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 いじめ予防や対応するために、現場はどのように取り組むべきだろうか。

いじめ対策の第一人者に話を聞くと……

 8月31日、都内で「出張駆け込み寺 合同仮面相談会」が開かれ、学校に通えない子どもや保護者、教育関係者が集まった。主催は、いじめ問題に取り組む一般社団法人『ヒューマン・ラブ・エイド』(HLA)。

 簡単なレクリエーションで身体を動かしたあと「相談~おしゃべり広場」で、高校生が学校の悩みについて臨床心理士に相談していた。保護者も一緒に話を聞く場面もあった。

 この時期に相談会を開いたのは、夏休みの終わり前後に、子どもの自殺が多いという統計があるからだ。

 国の自殺総合対策推進センターがまとめた、1973年度から2015年度の「通学適齢期の自殺者数に関する分析」(速報版)によると、9月1日のみが3ケタを超え、中学生と高校生では最多。小学生は8月28日と30日が多い

 ただ、直近10年を見ると、小学生は3月に次いで9月、8月に自殺が多い。中学生では8月下旬が最多で9月上旬がそれに続く。高校生も8月下旬が最も多い。自殺者数は全体で見ると減少傾向だが、小学生の自殺は横ばいが続く。

 HLAは、学校現場でいじめ防止に取り組んできた元校長の仲野繁さんと、アニメ『キャッツ・アイ』のテーマソング「デリンジャー」でデビューした歌手で、被害経験がある刀根麻理子さんが共同代表を務める。

 仲野さんは、「いじめ防止対策推進法」について、事後対応に重きが置かれていると指摘したうえで防止に力を入れたいと話す。

 国立教育政策研究所の調査では、8割の子どもは、いじめの加害と被害の両方を経験している。仲野さんは「いじめは、加害者対被害者という構図ではない。法律は、罰する視点が強すぎる」との思いも強い。

 一方、刀根さんは小中高といじめ被害を経験した。「死んでしまいたい」と考えたこともあった。当事者の気持ちを想像できる。

 20年前から命の問題と向き合うようになり、次第に地域の教育委員会と連動し、いじめをテーマにした舞台にも取り組んだ。だが、現場と接点がなかった。

「文科省に、いじめ被害経験者が学校に入れるようにお願いしたくらいです」

 活動を通じて、刀根さんは仲野さんと知り合う。100時間ほど話し合い、「手を組んでやるしかない」(仲野さん)と思った。

「相談に終わらず、解決に導きたい」と語る刀根さん(左)と仲野さん

「校長を経験した私に、損得なしに言ってくれるのは彼女しかいません」

 仲野さんは前任校・足立区立辰沼小学校で「いじめを、しない! させない!ゆるさない!」のキャッチフレーズをつくり、子どもたち自身によるいじめ防止活動を後押ししてきた。

 例えば、「辰沼キッズレスキュー」という団体を結成し、休み時間にパトロールする活動を見守った。

「子どもの正義感をかき立て、平和な学校を実現しようとしました。子どもたち自らがいじめに向き合い、自分の問題として活動しなければ、真の意味の解決はありません」

 いじめの相談があると、仲野さんと刀根さんは2人で話を聞くが、ほとんどが親から。子どもとつながることも課題のひとつだ。

立ち上げの遅れが目立ち、地域格差も広がる調査委

 いじめが起き、自殺や自殺未遂、不登校などにつながった場合は「いじめ防止対策推進法」により、「重大事態」となる。学校または設置者(公立校の場合は教育委員会)は調査することになる。『道徳教育は「いじめ」をなくせるか』の著者で、千葉大学の藤川大佑教授はこう話す。

「(学校や設置者は)いじめの認知も、重大事態の認定も、調査委の設置も遅いのが現状です。不登校ですと30日以上の欠席で重大事態と判断されますが、調査委の設置は子どもが半年以上休んでからということも多く、自殺の場合でも1年以上かかったりします」

 法律では「すみやかに」としているが、

「自殺の場合、時間をかけても事実を明らかにすることが望ましい。一方、不登校の場合は、被害者がなおも苦しんでいれば、スピードが求められます」(藤川教授、以下同)

 調査のあり方についても議論が分かれる。客観性を意識して被害者・遺族と距離を置くやり方がある一方で、繰り返しコミュニケーションをとり、意見をすり合わせる方法もある。

「客観的調査というと、被害者・遺族と距離を置くことになりがち。ですが、被害者・遺族から“よく調べた”と言ってもらえるぐらい丁寧な調査が必要です」

 調査内容の精度や信頼は、被害者・遺族と学校・教委との間に、調査委の設置段階で信頼関係があるかどうかで違ってくるという。だが信頼関係が作れず対応が不適切だとして、文科省が強く指導したケースもある。

 調査委をめぐっては、自治体間の格差が生じている。

「単独の市町村では対応が難しいことでしょう。そのため、近隣の市町村で調査委をつくり、同じメンバーの構成員で対応してもいいのでは? 研修を十分に行い、ノウハウや経験がある人材を増やさなければ」

子どもたちは話す動機に納得しなければ口を開かない

 そんななか、遺族との信頼関係が構築でき、調査にも高い評価を受けているのが川崎市の調査委員会だ。

 '10年6月7日、市内の自宅で中学3年生、篠原真矢さん(当時14)が自ら命を絶った。「いじめ防止対策推進法」ができる以前のことだ。これを受けて、いじめによる自殺が前例になかった川崎市で、初めて教育委員会の中で調査委が設置された。委員は、ほぼ学校関係者。現在の調査委とは様子がかなり異なる。

 中心になって調査したのは、当時、市教委指導主事だった渡邉信二教諭。現在は小学校の教壇に立つ。

「当初は複数のメンバーが聞き取りましたが、調査のスタンスがブレました。誰かを定点にしてやろうとなり、僕がやることに」(渡邉教諭、以下同)

 現在の調査委は、委員が聞き取る日を確定しているが、当時の調査委では、渡邉教諭が中学校に常駐し、生徒との関係を作った。

「子どもたちは、何のために話すのか、その動機に共感しないと話しません」

 アドバイザーとして、自殺予防に尽力する精神科医の張賢徳さんも関わった。

「自殺の引き金になる出来事と、その原因となる出来事は別の場合があります。張さんから、いじめが深刻なケースほどずれている、と聞きました。気をつけて調査しないといけない」

 子どもたちの聞き取りでは、自発的に語れるよう雰囲気づくりに注意した。

「自ら話を聞いてほしいと言ってくる生徒もいた。一方通行のQ&Aではなく、対話ができる職員が調査委にいないといけません」

 遺族との信頼関係は、どのように築いたのか?

「四十九日までに報告書を作る予定でしたが、“無理です。もっと真矢くんのことを知りたい”と言ったのです。部屋を見せてもらい、好んでいた本や音楽を知って、そのうえで生徒に聞いたりしていました」

 亡くなった子ども自体への関心が強くなったことで、調査の質が変わっていった。

「調査は客観性だけでは果たせません。学校に誰かひとりでも常駐できるかが重要。調査委には、亡くなった子どもの、人としての尊厳を守る責任があります」


取材・文/渋井哲也
ジャーナリスト。教育問題をはじめ自殺、いじめなど若者の生きづらさを中心に執筆。東日本大震災の被災地でも取材を重ねている。近著に『命を救えなかった』(第三書館)