若者が疲れた様子で立っていたら、すかさず立ち上がって席を譲ろうではないか

 松下幸之助氏(パナソニック創業者)のもとで23年側近として過ごした江口克彦氏。若手ビジネスパーソン向けの連載として好評だった「上司と部下の常識・非常識」に続いて、「50歳からの同調圧力に負けない人生の送り方」について書き下ろしてもらう。

 電車やバスなど、公共交通機関に乗ると、たいてい「優先席」がある。お年寄り、妊婦などの方の「優先席」というステッカーが貼ってある。これは「弱者への思いやり」ということで考えられたものらしい。

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 鉄道会社によっては、「優先座席」とか「専用席」、なかには「おもいやりゾーン」と呼称しているところもある。45年ほど前に国鉄(当時)がシルバーシートの名称で東京、大阪を中心に導入したのがはじまりだという。

 確かに妊婦とか身体障害者、病気の人など弱者のための優先席はいいが、年寄りというだけの理由で座れるような優先席は要らないのではないかと思う。

そこまでして、席に座りたいのか?

 年寄りは、周囲から年寄りと言われ、そのように扱われると、老け込んでいくものだ。まして、優先席に座って、自分ですすんで老人っぽく、年寄りっぽくする必要はあるまい。そこには、老人としての毅然たる心意気もなければ、年長者としての誇りもない。おおよそ、老人が無視され、年寄りが馬鹿にされるのは、誇りがないからだ。

「この頃の若者は思いやりがなくて」などと、自分も若い頃、言われたような身勝手を、さも、したり顔で言う。そこまでして、席に座りたいのか。優先席に座りたいのか。なんとも情けないとしか言いようがない。

 過日、SNSに載っていたのが次のような話である。

 間抜けな高齢者たちもいるもので、ハイキング帰りに、電車で座っている若者の前に立って、その若者に聞こえよがしに「まったく、この頃の若い人たちは、思いやりとか、いたわりの心がないね」「そうよ、そうよ」「昔はね、譲ったものだな」などと話したりしていた。

 そのようなことを言っていたら、その若者が、

「あんたら、なに言ってるんだ。ハイキングの帰りだろ。それだけの体力があるなら立ってたっていいじゃん。こっちとらはこれから仕事だよ。仕事に行くんだ。オレたち若い連中の働きによって年金貰ってさ、あんたら暮らしているんだぜ。ハイキングに行けるのもオレたちのおかげなんだ。けど、俺たちがあんたらのような歳になったら、年金があるかないか。ハイキングなんか行けない。ちょっとはそのこと、考えろよ」

 と一喝、逆襲されたという。当たり前だろう。

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

立っていればちょうどいい運動になる

 電車やバスのなかで立って、吊り革にぶら下がる。結構なことではないか。立っていることは、健康のため、体力づくりのためにも役立つ。揺れる。バランスを保とうとする。無意識のいい運動ではないか。

 以前、あるベテランの落語家が、電車やバスの中で絶対に座らないどころか、つま先で立ち続けると言っていた。それを聞いて、なるほどと思った。いつも、つま先で立ち続けているわけではないが、私もそれに倣い、よほどの空席の時以外は、つり革をもって立つようにしている。結構、いい運動になるし、車窓からの景色に四季の変化を感じて楽しい。

 気の弱い老人や年寄りは、座席を譲られると座らないと申し訳ないと思って座ってしまうかもしれないが、そこは同調圧力に負けてはいけない。若者に席を譲られても、次のように応じればいい。

「ありがとう、でも今、こうやって運動しているんです。大丈夫ですよ。お気持ち、ほんとうに感謝します」

 こんなふうに丁寧に辞退すれば、相手も嫌な思いはしないだろう。それが健康のため、体力づくりのため、自分のためだ。なにも高いお金を払ってジムや水泳に通ったり、時間をかけて歩き回ったり、老人や年寄りで集まって、ハイキングなどに行く必要もない。行ったって、はぐれたり、遭難して、人に迷惑をかけるのがオチなのだから。

 この頃、若い女性、主婦たちの間で流行っていると聞く「ながら体操」や「ながら運動」をすればいい。料理しながら、掃除しながら、身体をほぐして、つくっていくという、それを老人や年寄りもやったらいい。こういう日常の中で、体力づくりをすればいいのではないか。

 高齢だから、という理由だけで優先席は要らない。50歳を過ぎたら、本当に座らなければならないほど苦しくなったときに備え、原則、電車やバスの席に座るべきではない。座らない癖をつけよ。それが自分のため、それが体力づくりのためだ。

 そして、自分が座っている前に若者が、なにやら疲れた様子で不機嫌そうに立ったら、すかさず立ち上がって席を譲ろうではないか。立ち上がって、次のように言うのだ。

「どうぞ、お座りください。私たちがこうやって暮らしていけるのも、年金のおかげ。その年金や医療費は、あなた方のような若い人たちが一生懸命働いてくださるから。えぇえぇ、感謝してますよ。どうぞ座ってください。そして、お疲れを取って十分に働いてください」

 そう言って慇懃に話しながら座席を譲るのだ。そういう老人、年寄りが増えれば、若者は、かえって老人に敬意をもつようになるだろう。

70歳や80歳くらいで老人ぶるな

 それでも座りたい、優先席は老人のための席、年寄りが座るべき席であって若い者が優先席に座るのはけしからんと思うなら、首から大きなカードをぶら下げて、大きな文字で「私は65歳の高齢者です」とか、「私は78歳の後期高齢者です」、あるいは「私は1936年生まれです」などと書いたらどうか。それで優先席なり、一般座席の前に立ったらどうか。全力で老人アピールをすればいい。

「50、60はなたれ小僧、70、80働き盛り、90になって迎えがきたら、100まで待てと追い帰せ」

 という言葉があるが、70歳を過ぎた、80歳になった、というだけで老人ぶったりすること自体、いただけない。自分は年寄りである、と思っている人も、今一度思い直したほうがいいのではないだろうか。


江口 克彦(えぐち かつひこ)◎江口オフィス 代表取締役 1940年2月1日、名古屋生まれ。前参議院議員(1期)。愛知県立瑞陵高等学校を経て慶應義塾大学法学部政治学科卒。松下電器産業(現パナソニック)入社後、1967年・PHP総合研究所へ異動。秘書室長、取締役、常務取締役を経て1972年専務取締役、1994年副社長、2004年社長に就任。2009年退任。その後、執筆・講演を中心に活動していたが、「みんなの党」の渡辺喜美代表からの要請に応え、「地域主権型道州制」の政策を掲げ、2010年7月の参議院議員選挙に出馬、当選。松下幸之助のもとで23年側近として過ごし、松下幸之助に関する多数の著作がある。松下幸之助哲学の継承者、伝承者と評されている。それゆえ、松下幸之助経営に関する講演依頼も多い。また、松下幸之助の主張した「廃県置州論」を発展させ「地域主権型道州制」を提唱、国会では超党派の『道州制懇話会』の共同代表を務めた。各地で「地域主権型道州制」の講演、啓蒙を行っている。公式サイトhttp://www.eguchioffice.com/