玄関を入ってすぐのリビングには、大きな座卓だけ置いている。いずれ介護が必要になったときには、ここに介護用ベッドを置く予定だそう

 家事をはじめとする生活研究の第一人者として、新聞、雑誌などで幅広く活躍してきた阿部絢子さん。生活研究家として独立を決意したのは、勤めていた会社が倒産した32歳のとき。フリーランス歴は40年以上になる。

73歳にして薬局の新人に

「仕事が来なくなったら? 病気になったら? と思って。取材や執筆で忙しくしていましたが、将来を見据えて37歳のとき、百貨店の消費者相談室で消費生活アドバイザーとして働き始めたんです」

 60歳で年金の受給を開始。が、ここでまた将来の収入減に備え、持っていた薬剤師の資格を生かして64歳から薬局で働き始めた。

 消費者相談室は、68歳で退職した。以後は薬剤師の仕事をメインに、生活研究家と二足のわらじをはいている。

 2月から夜間に勤め始めた調剤薬局では73歳の新人。

「新しい職場は覚えなければいけないことも多いし、間違ってばかりで大変。いつも若い上司に怒られています。でも、仕事が大好き。仕事がないとうつになるから今は乗り越えられるまで頑張るしかないと思って」

 別の薬局でクビを宣告されたこともあるそうだが、「できなくてクビをきられるのは当たり前。この年になったら、職場に合わないときは辞めて次を探す努力をしたほうがいい」

 と阿部さん。生活研究家としても現役で活動を続けている。

「本屋に行くと、新しい人たちが次から次へと本を出していて、こりゃもう後ろから来た若者たちに、断崖絶壁から突き落とされたようなものだなって」

 そう話すが、7月に新著を出したばかり。70代とは思えない猛烈な働きぶりに驚かされてしまう。

 フリーランス生活が長い阿部さんの場合、年金の支給額は月5万円ほど。「お金は最低限あればいい」というものの、「おいしいものを食べたいし、疲れたときにはタクシーにも乗りたい」と思えば、働くしかない。

52歳からスタートさせた、海外へのホームステイ。ドイツをはじめ、スウェーデン、デンマーク、ノルウェーなどを訪問して、一般家庭に滞在させてもらっている

「年金5万円に、薬剤師の収入6万円を合わせて11万円。マンションの管理費だけで4万円以上もするから足りなくて、薬剤師として夜間も働くことにしました。

 行きつけのレストランやそば店のパート募集に、飛び込みで応募してみてもいい、探せばいろいろ仕事はあるもの。“間に合ってます”って言われても平気よ。いい年だからこそ、自ら出向かないといけないと思う」

 若いころから選択肢を自分で引き寄せ、チャレンジし続ける人生を送ってきた阿部さん。こんなことはやってられないと言ってしまえば、もう何もできなくなる。自分のことを自分で決めた人生は、たとえ失敗しても後悔しない。

片づけ用の段ボールは、部屋の片隅においておき、不要なものがあったらすぐ入れられるようにしている

年寄りは謙虚で可愛くならなきゃ

 老いることに不安を感じる人は珍しくない。お金や健康、さらに孤独や死への恐怖と、悩みは尽きない。

年をとるって厳しいことであり、つらいこと。でも、そんなときこそ近くを見るのではなく、遠くや過去を見るようにするんです。例えば、戦争で命を失った人たちのことに思いを馳せたら、あれもイヤこれもイヤと言えなくなるはず。たくさんの不安を抱えていても、少しずつ解消していく手立てになります。

 誰でも死ぬときは死ぬんだから。エアコンだって壊れるし、人間だって寿命が近づけばギクシャクする。有機物から無機物に変化することを死だと思えば、なんの不安もありません」

 結婚はせず、ひとり暮らし歴は現在、40年目。53歳のときに購入したマンションに、妹から譲り受けた猫1匹と一緒に暮らしている。

「街で横柄な年寄りを見かけると、イラッときちゃう。いつまでも元気でいられるわけがないんだから、もっと謙虚で可愛くならなきゃダメ。おひとりさまで生きようと思ったら、自分を律して、自立することが大事。ひとり暮らしは、誰も助けてくれないの」

 食事を作ったり、掃除をしたり、お金を管理したり。生活するうえでやらないといけないことはいっぱいある。生き方は気ままでいいけれど、やるべきことは自分でやる。それがひとり暮らしの心構えだという。

クローゼットの中身は、季節によって入れ替えの必要もなし。取り出しにくい高いところにはモノを入れないようにしている

 なるほど、阿部さんの自宅は、どこもすっきり快適な空間が維持されている。なのに、掃除機をかけるのは2週間に1度だけ。部屋に物が少ないため、ふだんは目立つホコリさえ掃除すればいいからだ。

 クローゼットも押し入れも、必要な物だけを収納しているのでどこに何があるかひと目でわかる。使いやすい場所にしまえば、探し物をする手間も省け、片づけもラク。

「物をためこまないことが鉄則。洋服も、やせたら着るなんて絶対にありません。着られなくなったものは段ボールにまとめておき、たまったら即、リサイクルに出すか、知人に譲ります」

 シニアが快適なひとり暮らしを送る秘訣は、毎日の掃除や片づけではなく、“それをしやすい部屋作り”にあるようだ。

 阿部さんは、自立した生活をするなかで、自分がやりたいことを見つけて、人生を楽しむことも忘れない。

 ライフワークは海外でのホームステイ。生活研究家としての取り組みでもある。ドイツや北欧の国々などへ出向き、エコや環境への取り組みを視察し、体験するのが目的。そのために仕事をし、貯金にも励む。

「昨年までは海外に行きましたが、今年は仕事があるから行けないかな。ご迷惑をかけないように、新しい職場になじむことが先。この年で最年長の新人ですからね(笑)」

東日本大震災後、天井まであった本棚を処分したことをきっかけに、本や資料はずいぶん整理したそう。風通しのいい書斎で、いつも仕事をしている

〈PROFILE〉
あべ・あやこ ◎薬剤師として洗剤メーカーに勤務したのち、生活研究家として独立。百貨店の消費者相談室に30年以上、勤めて退職。64歳からは、再び薬剤師の資格を生かして働き始めた。最新刊に『ひとりサイズで、気ままに暮らす』(大和書房)がある。