女性が引きずられた瞬間 水色の傘を持ったまま横たわる女性の足が見える

「キキーッて車がすごいスピードで走っていく音がして、女性が“あー”と叫び声をあげたと思ったらドンと何かがぶつかる音がしたんです」

 ひったくり現場近くの建設会社に勤務する女性(29)は、ビルの内部にまで届いた生々しい異常音をそう振り返る。

ひったくりの暴力性が増している

 2月1日の昼ごろ、東京・葛飾区の路上で、現金1000円が入った手提げバッグをひったくられた68歳の女性が、犯人が運転する軽トラックに30メートルほど引きずられる事件があった。

「外に出ると女性が倒れていて、“バッグを取られた”と動揺していました。郵便局に行く途中だったようで、女性の手のひらは擦り傷で真っ赤。頭も打ったようでした。軽トラックは電柱にこすったみたいですよ」(前出・女性)

犯人に話しかけられているところ

 別のひったくり事件で逮捕された40代の男が、関与を供述しているとする一部報道がある。女性は全治3日の軽傷ですんだが、一歩間違えば……。

 犯罪心理学者で東京・足立区の防犯専門アドバイザーを務める東京未来大学子ども心理学部長の出口保行教授は、

「以前のひったくりは自転車の前カゴから盗っていくものが主でしたが、最近は暴力性が増し、手口が荒っぽくなってきている。強盗致傷ですよ」

 横浜・青葉区では昨年9月、自転車で帰宅中の男性(61)が、肩にかけていたショルダーバッグをオートバイの男にひったくられそうになったはずみで転倒し、右足の骨を折るなどの重傷を負った。

 1月23日には千葉県流山市で、ひったくりをしようとした中学生2人に、パート女性(59)が木製バットで背後から尻を殴りつけられるという荒っぽい傷害事件も起きた。

 前出・出口教授は、

「ひったくりや強盗は、自分の姿を被害者にさらして、力ずくで奪う原始的な犯罪。逮捕されるリスクと自分が失うものを予測できない人が多い」

 と短絡的な発想しかできない犯人像を明かす。

 警察庁の統計によれば、全国で昨年発生したひったくり認知件数は2894件。2007年の2万3687件と比較すると、10年間で約2万件減少。

自動販売機に防犯カメラの実証実験

 '10年には全国ワースト1位だった千葉県。'07年の2733件から'17年は213件と認知件数を大幅に減少させた。

「(森田健作)知事に広告塔になっていただき、県民の方々へ『ちばカエル作戦』という啓蒙活動を徹底しました」

 と千葉県警生活安全部総務課の中村弘課長代理。そのポイントは4点で、1バッグはたすきにかけカエル、2手荷物は歩道側にもちカエル、3バイクの音にはふりカエル、4自転車のカゴにはカバーをつけカエル。

 被害者にならないための心構えを県民に訴えてきたが、さらに前出・中村課長代理は、

「今年は県警が直接管理する防犯カメラを設置する予定です。繁華街や駅周辺の幹線道路などひったくりを含む街頭犯罪の抑止効果を狙いたい」 

北千住の商店街では複数の街灯に防犯カメラが設置されていた

 以前は、事件の証拠を確保する意味合いの強かった防犯カメラ。それを前面に出し犯罪防止に役立てることを、前出・出口教授は、警視庁の有識者会議で提案したという。

「足立区北千住の商店街は、防犯カメラが多数設置されている。街灯などに“防犯カメラ作動中”と書かれています。

 今は防犯カメラをどう取りつけるかが大切です。目に見えるように設置することで、ここで犯行に及ぶとまずいと犯罪者に思わせることができる。犯罪者が嫌がることを行えば犯罪は防げる。それこそ私が提唱する『攻める防犯』なのです」

 足立区では、自動販売機に防犯カメラを設置する実証実験を開始した。犯罪を減らす試みは各自治体も力を入れる。

 防犯カメラ以外にも、犯罪行為を思いとどまらせることはできると出口教授。

「マナー運動のあいさつでも、犯罪者から見れば、街の人間に見られたと思う。防犯ボランティアが立っているだけでも、十分に効果があります」

 過去の犯罪発生データから、ひったくりの発生を予想している警察がある。

 京都府警は'16年10月から予想システムを導入した。

「過去のデータをもとに次に発生する可能性の高い地域が地図上に示されます。その地域では、警察官が巡回を強化するなどしています」

 と京都府警刑事部・捜査支援分析センターの岡本博昭所長補佐。

「情報をもとに、警察内部でパトロールのルートを作成し、地域のボランティアさんにも情報提供を行い、地域の防犯活動にも活用しています。

 犯罪の認知件数は減少傾向にあるため、一定の効果はあったと認識しています」

 と手ごたえを感じている。

自分の意識と行動次第

 データの活用について前出・出口教授は、

「地域ごとに何が起きているのかを知ったうえで対策を練るのが『攻める防犯』として大切なことです。警察などが作成している犯罪マップなどを確認し、自分が住んでいる場所にはどんな犯罪が多いのかを確認しておくことが重要です。すべての場所でひったくりが発生しているわけではないのです」

 と地域を知ることを訴える。

 かつて“大阪名物ひったくり”というありがたくない呼び方をされていた大阪も、府民に徹底的に知らせることで、'00年には1万件を超えていた認知件数を、昨年は646件にまで減少させた。

カバーを取りつける活動を行う大阪府警

 オートバイで後ろからひったくる事案や、未成年の犯行が多かったため、府警は組織を挙げ非行対策を強化。自転車にはひったくりカバーをつけ、対策の網を広げた。

 さらに犯罪発生情報などを知らせるメール配信システム『安まちメール』を利用して、こまやかに情報を発信した。

 大阪府警生活安全部・府民安全対策課の織田博行調査官が、取り組みの成果を示す。

情報を受け取った人に、カバーを取りつけてもらう活動を行いました。各企業の協力を得て、若い人にもつけてもらえるような可愛い柄のカバーを作成し、配布を続けてきました。

 電車でもひったくりの注意喚起をするアナウンスを流してもらい、商業施設ではひったくり防止の垂れ幕、路上ではひったくり防止のペイントをしてもらったり、お年寄りが集まる会で講習会を行ったりと、オール大阪、府一丸となってやれることはすべてやってきました」

大阪府警が配布するひったくりカバー(府警提供)

 要するに自分の意識と行動次第で被害に巻き込まれずにすむ、ということを、警察の取り組みは証明している。

 前出・出口教授も、

「一歩間違えたら犯罪に巻き込まれる可能性があるという認識を持って対応できるかが大切です。犯罪者はよく、あの子は緊張していなかったから襲いやすかった、と話す。歩きスマホや電話など、後ろから誰かが来ても気づかない。犯罪機会を提供しているのと同じです。防犯カメラのある道、人通りの多い道を通り、常に自衛・防犯の意識を高めていくことが大切です」

 自分だけは大丈夫と、犯罪被害を他人事のように思い込まないことが肝心だ。