街でよく見掛けるカラスだが、彼らの生態はいまだによくわかっていない

 ゴミの回収や管理の徹底で、近年都心のカラスは減っている。一方、増えているのが地方都市。繁華街の電線に数千~数万羽単位で現れ、糞(ふん)害、騒音をまき散らす。人がひたすら忌み嫌い、遠ざけてきたカラス。夏休み、ヤツらの正体を垣間見てみませんか? 『カラス学のすすめ』を書いた宇都宮大学の杉田昭栄名誉教授に詳しく聞いた。

人間個々の顔や男女を識別できる

──古今東西、カラスは不吉さや賢さの象徴とされてきましたね。

 体重当たりの脳の重さは人間で1.8%なのに対し、カラスは1.4%。鳥類では断トツだし、馬などに比べても体重比で大きい。

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 カラスにできてイヌ、ネコにできないことも山ほどあります。人の顔を見分ける実験をすると、カラスは2日くらいで覚えるんですね。数人の顔写真を貼った容器を10回並べ替えても、10回とも餌が入ってる1人の顔写真を選ぶ。

 イヌやネコは選ぼうとはせず、たまたま当たれば食べるみたいな感じ。家畜化されていて、自ら生きる能力が鈍化しているのでしょう。実際カラスも、幼児期から飼うと行動力も好奇心もない“腑抜け”に育つ。野生で親からトレーニングを受けて、生きるという思考のスイッチが入るんだと思います。

──自分をいじめた人間の顔を覚えていて仕返しをする、という話を聞いたことがありますが。

 仕返しするかどうかは別として、人間相手に分が悪いのは察しているので、見かけたらきっとガーガー鳴き立てるでしょうね。

 人間の男女を識別できるかの実験もしています。男女各10人ほどで目や口、鼻など顔の一部を隠した顔写真を見せたところ、男女それぞれに何らかの共通性を見いだして、しっかり区別できました。

 おそらく輪郭や色の具合のほか、いくつかのポイントでパターンを読んでいるんじゃないか。さらに今、笑顔や怒り顔など表情の違いを見分けられるか実験中です。柔和な表情の人を類似系の1つの集合体にまとめる力があるのかどうか。

 米国で面白い実験報告があります。怖い形相のマスクをかぶった人がカラスを捕らえ、恐怖心を与えてから放す。すると以後、怖いマスクの人が歩くとカラスが一斉に甲高く鳴き叫び、羽をばたつかせた。

 時間が経つほどに反応するカラスは増え、直接その経験をしていない1~2キロメートル離れた別の群れのカラスまでもが反応し始めた。

 つまりカラスは自らの直接体験、親から子への情報伝達に加え、ほかの群れとの情報交換という3つの情報源を持つということ。どのように伝えるのかはわかっていませんが、コミュニケーション能力があるということです。

少なくとも1年は覚えている記憶力がある

カラス学のすすめ』を書いた宇都宮大学の杉田昭栄名誉教授(撮影:吉濱篤志)

──つまり社会的な概念がある?

 そう。群れの中での優劣、自分の立ち位置やほかの個体とのかかわりを理解する知性があります。自分の群れはもちろん、ほかの群れでの個体の序列、その序列が逆転したことなども観察して理解できる。

 たまたま同じ電線に止まっていて、「あ、コイツあの群れの弱いヤツだ」ってわかる。証明はされていないけど、一連の観察結果や論法からすると、僕はわかると考えています。ただ、基本的に野生動物は無駄な争いはいっさいしないので、たまたま遭遇した弱いカラスにケンカを売るようなことはしない。

──カラスは数の概念も持つとか。

 たとえば、2つの容器のふたに違う数の模様を印刷し、模様の数が少ないほうに餌があると学習させる。模様で覚えてしまわないよう、色や形、配置を変えます。2と6、3と5とか数を変えて組み合わせたら、ちゃんと少ないほうの容器を選びました。

 ただそれは、カラスが1、2、3と勘定できるかどうかとは別で、あくまでも多い、少ないの比較ですね。

 さらに記憶はどれだけもつのか。2〜3日訓練してその後は遠ざけておき、1年後に再度実験したら、ちゃんと覚えていて正解率100%でした。少なくとも1年は記憶しているということです。

──本ではカラスの生態や身体構造、五感についても詳述されています。

 五感の中で際立っているのが視覚です。人間の色覚は赤緑青の3原色ですが、カラスは赤緑青に紫外線を加えた4原色。これについてはほかの鳥類も同じ。

 よく七色の虹といいますが、彼らは21色なのか28色なのか、より密なグラデーションで色彩をとらえている。味覚については雑食だけど、ある程度味の違いはわかってる感じ。

 逆に、人間がカラスを食べる文化がかつて中国や韓国、日本の田舎などにありました。滋養強壮ですね。フランス料理ではジビエとして健在です。

 僕も食わされましたよ、カラス肉料理のレシピを作ったバカな教え子がいてね(笑)。多少クセはあるけど食えます。まあジャーキーがいちばんいいかな。

鳥類では例外的に共食いをする

──実は個人的にずっと疑問だったのが、街中にあれだけカラスがいるのに、死骸は一度も見たことがない、ってことでした。

 基本的に野生の鳥は弱ると、外敵から身を隠すため、こんもりした森林などへ逃れます。そこで力尽きて、ポロッと枝から落ちて死んでいくケースが多い。

『カラス学のすすめ』(杉田 昭栄 著/緑書房/1800円+税/341ページ)書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

 ほかにも、死んだカラスの死骸を仲間が食べてしまうことがあります。鳥類では例外的にカラスは共食いをする。

 数羽のカラスを同じおりに入れておいたとき、ケンカが始まって1羽が負けて死んでしまうことがあった。その後どうするか見ていたら、勝ったカラスと周りにいたカラスで、死んだカラスを残さず食べてしまいました。

──先日公園で目撃したのですが、池を挟んで向こう側のカラスがこちら側にいたネコを目がけて、スレスレに滑空してきたんです。それも何度も。

 ネコをもて遊んでいたというか、ちょっかい出して面白がってたんでしょうね。人間と同様、彼らにもそういう部分があるんです。

 カラスは遊びをする数少ない動物の一種。まあその公園のネコの場合、弱っていたり子ネコだったりしたら、つついて食べちゃってたかもしれません。

──ゴミ集積所の散乱や糞害、騒音、農作物への食害など、人間にとっては厄介な鳥ですが。

 人間とカラスはすでに共生していると認識したほうがいい。ゴミ問題に関しては、問題を作っているのは人間のほう。

 カラスは頭はいいけどクリエーティブではないから、生きるための選択をするしかないわけで。そこは人間サマが知恵を出して、どう共生していくかを考えないといけませんね。


杉田昭栄(すぎた しょうえい)/1952年生まれ。宇都宮大学農学部卒業、千葉大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士、農学博士。専門は動物形態学、神経解剖学。一般社団法人 鳥獣管理技術協会代表理事。著書はほかに『カラス なぜ遊ぶ』『カラスとかしこく付き合う法』など(撮影:吉濱篤志)

中村 陽子(なかむら ようこ)東洋経済 記者『週刊東洋経済』編集部記者