テレビを見ていて「ん? 今、なんかモヤモヤした……」と思うことはないだろうか。“ながら見”してたら流せてしまうが、ふとその部分だけを引っ張り出してみると、女に対してものすごく無神経な言動だったり、「これはいかがなものか!」と思うことだったり。あるいは「気にするべきはそこじゃないよね〜」とツッコミを入れたくなるような案件も。これを、Jアラートならぬ「オンナアラート」と呼ぶことにする。(コラムニスト・吉田潮)
ドラマ『あなたには帰る家がある』に出演中の、中谷美紀、玉木宏、木村多江、ユースケ・サンタマリア

 

オンナアラート #12 『あなたには帰る家がある』

 4月期のドラマは、自分好みの作品が多すぎて嬉しい悲鳴を上げている。しかし、オンナアラートは鳴りにくい。いまのところ、初回から鳴り響いたドラマは、ひとつだけ。中谷美紀と玉木宏が夫婦を演じる『あなたには帰る家がある』(TBS系・毎週金曜夜10時)である。結婚13年目の夫婦に訪れる危機。なんと結婚記念日に夫が浮気をするという始まりだ。

 玉木は不動産の営業だが成績は悪く、会社でも上司から小言の毎日。家に帰れば、中谷から叱られっぱなし。家事も教育も専業主婦の妻まかせだからだ。家にも会社にもいたくない玉木は、時折、マンガ喫茶で好きな映画を観ながらビールを飲む(家では発泡酒限定)。

 一方、中谷は娘の受験が終わり、以前勤めていた旅行代理店の仕事を再開することに。ところが、十数年のブランクは大きかった。ツールもマインドも危機管理意識も十数年前とはガラリと変容。すっかり「使えないオバサン扱い」されて落ち込む。

 この夫婦、デキ婚(今は授かり婚としゃらくさい呼称ね)で、男女関係ではなく生活重視で過ごしてきたがゆえに、とんでもない危機が、という展開だ。

 夫婦の日常の小競り合いにアラートが鳴るわけではない。細かいところでイラッとはするが、夫婦の主張にはそれぞれ一理あり、喧嘩両成敗かなとも思う。アラートが鳴るのは、もう一組の夫婦である。

身の毛もよだつタン壺夫、ユースケ・サンタマリア

 玉木の会社が売り出している戸建てのモデルハウスに、ある日、やってきたのが、ユースケ・サンタマリアと木村多江の夫婦だ。楚々とした多江に心奪われる玉木だが、その後ろには陰鬱かつ高圧的な夫・ユースケがいた。

 ユースケは学校の教員で、専業主婦の妻と息子と、自分の両親と同居している。もうね、一挙手一投足すべてが、モラハラ・パワハラ・セクハラ。センセイと呼ばれる職業の人は、基本的に高圧的なのだが、その権化。

 マインドは財務大臣と財務省官僚と同じよ。女性からすれば「ありえへん!」の塊のような、唾棄(だき)すべき男である。なんていうか、タン壺みたいな。ユースケがじわじわと身の毛もよだつタン壺男をネチネチと演じているのだ。

 妻の生活を監視し、ネチネチと嫌みを垂れ流す。おかずは6品作らせるのが当たり前。口を開けば「誰のおかげで食えてると思ってるんだ」と恩着せがましい。

 しかも高圧的なのは妻に対してだけではない。不動産営業の玉木に対しても、自分の学校の修学旅行を提案する中谷に対しても、傲慢で威圧的。若い女性にはセクハラを繰り返し、男性は下僕のように扱い、若くない女性には男尊女卑を上から目線で説教する。ユースケの特徴を書き連ねるだけでもイヤだわ。

 こんなハラスメントフルコースな夫には、アラート鳴らすどころか、波動砲ぶちかましたいが、暴力はダメ、ゼッタイ。ということで、もし自分の夫がよそさまに向かって高圧的な態度をとるのを目撃したら、躊躇(ちゅうちょ)なくいさめよう。もし自分に対して高圧的なら……全速力で逃げよう。対等な関係を築けない関係は、夫婦ではない。主人と奴隷って言うんだよ。

現実逃避に他人を巻き込む妻・木村多江

 で、妻・木村多江もアラート案件だ。ユースケのような夫に虐げられている不幸な女に、同情票が集まるかと思いきや「あざとい」「怖い」「気色悪い」と批判の嵐である。

 なぜなら、たまたま知り合った営業の既婚男性への距離が近すぎるからだ。あ、説明していなかったけれど、玉木の浮気相手は多江なのよ。

 モデルハウスで意味不明なママゴト小芝居を始めて玉木を付き合わせるわ、酔った玉木を介抱するも勝手にズボンを脱がせるわ。普通じゃないでしょ?「奥さんではなく名前で呼んで」とか「幸せです、でも、さびしい」とか「あなたの家庭を壊すつもりはありません」なんてのたまう。自分の現実逃避によその夫を巻き込む、手練れの技だよ、これ。

 清楚でおとなしい女なのに、狙った獲物に性的妄想を植え付ける。これは明らかにどう猛な肉食女の言動だ。食われてる玉木だけが気づかないという滑稽さ。そら、アラート鳴りまくりですよ。女たちは知っているからね、見た目とあざとさは一致しないことを。

 ただ、多江が抱える心の闇に、寄り添う気持ちはけっしてゼロではない。第2話で、ユースケが多江に迫るシーンがあった。「おい」と呼びかけるユースケ。多江は無言でパンツを脱ぐ。その後で、多江は台所にいる。鍋の焦げ付きを必死にこすり落とす……。

 このシーンに私は釘付け。モラハラ夫の性的要求に無言で応えるしかない妻の絶望感たるや。鍋の焦げ付きは自分の身にこびりついた夫の残滓(ざんし)という暗喩。なんかね、悲しくなってしまったよ……。玉木に逃げたくなる気持ちも、わからんでもない……。

 玉木&中谷夫婦は、たぶん再生&結束を目指すのだろう。でも、ユースケ&多江のアラート夫婦はどんな答えを出すのだろうか。多江は解放を選ぶか、それとも一生ユースケの奴隷を選ぶか。女が長年奪われてきた主語を勝ち取れるかどうかが見どころだ。


吉田潮(よしだ・うしお)◎コラムニスト 1972年生まれ、千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。テレビ『新・フジテレビ批評』(フジテレビ)のコメンテーターも務める。また、雑誌や新聞など連載を担当し、著書に『幸せな離婚』(生活文化出版)、『TV大人の視聴』(講談社)ほか多数。新刊『産まないことは「逃げ」ですか?』に登場する姉は、イラストレーターの地獄カレー。公式サイト『吉田潮.com』http://yoshida-ushio.com/