佐藤さんは写真を手に、家族3人の生活を振り返った

「別居している69歳の父が孤独死して、ひとりで処理をすることになりまして……」

 6月中旬、知人女性の佐藤由紀さん(仮名、34)からこう相談を持ちかけられた。

「6月9日に“新聞がたまっているから様子を見てくれないか?”と近隣の人から離婚した母に連絡が入ったそうです。訪ねた母が小窓から覗いたら、強い腐敗臭がしたので警察を呼びました」(佐藤さん)

霊安室で対面した父の姿

 警察が踏み込むと、父親は浴室で亡くなっていた。死後、約3週間だった。

 遺体を引き取る経緯について佐藤さんが事情を明かす。

佐藤さんの母親は、ゆっくりと過去を思い出すように話した

「父のきょうだいは引き取りを拒否し、母もしないと言う。私が引き取らなければ父は無縁仏になってしまうんです。気の毒だなって気持ちもありますが、それ以上に子どものころに家族で過ごした部屋を見たかった。

 家族がバラバラになってから、父がどんな生活をしてきたのかを見る責任が私にはあると思い、引き取ることを決めました

 しかし父親の遺体を引き取るにあたり、経済的な負担が重くのしかかる。劇団員をしながらアルバイトで生計を立てる佐藤さんに貯金はない。

「引き取るか否かを決める前に、父の貯金の有無を事前に確認することはできないと警察に言われました。父に貯金がなければ、私は借金を背負うことになる。その覚悟をして引き受けることにしました。母は再婚しているから迷惑をかけられない」(佐藤さん)

 佐藤さんは知人に紹介してもらった葬儀業者と交渉し、低価格で火葬をしてもらうことに。霊安室で久しぶりに対面した父親の姿は……。

警察の霊安室で遺体となった父親と対面した

「顔はどす黒く変色して……。腐敗臭を抑えるために、顔以外は袋に覆われていました。小学生以来、一緒に写真を撮っていなかったので不謹慎とは思いましたが最後に一緒に写真を撮りました」(佐藤さん)

 安くしてもらったとはいえ、それでも火葬には約42万円の費用がかかった。搬送費や棺代、収骨容器代などだ。

「本来はもう少し安くすむらしいのですが、父の遺体は腐敗していたので、遺体を処理するスタッフに対する特別手当や、特別な安置処理だけで10万円ほど余計にかかりました」(佐藤さん)

 もし父親に貯金がなければ、これらの費用はすべて佐藤さんが負担する必要がある。

 佐藤さんは父親が亡くなった部屋の片づけに入った。清掃費を浮かせるため、自分でゴミを仕分けて運ぶ。結構な重労働だ。筆者も手伝った。

「パパを捨てていいよ」と言った子ども時代

 東京・葛飾区にある築51年の住宅団地。間取りは2DKだ。ドアを開けるとむあっとするにおいが漂ってきた。死臭ではなく50年間の生活でついたにおいだ。

 ありとあらゆるものがタバコのヤニで黄色く変色している部屋はずいぶん散らかり、埃っぽい。

 佐藤さんが子どものころに描いた絵やアルバム、七五三の衣装なども無造作に転がっている。自室には父親の趣味だった機械の製図が山のように残っていた。机の上には家族3人で写った写真が。佐藤さんは手に取って振り返る。

「父はお酒が大好きで、毎日飲んでいました。母とも毎日ケンカをしていて、暴力をふるうようにもなって……」

 当時の様子を、離婚後も近所に住む母親が明かす。

「顔に青タンができたり、肋骨を折られたこともありました。娘が小さいころには“お母さんはどうしてお父さんにそんなに気を遣って話しているの”って言われて……。どこで逆鱗に触れるかわからないからビクビクしてました」

 金遣いも荒く、生活は苦しかった。母親の職場まで来て“金をよこせ”と言ったこともあったという。佐藤さんも両親のケンカを見て不安定に。家庭は壊れていた。

娘が中学1年のときに“パパを捨てていいよ”と言ったことで決意をしました。1か月かけて荷物を運んで、ある朝、“引っ越しするみたいだな”と言うので離婚届を突きつけ“明日出ていきますから判子をください”と言ったんです。判子を押して、黙って仕事に出かけましたよ」(母親)

 3人で住んでいた団地に父親はひとり取り残された。

荒れ果てた台所を掃除すると害虫の死骸も

 母親が最後に見かけたのは昨年末だったという。

「昔はスラッとして歯もきれいだったけど、みすぼらしくなって歯もボロボロでした。上から目線の態度で、近隣では誰とも付き合いがなかった」

 元夫の死については、

「道で会っても話をすることもなかった。特に未練もありませんが、人間的に優しかったら、横柄でなければ、違う結末があったんじゃないかなと思います。あの死に方は惨めで憐れですよね」(母親)

引き出しから見つかった預金通帳

 だが、佐藤さんは別居後も、数年に1度は父親と会っていた。最後に会ったのは7年前。彼女が初めて出演する舞台を父親が見に来たときだった。

「うれしそうにしてました。定年したらどうするのと聞いたら、“地元には帰らない。死んだら離婚した母の墓に入るんだ”と言ってて。母は離婚した後に再婚してるから入れるわけないんですけどね……。自分勝手な人でした」

 と、片づけながら話す佐藤さんが寝室に足を踏み入れると声をあげた。寝室の入り口の床には、エロ本の切り抜きがずらっと並べられていたからだ。しかも女子高校生をテーマにした写真ばかり。

寝室の床にはエロ本の切り抜きがびっしり並んでいた

「70歳近くになっても性欲ってなくならないものなんですね。しかもロリコン趣味なんて……」

 父親もできれば娘に醜態を晒したくはなかったはずだ。

 掃除を進めるうちに、引き出しから預金通帳が見つかった。そこには80万円弱の貯金が。佐藤さんは額を確かめて、ホッと安堵のため息をついた。

 結局、部屋のリフォーム費用で9万円。火葬費用と合わせて約50万円の出費だ。

「ギリギリですが父の貯金でなんとか間に合ってよかった。今は無事に父を送ることができてホッとしています」

 と佐藤さんは微笑む。

 生前に父親がよく通っていた飲み屋の店主は、父親のこんな姿を鮮明に覚えていた。

「よく娘さんの話をしていましたよ。娘が、娘がってね。怒ったら娘さんの話をすると静かになるんですよ。大事に思っていたんでしょうね」

 ずっと娘を思う気持ちだけは持ち続けていた。

 荷物のほとんどを処分したが、家族写真だけは手元に残した佐藤さん。帰り際、父親への思いを口にした。

「反面教師と思っていましたが、父が生きた人生を尊重したいと思います。でも、父の遺骨をどこの墓に納めるかで悩んでいます。捨てたら犯罪ですし……」

 家族のために、終活の準備は万全を期したい。


むらた・らむ ライター、イラストレーター、漫画家。汚部屋やホームレスなど、ディープな潜入取材が得意。著書に『ゴミ屋敷 奮闘記』(有峰書店新社)など。7月27日には20年にわたる樹海取材のルポをまとめた『樹海考』(晶文社)を上梓する