昨年11月、大阪府寝屋川市でバケツにコンクリート詰めにした4人の乳児の遺体が見つかった事件は、世間に大きな衝撃を与えた。母親である容疑者は「ずっと悩んでいて相談できる人がいなかった」と警察に話したという。

 生まれたばかりの乳児がトイレやゴミ捨て場などに遺棄される事件は、各地で後をたたない。今年1月31日には、自宅トイレで産んだ乳児の遺体を押し入れに遺棄したとして、大阪府箕面市の19歳の少女が死体遺棄の疑いで逮捕された。少女は祖父母と母親と暮らしていたが、妊娠を知らせていなかったという。

 厚生労働省のデータによれば、児童虐待死で最も多いのは、0歳0か月0日、つまり生まれたその日に亡くなってしまう赤ちゃんで、加害者の9割は母親であるという。そしてそのほとんどが妊婦検診未受診で、母子手帳未交付の状態だ。

※写真はイメージ

母親を責めて問題は解決するのか

 こうした遺棄事件や虐待死に対して、世間では母親を糾弾する声が多い。しかし、果たしてそれだけで問題は解決するのだろうか。

妊娠した女性が孤立しているため、誰の手も借りられず1人きりで出産に至り、母子の安全が守られなかった結果だと思うのです。

 予期せず妊娠した女性の努力が足りなかったのでしょうか? 妊娠するには男性の存在もいたはずなのに、妊娠したかもしれないという時に一緒に悩んで考えてくれるパートナーがいない、周りで気がついて“どうしたの?”と聞いてくれる家族や友人の存在もいなかった結果でもありますよね……。どうやったらこんな事件を防ぐことができるのでしょうか?」

 こう話すのは、思いがけない妊娠の相談を受け付ける「にんしんSOS東京」の代表理事・中島かおりさんだ。

 思いがけない妊娠とひとことで言っても、10代の妊娠、未婚での妊娠、不倫での妊娠、想定外の妊娠など、その背景や理由はさまざまだ。中島さんは著書『漂流女子 にんしんSOS東京の相談現場から』(朝日新書)で、相談を寄せた女性たちのエピソードを振り返りながら、妊娠前から抱えていた彼女たちの課題を浮き彫りにしている。「漂流女子」とは、思いがけず妊娠し、相談先を探しながら孤立している女子を例えた言葉だ。

「私たちのやっていることは、妊娠して葛藤されている方の相談、つまり『妊娠葛藤相談』なんです。『にんしんSOS』のSOSには、葛藤相談だっていう意味が込められているんですね。妊娠して産む・産まないをどうしようとか、育てる・育てないをどうしようっていうところの葛藤であって、医療的な相談だけでなく、福祉や司法が関わる内容が潜んでいる場合が多いのです。地続きでありながら、妊娠による体調の変化などの妊娠相談とは、かなり違っているなと思います」(中島さん)

妊娠した女性自らの意思で決定することを尊重

 日本国内には妊娠葛藤相談の窓口は47か所ある(※詳細は一般社団法人全国妊娠SOSネットワークのHPを参照 http://zenninnet-sos.org/)。「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」を設置する熊本県の慈恵病院が最も有名だろう。そのうち4分の3が行政や行政の委託による運営で、残りの4分の1は民間が運営している。「にんしんSOS東京」は2015年9月に発足した、まだ若い民間団体だ。

慈恵病院に新規の相談だけで毎年何千件という相談が寄せられていて、そのうち3割が東京からだということを蓮田(太二)理事長から伺いまして。“東京の相談は東京で受けないと、救える命も救えないよね”って言われたことが、ひとつきっかけになりました。

 また、私が助産師として地域で活動している中で出会った、未婚で妊娠した10代の女の子が、ツイッターで同じように妊娠した子の相談に乗っていたんです。“窓口があったら私も相談したかった”ってその子に言われて、この子が他の子の相談に乗っているのに、私たち現場にいる人間にもまだまだできることがあるのではないかと思って。それぞれの動機をもった助産師6名と社会福祉士1名でスタートしました」

左から、「にんしんSOS東京」の大庭美代子さん、中島かおりさん、吉田麻紗子さん

 妊娠葛藤相談は電話やメールだけでの相談というのがほとんどの中で、「にんしんSOS東京」は同行支援を行っていることが特徴だ。相談した女性は、その時点では自分がどうしたいのか定まっていないことも多いので、必要な情報を提供しながら、実際に会って行政や病院など関係機関に同行して支援を行う。産む産まない育てる育てないにかかわらず、その女性自らの意思で決定することを尊重している。

 相談員の方たちの粘り強く、女性の気持ちに寄り添った丁寧で誠実なアプローチが、彼女たちの心を開いている。2015年11月から2018年1月までの新規相談者は1000人を超えた。総相談件数は5500件に上る。相談件数の増加に伴い、現在スタッフは22人となったが、それでも手一杯の状態だという。

「相談者の方の年齢は幅広く、10代が30%、20代が37%、30代が18%、40代が3%、50代が1%です。また、未婚は70%、婚姻中は19%と、結婚していても思いがけない妊娠に悩む女性は少なくないです

女性が孤立する原因のひとつは“関係性の貧困”

『漂流女子』にも、幼い頃から両親から虐待を受けて育ち、10代で2回妊娠した少女、風俗店に勤め、父親のわからない子を妊娠した20代の女性、既婚者の男性の子どもを身ごもった30代の女性、夫との3人目の子を予期せず妊娠した40代の女性など、さまざまな立場の女性たちが登場する。彼女たちは葛藤や苦悩を経て、シングルマザー、特別養子縁組、中絶など、それぞれの人生の決断をしていく。

『漂流女子 にんしんSOS東京の相談現場から』中島かおり=著 (朝日新書) ※画像をクリックするとamazonの購入ページにジャンプします(別ウィンドウ)

「にんしんSOS東京」には、「妊娠しているかもしれない、生理が遅れている」という妊娠の手前の相談が最も多いが、徐々に話を聞いていくと、レイプやデートDVの被害にあっていたケースもあるのだという。

「みんな、何日も悩んで、ものすごく勇気をもってお電話してくださるので。一人で頑張ってきて、抱えて、抱えて、でももう抱えられないってなったところの相談なので。それはもう、抱えているものをまずは全部下ろしていいよ、って伝えたいなと思っています

 相談者が一人きりで抱えて孤立する状況に陥る原因のひとつは、“関係性の貧困”だと中島さんは言う。

家族がいても、パートナーがいても、学校に通っていて一見、周りに人がいっぱいいるように見えたとしても、信頼できる相手や秘密を話せる人がいないんです。今の中学生くらいの子って、1回くらいはLINEのグループで仲間外れにされたり嫌な思いをした経験があるんですよね。自分のいないグループLINEで、こそこそ話の悪口が一気に拡散される。そういう恐れをみなさん持っているので、とても言えない。

 一番ショックだったのは、高校生の女の子が親に妊娠を話せない理由を聞くと、“私は結果を出していないから、親にこれ以上迷惑をかけられない”って言ったことです。受験で失敗したとか、いっぱいお金をかけてもらって習い事してるのにとか、本当に真剣な顔して言うんですよ。“自分で責任を取りなさい、人に迷惑をかけないようにしなさい”と親から実際に言われているのか、無言の圧力なのかはわかりませんが、親に甘えることができないんですよね

 このような少女たちは、保護されるべき存在でありながら、親から「失敗したときは守るよ、責任は一緒に抱えるよ」というメッセージを、小さい頃から全く受け取っていないのではないかと、中島さんは分析する。その延長線上で、レイプなど女性に非がない状況でトラブルに巻き込まれても、自分を責めて親や周りに言えなくなってしまう。

セックスに嫌悪感をもつ若い男性もいる

 また、男性側に見えてきた課題のひとつに、セックスへの向き合い方があると中島さんは言う。

「女性をレイプするAVを見て、嫌がっていても本当は女の人は喜んでいるんだって、本気で思っている人もいますが、逆にセックスに嫌悪感をもって、自分はしたくないって言っている若い男性もいます。それはきっと性に対する経験とか学びが、あまりいいものではないんじゃないかと思うんですよね。AVを見て傷ついている男の子もいるのではないでしょうか。“あんなことできない”って」

 一方で、日本の学校では、セックスは生殖のためのものであるというアプローチの性教育が主流である。

「セックスは妊娠、出産につながるものであると同時に、コミュニケーションの手段のひとつであること、そして妊娠を望まないのであれば避妊が必要なんだよとか、感染症になる恐れがあるからコンドームが必要だと教えないといけないと思います。男の子には、相手が妊娠をしたら困ると思っている場合は、コンドームをしないでセックスするのは『暴力』だよってところまでを伝える必要があります。そこを、大人がふたをしちゃっていいのかなって思うんですよね」

妊娠・出産も「多様性」があるという認識が広がってほしい

 若い世代のセックスへの正しい知識を伝えていく必要に加え、社会が妊娠・出産の多様性を理解することが大切だと、中島さんは強調する。

女の人の生き方ってすごく多様性がありますよね。子どもが欲しい、欲しくないという意思もあるし、産みたくないと思っていた気持ちが何かのきっかけで変わることもある。もちろん、どんなに産みたいと思っても産めないこともありますし、そもそもパートナーに巡り会えるかという問題もある。とても個人的で、それぞれの考えがあり、計画通りにしたくても、相手があることなので思い通りにいかない場合のほうが多いくらいですよね

 女性の社会進出に伴い、日本の初産の平均年齢は、1975年の25.7歳から2015年の30.7歳と、40年で5歳も上昇している。産み始める年齢が5歳遅れている中で、不妊治療のデータによれば、39歳くらいから流産率が妊娠率と逆転していくことから、このあたりが自然妊娠できる限界の目安という事実は変わらない

社会的な産みどきは30歳からたった9年くらいなのに、世の中の風潮は、その限定された枠の中で産め、と追い詰めている気がします。例えば、学校の先生だったら、担任を持っているのに学期途中で産んだら困るとか、職場で2人同時に妊娠されたら困るとか、圧力を感じるときがありますよね。一方で、その枠に当てはまるように、この人の子を産みたいって人と出会って、うまいこと妊娠して、仕事のタイミングもばっちりなんて、どれだけぴったりとタイミングを合わせられるのでしょうか。実際にはとても難しいことですよね?

 婚外子の割合はフランスは48.4%ですが、日本はわずか2.29%です。まだ未婚のまま妊娠・出産をすることの理解を得づらく、婚姻制度の中でしかできない部分が大きい。妊娠・出産に対する社会の要請や圧力と、現実の乖離(かいり)は大きくて、産みたい人も産めない状況になっている。

 これからの世代に対しては、いかに妊娠・出産期の寛容さをもつかが大事だと思います。障害やLGBTと一緒に、妊娠・出産も『多様性』があるという認識が広がってほしい

 社会の意識だけでなく、サポートの拡充も必要だ。中島さんによれば、妊娠葛藤窓口の数は、ドイツでは1700か所と日本の約40倍。身近に相談できる場所をもっと増やすことで、一人で悩む女性をキャッチするできる可能性が高まるだろう。また、将来妊娠する女性をサポートしようという観点から、「妊娠したかも」と思った時の婦人科の初回受診料8500円程度を、公費負担で500円くらいまで安く抑えられるようになればいいと中島さんは話す。「病院のハードルも下がるし、不妊の原因になるといわれるクラミジアなどの性感染症の早期発見・予防にもなります」

 少しずつでも、社会の変化は、小さな命を救うことにつながっていく。

たとえ思いがけない妊娠であっても、妊娠したい人が産みたいと思ったら、せめて“いいよ”と言ってあげられる社会であってほしいなと思います

 祈りを込めた中島さんの言葉が重く響いた。

 

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思いがけない妊娠をしてしまった方たちを、病院や保健センターをはじめとする行政機関につなげ、適切な支援を受けるために使われます。単発での寄付と、寄付会員に登録して継続的に支援をしていただく寄付があります。
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<プロフィール>
中島かおり
一般社団法人にんしんSOS東京代表理事。東京都立大学(現・首都大学東京)卒業。理学部生物学科修士課程修了後、ガンの免疫治療法の研究に携わる。第2子出産の際、にんしんSOS東京の発起人である宗祥子助産師との出会いをきっかけに助産師を目指し、同大に再入学。病院・助産院を経験後、女性の側に寄り添う助産師でありたいと地域で活動しながら、にんしんSOS東京(https://nsost.jp/)の運営に携わる。

(取材・文/小新井知子)