岸田雪子 撮影/北村史成

取材を積み重ねて当事者の声を紡ぐ

 キャスターとして『情報ライブ ミヤネ屋』での宮根誠司さんとの軽妙な掛け合いが記憶に残る岸田雪子さん。実は日本テレビ報道局の社会部や政治部で24年にわたり、オウム事件や東日本大震災の取材など第一線で活躍した人物でもある。

 入社後すぐの文部省(現・文部科学省)担当記者当時、教育・いじめ問題を取材したことを契機に、その後もいじめを経験した子どもたちや保護者の声を地道に聞き歩く取材を継続してきた。本書は20数年かけて岸田さんが取材してきたいじめ問題を当事者の声とともにまとめた1冊だ。

「これまで、いじめのニュースを報じながら、もう一歩、本質に踏み込めていないのではないかと感じることもありました。激化するいじめの現場で本当は何が起こっているのか、子どもたちの間でどんな言葉が交わされているのか、被害者はどんな気持ちだったのか。この部分を大人が知らなければいじめは防げないと思ったのです。さらに、いじめの被害者で絶望しながらも踏みとどまった子どもたちの言葉からは、何が彼らの救いになれたのかが見えてきます」 

 いじめに限らず、育児や子育てでも、情報を知っているか否かで、大きく違ってくるのは女性読者にも経験として実感できるはずだ。

「いじめへの大人の対応も同じです。子どもはどんなにつらい状況でも学校を休んではいけないと思い、ひとり苦しみがちです。そんなときに、周囲の大人が“無理に学校に行かなくていい、あなたがいちばん大事だよ”と言ってあげられれば、楽になる子は増えるのです。もし、それを知っていたら、いじめでつらい時期を過ごさずにすんだ、という声も実際によく聞きました」

 本書には、さまざまなケース・立場でいじめに関わってしまった人々が数多く登場する。岸田さんは、執筆にあたり、これらの人々全員に再度取材を行っている。テレビの人間であり、特に報道は事実がすべてと彼女は言う。取材に基づいた事実を積み重ね、事件の背景や経緯をていねいに読み解き、問題点を浮き彫りにするキャスターとしての真摯な姿勢が本書でも見てとれる。

 いじめの加害者を生まないために、大人ができること、してはいけないことは多いと岸田さんは語る。

「例えば家でテレビを見ていて、いじめを受けた子どもが亡くなるニュースが流れていたとき。大人が“死ぬなんて、弱い子だね”などとつぶやいたら、それを聞いた子は“いじめられるほうに原因があるのだ”と思ってしまうでしょう。

 また、教室で1人だけ周囲のスピードについていけない生徒がいたとき。教師が“いつまでやってるんだ!”などと声を荒らげたら、それを見ている子どもたちは“あの子にはキツくあたってもいいんだ”と教師のまねをしてしまい、それがいじめを生むクラスの土壌を作ってしまうことはよくあることです。教師の何げないひと言も、周囲の子どもたちにいじめを肯定した言動と受け止められるリスクがあることを知ってほしいと思います

大好きだからこそ親には言えない

 過酷ないじめや、それを端緒とする子どもの自殺という悲惨なニュースを聞くたびに、“なぜ親に話さないのか?”と疑問を抱く人もいるだろう。

「いじめられた子に、なぜ話さなかったのかを聞いてみると、親に心配をかけたくなかったと答える子が少なくありません。決して親が悩みを聞いてくれないと思っているわけではなく、大好きだからこそ心配をかけたくないということです。それでも子どもたちは何らかの小さなSOSは発しています。最近、イライラしている、朝、おなかが痛いと言う……。本当に小さなことですが、“あれ?”という親の勘がいじめ発覚のきっかけになることもあるのです。そのためにも、“あなたの助けになりたいと思っている”と伝え続けることが大切です。共働きで忙しくても、1日5分でもいいので、正面から子どもの目を見て、話を聞く時間を作ることです

 いまの子どもたちのいじめは、ひと昔前の不良グループやガキ大将タイプのいじめっ子が加害者というシンプルなものではなくなっている。さらにスマホの普及により、親には見えない場所にその芽があちこちに隠れているという。

成績のよい子などが加害者になることもあり、そうした場合は発覚させない巧妙さも見受けられます。また、いじめには加害者、被害者、傍観者の立場が存在し、これらは小さな理由、あるいは理由もなしに入れ変わる。加害者だった子が被害者や傍観者になったり、その逆もあります」 

 つまり、いつ誰が加害者、被害者、傍観者になってもおかしくない危うい状況だということだ。しかし、子どもたちの小さないざこざをすべてなくすことは難しい。だからこそ、いじめの芽が大きくなる前に摘み取ることが重要になる。

「まずは、人が嫌がることはしないという善悪を家庭や学校できちんと教えることです。そのうえで、いじめをタブー視せずに日常にいじめはあるものとして、子どもたちにどう教えていくのか、教師、親を含めた大人の姿勢・対応が問われていると思います」

著者の素顔

 ディレクターとして番組台本も手がけた岸田さん。そのため執筆については「主観を排除して事実を積み上げ、視聴者に判断してもらうというテレビ報道のスタイルが書籍として通用するのか」悩んだという。しかし、担当編集者は「こちらが手を入れる部分がほとんどないほど優秀な書き手」と太鼓判。優しい語り口の彼女だが、報道の仕事で培われた豊富な知識とボキャブラリー、そして、何より子どもたちを救いたいという強い思いが印象に残る素敵な女性だった。

<PROFILE>
きしだ・ゆきこ◎早稲田大学法学部卒業、東京大学大学院情報学環教育部修了後、日本テレビに入社。報道局社会部の文部省担当記者、政治部自民党担当記者を務める。その後、ディレクターとして『真相報道バンキシャ!』『NEWS ZERO』の立ち上げに関わる。2004年より報道キャスターとして『情報ライブ ミヤネ屋』など複数の情報番組のニュースコーナーを担当。日本テレビの子育て支援プロジェクト「ママモコモ」でも活動する。

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岸田雪子=著 新潮社 1512円

<取材・文/松岡理恵>