症状に苦しみながら被害を訴える吉田さん

 キャスター付きの椅子に座りながら、家の中を移動する。料理も座りながら。おぼつかない手つきだが、やがて牛丼ができあがる。

身体を治すはずの薬が……

「料理は好きやけん、本当はもっといろいろ作りたいんやけど、高いところのものは取れんし、ほんと不便なんよ」

 2002年7月に夫を病気で亡くした吉田恵美さん(仮名、50代)は3人の娘を育てたシングルマザーだ。

 4年ほど前の'14年に自分の意思とは関係なく勝手に身体が動きだす不随意運動などが起こる『遅発性ジスキネジア』と筋緊張異常を引き起こす『遅発性ジストニア』と診断され、現在はひとりで歩くこともままならない。

 ともに難治性の疾患で、向精神薬の副作用により症状が出現する場合がある。吉田さんの場合は、両方の症状が現れた。

 介護施設でケアマネージャーとして働いていた吉田さんだったが、研修や子どもの学校行事などが重なり多忙から不眠に。

 '11年5月に山口県下関市の心療内科を受診した。診断はうつ病。以来、向精神薬を服用し、仕事も退職。3人の子どもを育てるために働かなければならなかったが精神症状から、

「新しい仕事に就いたんやけど、眠くて身体も動かんし、結局、継続して働けんかったんですよ。夫の遺族年金と貯蓄を切り崩して何とか生活していました」

 眠る時間が多い日々の中で'13年11月、ものが二重に見えたり、足がそわそわして落ち着かない症状が吉田さんを襲う。薬の副作用を疑い、「ネットで調べたんですけど」と心療内科の医師に伝えると「ネットと僕とどっちを信じるんだ」とぴしゃり。患者に寄り添う姿勢はなく、吉田さんは萎縮するばかりだった。

 服薬は続いた。だが身体を治すはずの薬が、吉田さんを壊していった。そしてある日。

「突然、首がひとりでにグルグル回り始めたんです。一体何が起こったん? のひと言でした。夜になると目から光が出ていくような感覚もあり、テレビがまぶしくて見ることができない。心療内科の先生は“何でこの症状が出るんだ?”と」

「何度診ても診断は変わらない」

 睡眠導入剤以外は処方が中止され、下関市の基幹病院である関門医療センターの神経内科を受診するよう指示された。'14年3月のことだった。4月1日に診察を受けた。

「先生はハケで、私の身体をくすぐったりしただけで、診察はすぐに終わりました。“首が勝手に動くんです、もっと検査をしてよく診てください”と必死に伝えたのですが、“心療内科で治してもらってください”と言うばかりでした」

 その医師から心療内科に届いた報告書には《随意運動(自分で動かしている)と思われます》《心因的なもの》と記され、心療内科での説明はいい加減なものだった。

提訴された関門医療センター

「ほら異常ないでしょ。異常ないって、と何度も報告書を見せて言うんです。待合室でも首が回って他の患者さんが離れていくんです。先生は私のところに来て気をつけのポーズをし“ちゃんとして”と私に言うんです」(吉田さん)

 身体が勝手に動くのに心因性との診断。どうにかしなければとさまざまな医療機関を受診するが「原因不明」「心療内科で薬の調整をしてもらってください」との回答ばかり。

「起きていると首がずっと回っているから、寝ているしかないんです。そのうち首からパキパキと音がして、すっごく痛いんです。まっすぐ歩けんで、後ろに引っ張られてドブに落ちよるんです。家の中でも何度も転倒して、歩道から車道に出てしまいそうになったことも。友達や娘に支えてもらわんと、ひとりで出歩くこともできませんでした」

 という吉田さん。'14年7月に、下関市内の脳外科クリニックを受診した。

「不随意運動があると認めてくれ、関門医療センターへ診療依頼の連絡をしてくれたのですが、神経内科からは“何度診ても診断は変わらない”と1度も診ていない医師から返答があったんです

 すがる思いで受診した隣県、福岡市内の病院の脳神経外科で、初めて『遅発性ジスキネジア・ジストニア』と診断が下された。

 順天堂大学附属浦安病院のリハビリテーション科科長で同大学医学部神経学講座教授を併任する林明人医師は、

「平たく言えば運動があるものがジスキネジアで動きのない異常な筋緊張がある場合はジストニアになる。病態が非常に似ているため混同されて使われることもある。

 どちらの症状も局所にとどまるものから全身に及ぶもの、軽度の症状から歩行困難になる場合と症状の程度は幅広い。これらの専門領域は神経内科であり、症状が出た場合には早期に受診することで多くは進行をとどめることができる」

 と説明する。

カルテに書かれた不必要な情報

 だが、その専門の神経内科医に見逃されてしまった吉田さんの身体はボロボロ。'15年2月に宇部市内の病院に検査入院したところ、頸椎椎間板の変形、頸椎の狭窄、筋断裂、筋断裂に続発した血腫、筋膜の損傷、筋委縮などが判明した。

「首は痛いし背中は焼けるようで、かき氷をかき込んだときのキーンとする頭痛があり、足は引っ張られるような感じで、とにかくつらかった。のどの筋肉も引っ張られよるけん、誤嚥もするんよ。胸の筋肉も切れちょるけん、呼吸もしにくい。呼吸困難になって何度も病院に担ぎ込まれるような状態でした

 実際、たびたび緊急搬送された。'15年6月に運び込まれたのは、吉田さんの病気を見抜けず“心因性”と突き放したあの関門医療センターだった。だが今回は病名が判明している。筋肉の断裂も画像で確認できる。にもかかわらず担当医は、患者を小ばかにするような行動に出たという。

「私が歯を磨いていると、背後から背中の血腫を突いてくる。痛い! というと“やっぱり痛いんだ”と言ったり朝の早い時間に忍び足で来て、カーテンを開けたりしよるんですよ。服を脱いで身体をふいていることもありますからね、何度もそんなことをされるので、本当に嫌でした」

 病院側のカルテには《(本日は忍び足で、カーテンをいきなりあけると)症状無く、漫画をよんでいる。話はじめると徐々に症状を訴え始める》と疑いの眼差しを向ける報告が。記入者は担当医だ。

担当医が記入したカルテには漫画を読んでいるなど不必要な情報が

介護保険の手続きに必要な診断書を書いてほしいとお願いしたら“僕に書かせたければ精神科の精神鑑定を受けてください”って言いよるんですよ。病室には他の患者さんもいるのに。

 退院する直前には担当医が、未成年の娘や兄に電話をして、私の病気について精神的なもので病気でもなんでもないって言いよったんです。

 カルテの開示請求をしてわかりましたけど、最初に私を診た関門医療センターの医師はカルテに“疾病利得”って書いていたんです。こっちは3人の子どもを育てなければいけないのに、働かないことでどんな利得があるのか」

 あまりにもいい加減な医師の対応に吉田さんの怒りは過熱し、言葉に怒気がこもる。

「当初は娘も兄も、病気ではないと思うちょった。そりゃプロである医者に“精神的なもの”と何度も言われたら信じてしまいますよね。

 医者である前に人間であってほしい。何でこんなめちゃくちゃなことができるんでしょう。あの医師と病院だけは、どうしても許せんのよ。言いたいことは全部言っちゃる。そう思い裁判することを決めました」

 昨年7月、吉田さんは関門医療センターを相手取り、330万円の慰謝料などを求め山口地裁下関支部に提訴した。

 代理人である白石法律事務所の白石資朗弁護士は、

「病院側が行った不審な対応は、吉田さんが仮病・詐病であることを確認するためと主張しています。しかし、他の病院の診断があるにもかかわらず、患者の訴えを最初から疑ってかかっているとしか思えない。

 たった1回の診察で心因性であると診断をしていること、疾病利得とカルテに記載すること、不随意運動の症状が軽いとされる朝に何度も確認しに来るのは、心因性と裏付けるためのものだと思えてしまう。これが病人を診察する態度なのでしょうか」

 関門医療センターにも取材を申し込んだが、「裁判中につきコメントはできない」という返答が届いた。

外出時に車椅子を利用する吉田さん。段差などが多く移動にもひと苦労だ

私は薬害被害者

 向精神薬の副作用に詳しい医学研究所三光舎の長嶺敬彦医師は、今回の事態について、

「いまだにわからない病態は多い。しかしわからないからといって、医師が患者を見捨ててしまうのでは、病気で苦しむ患者さんはもっとつらいはずです。わからないのであれば、真摯にそれを告げ、どうすればいいか患者と一緒に考えてほしい。手を施すことができなくても、手を握ることはできるのです」

 と苦言を呈す。さらに向精神薬の処方について、

「日本の精神科では、薬の処方量は世界的に見ても多い。多剤処方により起こる治療抵抗性統合失調症では、診断基準に運動障害である遅発性ジスキネジアが含まれます。近年では規定以上の処方をした場合には、診療報酬を減額する制度ができ、多少処方量も減少している。しかし処方量が制度で誘導されるのではなく、医師自ら患者の病態を推測して適正に向精神薬を投与することが大切です」

 こんな病気があるなんて、こんな副作用があるなんて知らなかったという吉田さんは、「こんな危険なもの、安易に飲んだらいけんちゃね」

 と自らを省みつつ、

「私は薬害被害者として医薬品医療機器総合機構の医薬品副作用被害救済制度の認定を受け、救済給付金があるからいい。でも、認定を受けられない人もたくさんいる。その一方で薬が必要な人もいます。だからこそ、ちゃんと副作用を知ったうえで適切に使ってほしいと思います」

 と注意を呼びかける。

『ジストニア・ジスキネジア患者の環境改善を目指す会』の発起人である川島秀一さんは、患者が向かい合う現状を次のように訴える。

「瞼が閉じてしまい、開かないぐらい重い症状を抱えている人がいます。しかし、障害者手帳を取得することができないのです。なぜかと言うと、瞼を押し上げれば眼球は正常に機能するためです。病気の社会的認知も低く、苦しんでいる人は多数います」

 医学の進歩により、新薬の開発も進んでいる。

 その現状について、前出の林医師は、

「遅発性ジスキネジアの新薬の治験が進んでいる。来年ぐらいには承認されるのではないか。新たな治療法のひとつとしては希望が持てる」

 と期待を寄せる。

 たとえ治療薬ができたとしても、今回のケースのように心因性と診断していては、投薬されることはない。

「専門領域の医師が診察を拒否するというのではいったい、何の専門なのかわからない」と前出・長嶺医師が指摘するように、患者の訴えをすくい上げ、あらゆる可能性を排除しないことを患者は医師に期待している。早期対処ができていれば、吉田さんの場合はここまで被害が大きくなることはなかった。