アグネス・チャンさん 撮影/森田晃博

 アイドル歌手としてデビューした後は、芸能活動と勉学を両立し、現在は教育分野での講演や、社会活動にも精力的なアグネス・チャンさん。変わらぬ愛らしい笑顔で日々、国内外を飛び回っています。

 私生活では'85年に結婚した後、3人の息子を出産。そして、その息子たちがそろって米国の名門、スタンフォード大学に入学という大快挙。本著『子育てで絶対やってはいけない35のことを』(三笠書房)を読めば、どんな難関大学にも受かる方法がわかると思ったら……あれれ、その秘密が見つかりません!

スタンフォードに確実に入学する方法って、ないんです。だから合格テクニックみたいなものの紹介は、この本に一切ありません(笑)。私がみなさんにお伝えしたかったことは、“子どもの脳はなんでも吸収してしまうから、いいものを詰め込んで幸せの種をまきましょう”ということ。合格とか不合格とか以前に、子どもの基礎能力を高めましょう

幸せな大人になる基礎能力をつくる

 アグネスさんの3人の息子には、基礎能力を高めて夢を追った先に、たまたま“スタンフォード”がありました。しかしもちろん、そこを万人が目指さなくてもいいのです。むしろ自分の進路や幸せを、自分で選択をすることが大事。基礎能力はそのためのもの、つまりは自分の人生を自分でつくるための基盤なのです。

人生は選択の連続で、よい選択・賢い選択は有意義で豊かな人生が送れると、私は思っています。逆に愚かな選択は、人生にトラブルを持ち込みます。上手な選択って、遺伝子で決まるワケじゃなくて、訓練なんですよね。子どものころから自分のことは自分で決めさせることを、おすすめします

 子どもが未熟ゆえに間違った選択をすることがあっても、そこは焦ってはダメ。

間違ったっていいんです、人生は長いのだから、軌道修正ができます。間違った子どもは過度に助けず、親は見守ってください

 今どき、成人した子どもの就職や結婚にまで心配なあまり口を出す親もいますが、もちろん、そこはグッと我慢。もしくは……。

私が親として、子どもの選択のためにやったことは、選択肢の提示です。事前に資料を集め、研究をし、こちらを選べばどうなる、あちらを選べばこんなリスクがあるなどを説明して、最終的な判断を任せました。もし就職で悩んでいる子どもに何かしたいなら、フワッとしたイメージでものを言うのではなく、親がデータを集め知識を深めてから、話し合うのがいいと思います」

 本書の面白さのひとつに、長男の金子アーサー和平さんの本音が読めるページがあります。

「息子との共著は初です。いいと思ってやった子育てだけど、本当はどう思っていたか。いまさらですが、わかって興味深かったです」

アグネス・チャンさん 撮影/森田晃博

 思いがけない感想に驚きもありました。

「『一方通行で子どもの話を聞いてはいけない』という項目があり、これは1日の出来事を子どもから聞くだけではなく、まず親から話すべきだという内容です。私はそうすれば子どもが話しやすいし、絆も強くなると思っていたんですが、長男が《報告義務としてとらえていたので、毎日のテーマを探すことで目的意識を持って行動できた》って書いてくれて。記者さんやライターさんじゃないけど、ネタ探しをして、好奇心を育てていたようなんです。これはうれしい予想外でした」

 和平さんはときに辛辣なことも書いてますが、それが実に絶妙なアクセント。

「優等生の文章じゃ、この企画ページは失敗です。やっぱり本当にどう思ったかを書いてくれなきゃ。そういう意味で長男はいい文章を書いてくれました」

 親子で失敗したなと思うことがたまにはあっても、3人の息子は仲がよく、母をそれぞれ旅行に誘うほど優しい大人に育ちました。

「子育ては試練というイメージがありますが、楽しみながらやらなければもったいない。完璧じゃなくていいんです。35個の『べからず』も、家庭ごとに合う・合わないがあります。読者にはこの本をちょっとしたヒントくらいに思い、使ってもらいたいです

最終的には子どもに親を超えてほしい

『子育てで絶対やってはいけない35のこと』アグネス・チャン、金子アーサー和平=著(三笠書房/税込み1404円)※記事の中の写真をクリックするとアマゾンの紹介ページにジャンプします

 日本では子育ての主力は、圧倒的に母親。しかし本著は父親も参考にしやすいつくりとなっています。

「前著の『スタンフォード大に3人の息子を合格させた50の教育法』では、やってほしいことを書きました。でも今回は『これだけはダメ』ということを書いていますから、入りやすいのでは? 子育てにはノータッチなお父さんでも、わざと子どもを傷つけたい人はいませんからね。ぜひご夫婦で読んでほしいです

 アグネスさんが提案する、最終的な子育ての到達点は、子どもが親を超えること。

愛するわが子は一生守りたいけど、それは不可能です。自立した子どもに、大人を超えてもらわないと、社会の進歩はありません

 息子たちはもう、自分を超えた部分がたくさんあると笑うアグネスさん。そう胸を張って言える子育て、憧れます!

ライターは見た! 著者の素顔

「長男出産時、国際結婚だから価値観の違いは否めない。だから子育てで何かを決められないときは、誰が最終決定権を持つかを夫と話し合いました」。もちろん、最終決定権を持ったのはアグネスさん。「私が決められるのはうれしかったけど、結果的に彼の意見をたくさん聞かなければいけない立場になりましたね。だから、彼の意見のほうがよく通ったと思います(笑)」。夫は頭がいいの、と明るく言う姿に、子育て後も夫婦でハッピーな様子を垣間見ました。

<プロフィール>
あぐねす・ちゃん◎1955年生まれ。香港出身。'72年『ひなげしの花』で日本デビュー。カナダのトロント大学で社会児童心理学を学び、‘89年より米国スタンフォード大学教育学部博士課程に留学し、教育学博士号を取得。歌手、エッセイスト、日本ユニセフ協会大使など幅広く活躍中。

(取材・文/中尾巴)