おざわゆきさん

 夫に先立たれた80歳のベテラン作家が、家族の軋轢から“終の棲家”を家出。ネットカフェ難民になったり、恋に落ちたりしながら、老後に立ちはだかる孤独死、認知症、入居拒否などのさまざまな壁を乗り越えていくコミック『傘寿まり子』(講談社刊)がいま、話題に。

 今年5月には第42回講談社漫画賞(一般部門)を受賞。パワフルなおひとりさまシニア・幸田まり子の冒険ストーリーは、女性たちから広く共感を集めている。

高齢社会におけるアイドルになれる存在を

 結婚しても、しなくても、いつか誰もがおひとりさまに。老いて迎えたそのとき、どう生きればいいのかーー。主人公・まり子が向き合う不安や惑い、さまざまな困難は、高齢化が加速する日本社会が抱える問題でもあり、リアルさに満ちている。

 著者の漫画家・おざわゆきさんに話を聞いた。

「連載が終わり、次の作品をどうしようかと考えたとき、おばあちゃんを描きたいと思いました。前作が戦争ものだったので、取材でたくさんの高齢者に会い、お話を聞いたのがきっかけです。また、70代の義母が講師をやっている関係で民舞を習っているのですが、60~80代の生徒さんが大勢いて、身近に接していたことも大きかった。

 いまの高齢者は見た目からして若々しい。しかも100歳以上の人口が6万7000人もいる時代。すごい世の中になったと思います。そんな時代のアイドルになれる存在を描きたかったんです

 ヒロインのまり子はSNSなどイマドキのツールで若者とつながり、過去の同業者も巻き込んで、ウェブ雑誌を創刊する。年齢を超えた仲間を得て、居場所を広げていく行動力がある。

「身近にいる人が80代のリアルモデルだとしたら、まり子はそれよりもっと先にいる、こうなれたらいいなっていうおばあちゃん像。でも、現実からかけ離れすぎないことを意識しました。

 ネットカフェにSNSは、若者には日常的なものでも、お年寄り目線で見るとすごく新鮮ですよね」

老いを生き抜くのは困難ばかりではない

 ただ単純なシニアのサクセスストーリーではないところも本作の魅力だ。

 例えば、まり子が家を出たのは、息子夫婦たちと折り合いが悪く、長生きしすぎたように感じられ、居場所がなかったからだ。作家仲間のひとりは、4世代同居にもかかわらず「家庭内孤独死」を遂げた。男やもめである初恋の相手は、高速道路を逆走し、認知症の兆しを見せている。

 65歳以上のシニアの単身世帯は増え続け、厚生労働省の最新調査では27・1%を占める。2040年には4割に達するとの予測も。まり子たちが直面するさまざまな問題は現実に起こりうる、他人事ではないものばかりだ。

「高齢者問題のニュースを見ていると、お年寄りの未来は暗いのかと思えることもあります。でも、85歳になる私の母もデイサービスを利用していますし、介護施設やサービスの利用は、すでにこの国の“日常”ですよね。

 孤独死だって、いまとなっては珍しくありません。そもそも、ひとりで亡くなることが不幸かっていうと、そうとも言いきれない

 美貌と才能で鳴らした女流作家がいまやゴミ屋敷の住人と化している描写は、老いの切実さを感じさせる。

「ゴミ屋敷や汚部屋に関しては、個人的にすごく興味がありまして。どこか、いまの自分にもつながるところがあるなぁって(笑)。

 放っておくと部屋はどんどん汚くなっていきますし、ましてやお年寄りはどうしてもモノをためがち。登場人物のカリスマ作家・小桜蝶子もそうでしたが、“自分の大切な思い出”や愛着のあるものを捨てられないのではないかと思います

 ひとりで老いを生き抜くには困難がつきもの。でも、希望はある。

「高齢者をめぐるいろんな問題を取り上げていますが、それをまり子が自分の中で消化して受け止めつつ、うまく前に進める話にできるといいなと思っています。

 まり子は、決して理想の高齢者ではありません。今後もさまざまな問題にぶつかり、あがきながらも自分なりに社会にこぎだし、なんとか乗り越えていきます。自分もこんなふうになれるかも、こういう抜け道もあるのだな、と思ってもらえたらうれしいです

 おひとりさまでも、強くたくましく楽しく生きるには、どうすればいいのか?

「まり子のように仕事をいつまでも続けられるとは限りませんが、お金はあったほうがいいので、働ける環境があったらぜひ働いて。

 自分が必要とされる場所や役割があるのも大事。趣味の仲間のリーダーや地域の集まりの世話係をするのもいい。旅行でも買い物でも、何か目標を掲げることもいいと思います


〈PROFILE〉
おざわ・ゆき ◎漫画家。'64年生まれ。高1でデビュー。'15年には『凍りの掌 シベリア抑留記』、『あとかたの街』の2作品で第44回日本漫画家協会大賞を受賞