米国では、父親だけでなく、母親にも有給で育休を取得できる制度がない

 米国は、先進国の中で唯一、国として「有給の産休・育休制度」を取り入れていないことをご存じだろうか? 州や民間企業で採用しているところはあるものの、米労働統計局によると、2016年に民間企業で働く人のうち、有給で育児休暇を取得したのは全体の14%にとどまった。子どもを産んだ女性が数カ月で職場に復帰する例も珍しくない。となれば、男性が育休を取得するのは至難の業である。

 米国の父親による有給育休水準(0日)は、経済協力開発機構(OECD)によると、パプアニューギニアと並んで世界最低。一方、日本の男性は最大52週間の育休が認められており、これはOECD加盟国の中で2番目に長い(1位は韓国の53週)水準だ。

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若い世代の約8割は「父親も育休必要」

 米労働省(DOL)は、父親の育児休暇、特に数週間から数カ月に及ぶ長い休暇は「親子の絆を深め、子どもの成長を促し、さらには家や職場でのジェンダーの平等を高めることさえできる」と指摘している。労働省は、母親はもちろん、父親の有給の育児休暇も、勤労者世帯にとって本当に支援になると結論づけている。

 米調査会社ピュー・リサーチ・センターが行ったアンケート調査でも、対象となった69%が「父親も有給の育児休暇が必要」と回答。そう考える人は、若い世代に多く、18~29歳では、その比率は82%に上る。また、「父親にも育休が必要」と回答した人は、父親には平均で4.3週間の育休を与えるべきだと答えている。

 こうした中、企業も有給の育休制度の充実化を図っており、たとえばコカ・コーラは、昨年1月から米国で働く3万5000人の社員は、性別に関係なく最大6週間の有給育児(養子の受け入れも含む)休暇を取れるようにしたほか、アメリカン・エキスプレスも最大20週間の有給育児休暇を取得することを可能にした。

 働く父親向けのサイト「ファーザリー」によると、父親向けの充実化には、特にハイテク企業が積極的で、たとえば、フェイスブックの場合、4カ月の育休が取得可能だ(マーク・ザッカーバーグCEO自身、二女が生まれた際に2カ月の育休を取得している)。背景には、男性の家事や育児への参加を求める声の高まりだけでなく、人材争奪戦の過熱に伴って各社が福利厚生の内容拡充を進めていることもある。

 とはいえ、実際に父親が育休を取ることは、社会的、文化的に、大々的に歓迎されているとは言いがたい。

 たとえば、ニュージャージー州に住むメーブルとジョージ・シメオン夫妻は2人目の娘を家族に迎えるにあたって、ジョージが育休を取る決断をした。彼はアメリカで2番目に大きな銀行で、マネジャー兼バイスプレジデントとして働いている。同行では、父親に対して3カ月の有給の育児休暇を認めている。

 しかし、上司に相談を持ちかけると、「上司は、フルに休暇を取るとキャリアが傷ついたり、制限されることが過去にあったということを示唆した」と、メーブルは話す。この上司の論理的根拠は、3カ月も仕事をしなくていいのなら、彼の役割は決定的に重要ではなく、その役割は不必要になる可能性もあるというものだった。

育休取得は収入減にもつながる

 結局、ジョージは1カ月だけ育休を取得。本当は3カ月取りたかったという思いは残っているものの、1カ月でも娘と過ごせた時間はかけがえのないものだったという。家事や4歳になる長女の面倒をみることもでき、妻のメーブルを助けることもできたと感じている。

 一方、ジョージの同僚には、3カ月育休を取った「つわもの」もいる。彼はより給料の低いポストへの異動や、昇進の候補者リストから外れるリスクを取ったのである。シメオン夫妻の見立てでは、育休が取得できたのは、彼がジョージより役職が低く、彼がいなくても仕事が滞ることがなかったからだ。

『ジャーナル・オブ・ソーシャル・イシュー』は、男性が育休を取ることに関する悪いイメージについてある研究を発表している。オレゴン大学で父親について研究する社会学者のスコット・コルトレーン教授は、長期にわたって6403人の男性を調査し、家族を理由に休暇を取ることは男性の収入にマイナスの影響を与えることを見いだした。研究によると、男性の場合、キャリア全体で平均15.5%の減額要因(女性は9.8%)となる。

「『子どものほうが仕事より大切』という男性には、いまだに悪いイメージがあると、コルトレーン教授は話す。「要するにそれが、男性が受け取るメッセージなのだ」。

 米国では、育児休暇の雛形はビル・クリントン大統領の署名で1993年に法律になった。育児介護休業法はアメリカでの最初で唯一の連邦休暇法制である。別名「FMLA」とも呼ばれる同法は労働者の約60%に新生児、新しく養子に迎えた子ども、病気の親戚の世話、もしくは自分の深刻な健康問題からの回復のために12週間の無給休暇を保証する。

 一方、州レベルでは、是正されたものが施行されていたり、男性やパートタイムで働く人に有給休暇を認める企業も出てきてはいる。この問題は政治的論点にもなり、最近では1月30日のドナルド・トランプ大統領の一般教書演説で話題に上った。

 前述のジョージはこう話す。「これがアメリカの方針だから仕方ない。欧州だったらもっと育休が取れるのかもしれないが……」。

スイスに住む男性の意見は?

 では、本当に欧州では男性でも、簡単に育休を取れるのだろうか。アメリカ生まれチューリッヒ在住のインターネット企業の幹部で起業家のヤニック・ラクローによると、現実はそんなに甘くない。「スイスでは、公式な父親の育児休暇はない」(ラクロー)からだ。

 企業は出産を含めた重大な家族の一大事に、従業員に最大1日の休暇を与えることが義務付けられているが、それ以上は各企業の決定に委ねられている。しかし、昨年には男性の育休の導入を求める国民発議が出され、国民投票を行う運びとなっている。

 これに対してスイス政府は、ほかの多くの欧州諸国の制度と同様、男性向け育休の導入には1年に4億2000万スイスフラン(4億2800万ドル)かかるとして反対している。国民投票の期日は、政府によって決定される必要があるが、ラクローによればその日は目前に迫っており、「政府は、国民の意思を知ることになるだろう」と話す。

 ちなみに、スイスでは、女性は給与の80%を受け取る形の育児休暇を14週間取得でき、仕事に復帰できることになっている。しかし、ここにたどり着くには、何度も投票で否決され、2005年の国民投票でようやく認められたという経緯がある。

 ラクローの前の職場では、父親が5日間の有給育児休暇を取ることが認められていたほか、無給でより長い休暇を取ることはできた。が、彼は子どもと一緒にいながら、収入を得る方法を考え退職。個人でコンサルティングの仕事をしながら、4カ月の休暇を取った。彼にとって、これは有意義な決断だったという。

育休を取ると、子育てにも積極的に

「家族を作り上げ、小さな子のすばらしい成長を日々そばで見ることができる体験はかけがえのないものだった」とラクロー。育児休暇を取って妻と過ごす時間が増えたことで、夫婦の距離も縮まったとも話す。

 もっとも、欧州の場合、各国で有給育児休暇制度はかなり異なる。北欧はおおむね充実しているが、東欧諸国の取得率は低い。ただ、全般的に父親向けの育休の充実を図る国は増えている傾向にあると言えるだろう。長らく、産休・育児休暇後進国と言われてきた米国の文化も今後さらに変わるかもしれない。

 コロンビア大学社会福祉大学院のジェーン・ワルドフォーゲル教授によれば、子どもが誕生した時期にある程度まとまった休暇をとった父親は「その後に実際の子育てをする傾向」が高い。これには、子どもが生まれて1年後のオムツ交換、食事を与えること、着替えや風呂の世話などが含まれる。こうした作業は子どもとの絆を深めるだけでなく、母親にとって必要なサポートにもなる。

 現状、有給育休制度という意味では、日本は米国のずっと先をいっている。しかし、日本の男性による育休取得率は2016年時点で3.16%(これでも過去最高)程度しかない。ザッカーバーグのような経営者や、より若い世代が企業に増えるようになれば、あっという間に、父親による育休取得で日本を追い越す日が来るかもしれない。


アイネズ・モーバネ・ジョーンズ◎ライター/編集者(在シアトル)米ワシントン州シアトル在住。子ども向けの書籍「The Content」シリーズを手掛ける傍ら、自身のブログにて教育トレンドや子育て、社会問題などについて執筆している。