次男と母親が発見されたスーパーの駐車場

 3月30日午前8時過ぎのことだった。東京都北区、開店前のスーパーの駐車場に、見慣れない車が1台。車内を確認したスーパーの従業員が異変に気づき、110番した。

「後部座席で、頸部に結束バンドを巻かれた男女の遺体が発見されました」(捜査関係者)

 亡くなっていたのは、職業不詳の佐々木真一さん(44)と母親の美知子さん(67)。首に結束バンドを巻かれた愛犬も死んでいた。

 そこから直線距離で約6キロ、板橋区内の賃貸マンションが自宅だ。

一家が住んでいた部屋は静まり返っていた


 亡くなっていたのは父親の佐々木信男さん(69)だった。「玄関は施錠されていました。親族の承諾を得て立ち入ったところ、6畳間の和室で男性の遺体を発見しました。首には結束バンドが巻かれていました」(同捜査関係者)

 全国紙社会部記者は、

「室内に争った形跡はなく、警察は心中とみて捜査をしています。30日の午前2時前、息子の真一さんが結束バンドなどを買う姿が防犯カメラで確認されている」

 マンションの大家が、現場に立ち会った。

「ゴミ箱や段ボールなどが散らかっていましたが、争ったという感じではなかった。ご主人は布団の中で亡くなっていました。家賃の遅延もなく、近隣トラブルもなかった」

 一家は2年ほど前に、ここに引っ越してきた。家賃は月額11万円。以前は、同じ区内の商店街にある2階建ての持ち家に住んでいた。今は更地になっているその場所の近くに住む80代の女性が話す。

「仲のいい家族です。真ちゃんにはお兄さんと妹さんがいてね。お母さんは糖尿病がひどくて、目があまり見えなかった。真ちゃんが、病院に連れて行ったり買い物をしたりしていましたよ。真ちゃんも小さいころから、喘息がひどくてね、かわいそうでした」

 70代の近隣住民は、母親の病状に関する情報を追加する。

「数か月に1度の頻度で救急車が来て、運ばれていました。目も悪く、画びょうを踏んでも気がつかず、床が血だらけになることもあったみたいよ」

 一家の家計を支えていたのは、父親の信男さん。植木の露天商だった。足立区の花き市場で仕入れ、“おばあちゃんの原宿”巣鴨の地蔵通り商店街などに店を出していた。

「荻窪の市場がクローズしたため、'15年の10月からここで仕入れをしています。最後に来られたのは3月27日で、31日に仕入れる分を注文していきました。穏やかで丁寧な方でしたね」(市場関係者)

口紅で書かれた「疲れた」の文字

 信男さんはよく、巣鴨の『とげぬき地蔵尊 高岩寺』の側道で植木を販売していた。

 信男さんを知るという女性同業者は、その死を知ると、「うそでしょ? 4月の花見には来るって言っていたのに……信じられない」と絶句し、

「3月24日にも店を出していたけど、変わった様子はなかった。明るくてまじめな人」

 近くでイカを販売している男性露天商はこう振り返る。

「ダジャレをよく言い、冗談が好きで明るく気さくな人だったよ。日本酒を飲みながら露店を出して、うちのイカをつまみにやっていましたよ」

 周囲の評判もいい仕事熱心な父親の一方、病気がちの母親を支える息子は、

「とにかく優しかったなぁ。穏やかな人です。人が嫌がることは絶対にしない。母親の世話をするために仕事を辞めたんです。兄妹も近くにいたみたいだけど相談できず抱え込んじゃったのかな」(同級生)

 3人の誰の筆跡なのかは不明だが、自宅の鏡には口紅で「疲れた」という言葉が書き残されていたという。

 60代の半ばを過ぎ、持ち家から賃貸マンションへの引っ越しを余儀なくされた夫婦。

 事情を知る人物は、

「本当は引っ越したくなかった。家は建てたけど土地は借地。地代を払えず、追い出される形で転居したと聞いた」

 と一家の悔しさを代弁。

「奥さんも“せっかくローンを払い終わったのに”とがっかりしていたっけ……。家を取り壊す費用もかかり、経済的にも精神的にもどんどん追い詰められていったんだろう」

 旧宅の、幸せだった暮らしが懐かしかったのか、

「転居された後も、よくこちらにはいらっしゃってました。美知子さんは“ここはいい”っていつも言って……。美知子さんひとりで来るときもあれば、息子さんと一緒のときもありました」(薬局の店主)

パーキングに駐車されたトラックには色とりどりの花が積まれ、ワイパーには警告書が挟まれていた

 母親が元気だったころは、12月になると喫茶店の軒先を借りて1鉢2000円でシクラメンを販売する夫婦の姿。クリスマスが過ぎれば正月用の門松を深夜まで準備する父親の姿。愛犬を抱き、息子に支えられて出かける母子の姿。家族のそんな様子を覚えているのは、元の住まいの近隣住民たちだ。

 家を追われ、徐々に疲弊していく生活に限界を感じたのか。愛犬を道連れに、家族は無念のままこの世を去った。

 自宅マンションの前のコインパーキングには仕事に使っていたトラックが止まったまま。フロントのワイパーには『長期駐車警告』と書かれた紙、荷台には祐天ザクラや雪柳などの花がたくさん積まれているが、商品を手入れする人はもういない。