館と読書のこれから

 本と出会う場所として、図書館の存在は大きい。

「いまの図書館はどんどん多様化しています」

 とは、図書館事情に詳しいジャーナリストの猪谷千香さん。東日本大震災でいち早く図書館が復興したことを知り、図書館の取材を始めた。

「それまで自分の町の図書館しか知らなかったのですが、各地でいろんな取り組みをしていました。例えば神奈川県の川崎市立宮前図書館では、住民の高齢化をふまえて『認知症にやさしい図書館づくり』を行っています。長野県の伊那市立高遠町図書館は、城跡図や城下町古地図が見られるアプリの開発に関わり、注目されました

 図書館を含む複合型施設も増えているが、「東京・武蔵野市の『武蔵野プレイス』は素晴らしいです」と猪谷さん。

『武蔵野プレイス』は図書館をはじめとして、生涯学習、市民活動、青少年活動を支援する機能を持ち、それぞれが連動している。青少年の専用フロアもあり、彼らの新しい「居場所」になっているという。

「これからの図書館は貸し出し冊数や来館者数を指標にするのではなく、10年、20年後も飽きられず、地域の住民の財産になるものであってほしい」(猪谷さん)

「活字離れ」の言葉とは裏腹に変化し、多様化する読書。今後、どうなっていくのだろうか?

 前出の永江さんは、

「これまで70代以降は読書率が低くなっていますが、デジタルに慣れた世代が高齢化すると、スマホなどでの読書率は高くなるかもしれませんね」

 と予測し、こうも見解を述べた。

「例えば、スマホなどは最近発売された『広辞苑』7版に言葉が載っていますが、’08年発売の6版には載っていません。10年間で現実はすごく変化していますが、それでも『広辞苑』の信頼性は揺らいでいません。本は、さまざまな人の手を経て検証されたひとつの正典(カノン)であり、ある確からしさを持っています。そういう基準を自分の中に持っていると、困ったときに役に立つはずです

 中泉さんは、「読書は、読むうちに自分の中に堆積していくもの」と話す。

「読んでいくうちに、読む前の自分に見えなかった風景が見えてくる。だから、ゆっくりと読み続けてほしいです」

 そして、猪谷さんは「読書は人と人とをつなぐコミュニケーションツールです。その役割はこの先も変わらないと思います」と言う。

 さまざまな“読書”の取り組みが、あなたの読書スタイルを大きく変えるかもしれない。

<教えてくれた人>

永江朗さん◎ライター。ルポ、書評、インタビュー、評論など多岐にわたり活躍。著書『小さな出版社のつくり方』など。

中泉淳さん◎JPIC(一般財団法人出版文化産業振興財団)事務長。「読書アドバイザー講座」などで読書活動に携わる。

猪谷千香さん◎ジャーナリスト。全国の図書館を丹念に取材。著書『つながる図書館』。『町の未来をこの手でつくる』など。