お気に入りの赤いシャツを着て、ほほえむ写真が遺影に選ばれた

「どうやって受けとめていいのかいまだにわからない。46年間を思い出して泣いてばかりいる」

 急性心不全のため、5月16日に亡くなった西城秀樹さんの葬儀・告別式が26日、都内の青山葬儀所で営まれた。

 西城さんとともに“新・御三家”と呼ばれた野口五郎は、沈痛な面持ちで弔辞を読み上げ別れを惜しんだ。

「彼を偲んで、もう1人の“新・御三家”郷ひろみさんはもちろん、和田アキ子さんや五木ひろしさん、徳光和夫さんなど芸能界の大御所たちが次々と葬儀所に姿を現しました」(スポーツ紙記者)

商店街でも人気者

 参列者は、生前お世話になったことなどを美紀夫人に話していて、彼女は静かに耳を傾けていたという。

「プロダクションを離れた歴代のマネージャーもひっそりと来ていましたよ。西城さんの芸能生活の歴史を感じましたし、人望が厚かったんだなと改めて思いました」(同・スポーツ紙記者)

 芸能関係者以外にも、ご近所付き合いのあった人や、子どもたちの同級生なども焼香に加わった。幅広い交友関係が見て取れるが、以前住んでいた家の近くにある商店街にも、西城さんの人柄をよく知る人が多い。

 川崎市の鹿島田商店街は、西城さんのヒット曲が商店街でBGMとして流されることもあった。

「最後に来てくれたのはずいぶん前。隣の整体院に来ていて、待ち時間にうちに来てくれて。お子さんを私立の学校に通わせているから大変だって言ってたな」(喫茶らんぶる店主・新井さん)

 結婚式の受付をゴルフ友達の鹿島田商店街の女性に頼んだほどで、西城さんは誰とでもフレンドリーに接していた。

26日に行われた告別式では、盟友の野口五郎が最前列で棺を持った

 現在の自宅近くで食事に出かけることも多かった。

「秀樹さんは20年通っていただいた常連さんです。ちゃんぽん焼きそばが好きで、毎回注文してくれました。お店に来ると“お母さんいつまでも元気でね”と、私と年が10歳くらいしか変わらないんですけど、親切にそう言ってくれて。

 とても気さくな方でした。最後にお会いしたのは1か月半前。まだ若かったし、残念です」(お好み焼き店『小ぐま』女将の里井峯子さん)

 焼き鳥店の『とり平』には、芸能界の友人を連れてきたこともあるという。この店には、西城さんが大好きだった名物メニューがあった。

「もう出していないのですが、うちの麦とろご飯を気に入っていただいて。とても気さくで素敵な方だったので、本当に残念です。ご冥福をお祈りします」(オーナー夫人の平井洋子さん)

 闘病中は食事も制限しリハビリを続けていたようだが、680円の麦とろご飯はもう1度どうしても食べたかったメニューだったはず。庶民的な店で気さくな笑顔を見せていた西城さんを、街の人々はずっと忘れない。