オーバーサイズのスーツ、白いシャツ、星条旗を彷彿とさせる赤や青のシルク製無地のネクタイ。このある意味印象的なスタイルがお決まりの人物といえば、ドナルド・ジョン・トランプ第45代アメリカ合衆国大統領。トランプ大統領は、イタリアの高級スーツブランド・ブリオーニのスーツを愛用していることでも知られているが、推定5000〜8000ドルもするスーツを着ていながら、全体的に安っぽい雰囲気が漂っているのはなぜなのか、と辛辣に問いかけるのは、『NYとワシントンのアメリカ人がクスリと笑う日本人の洋服と仕草』(講談社)の著者・安積陽子さん。

2017年11月、来日したトランプ米大統領と握手する安倍首相のストライプタイは“左上がり”(代表撮影)写真:共同通信社

 装いや立ち居振る舞いについて指導するイメージコンサルティングを行ってきたという安積さんは、トランプ大統領は“着こなしで守るべきポイント”のすべてを外していると指摘。「ベルトの下までだらしなく伸びきったネクタイ。広過ぎるパンツの幅。本来ならば太腿から靴にかけてまっすぐに落ちるべきパンツのセンターラインがいつもよれよれで、太腿の内側にまでシワ」(本書より)ができている点などをその具体例としてあげる。

 ではいったいトランプ大統領の例にみるような“まずい着こなし”にならないためにはどうしたらいいのか。本書ではスーツを着る際に気をつけるべき基本的なポイント5つ──“肩のフィット感”“ジャケットの丈”“ウエストライン”“シルエット”“シャツ” ──についてそれぞれわかりやすく指南してくれるが、同時に、これらの条件をすべて完璧に満たした着こなしができている人は、なかなか少ないのではないかとも思われる。

 トランプ大統領のみならず、日本の政治家たちを見渡してみても、安積さんのいう完璧な着こなしをしている人物は少ないと言わざるを得ないのかもしれない。本書では実際に何人かの有名政治家たちの名があげられているが、安倍晋三内閣総理大臣もそのひとりだ。

 本書によれば過去に安倍首相は、ダークネイビーかダークグレーを着るべきサミットや昼食会の場において、各国首脳陣のなかでひとりだけライトネイビーのスーツを着用。あるいは、各国要人たちとの会談というフォーマルな場にも関わらず、カジュアルな部類に属するローファーを履いてしまったり、“パワー”“上昇”“可能性”といったイメージを連想する“正面から見て右上がり”のストライプタイではなく、“後退”“後ろ向き”“消極的”といったネガティブなイメージを連想させるため着用することを避ける傾向がある“正面から見て左上がり”のストライプタイを頻繁に着用しているのだという。

『NYとワシントンのアメリカ人がクスリと笑う日本人の洋服と仕草』(講談社+α新書)※記事の中で画像をクリックするとamazonの紹介ページに移動します

 一国の首相に問われるのは、洋服の着こなしではなく、何よりその政治的手腕だという声が聞こえてくるかもしれない。しかし「口元から爪先、シャツの襟の収まり具合からパンツの裾の状態にまで気を配った、完璧な『装い』は、相手への気遣いと敬意を表していることの証し」(本書より)なのだと安積さんは指摘する。

 ハイブランドの服や小物、たとえば何もブリオーニのスーツで全身を固める必要はないのだ。重要なのは、靴の磨き方ひとつにまで気を配った、完璧な“装い”をするということ。そして、たとえ実力があったとしても、そうした完璧な装いなくして世界の一流の舞台では通用しないという、日本のビジネスマンたちへの警告が印象的な本書はまた、どのような舞台であれ、着こなしのポイントを押さえた装いをしてみる価値は十分にあるのではないか、と思わせる説得力をも持った一冊であった。

文/岸沙織