加藤和樹 撮影/森田晃博

生み出した自信作が彼の“すべて”でした

 夢と希望を乗せて出港した世紀の豪華客船、タイタニック。しかしその船は多くの乗客とともに沈没してしまう。ミュージカル『タイタニック』はこの史実をもとに、さまざまな乗客や乗組員たちのドラマを綴っていく群像劇だ。3年前に好評を博したトム・サザーランド演出の本作が、待望の再演を迎える。なかでも印象深いのは、船の設計士、アンドリュースという人物。ストイックで仕事にすべてを捧げ、高潔で誠実なキャラクターは、演じる加藤和樹さんのイメージにぴったり。だが、加藤さん自身は「似ていると思う部分は少ない」と言う。

「アンドリュースはすごく完璧主義なんですが、僕はそんなに細かいところは気にしないので(笑)。共通しているのは、ゼロから何かを生み出す仕事をしているところでしょうね。生みの苦しみやできあがったときの喜び、それがお客様の目に触れたときの感動みたいなものは、すごくわかる気がするんです。できたからといって終わりではない、航海を終えるまでは、という思いもわかる。僕の場合も、曲を作ったらそれで終わりではないんです。お客様の前で披露して、それから曲も育っていくものだから。そういう部分で似ているところはありますね

 観劇時は、ぜひとも開場とともに客席に着いてほしい。開演前の舞台に、設計図に向かうアンドリュースの姿があるからだ。

初日あたりは“この時間が永遠に続くんじゃないか”というくらい長く感じたんです(笑)。30分が2時間くらいに思えて。でも、これは芝居の中で描かれていない部分のアンドリュースで、こうやってタイタニック号は生まれたんだとお客様に想像してもらい、物語に導く役割も担っているんです。そう考えたら楽になりました。

 彼は気になったことをすぐにメモしていたので、そういうことを書きなぐったり、設計のアイデアを考えたりしていたら、あっという間に時間がたつようになりましたね」

 アンドリュースにとって、タイタニックは“すべて”だったと感じているという。

「タイタニックが沈むとなったとき、彼はひとりだけ冷静に“何が原因なのか”を探りにいきます。設計図ともう1度向き合って“もっとここをこうしていれば!”と悔やむんですけど、端から見れば“よくその状況でそんなことを思えるな”と驚きますよね。でも彼の行動は、すべてがタイタニックのため。そこまで夢中になれるものがあるというのはすごいな、と思います

できないことは「できない」と言う

 オーディションでこの大役をつかんだ3年前は、ミュージカル俳優として上り坂を駆け上り始めた時期。

加藤和樹 撮影/森田晃博

「まだまだ、坂道に到達していたかも疑わしいですけど(笑)。あのときは、同い年のトム・サザーランドの誰とも違う感性にすごく刺激を受けました。初演ではトムがやりたくても僕が表現しきれなかったところもあると思うので、今回はトムが伝えたい『タイタニック』を日本で見せたいですね。3年間で経験したことがどれだけ見せられるか、再会するのが本当に楽しみです」

 稽古場では共演者から慕われ、先輩からかわいがられることでも定評がある。

僕はヘンに気も遣えないから思ったことを素直にしか言えないですし、まじめに向き合うことしかできない。共演者の方々には、そういうところで何かを感じていただければいいなと思うだけなんです。

 でも、できないことを“できない”と言える人間でありたいとも思っています。無理してやれるふりをしても、後で恥をかいて周りに迷惑をかけるだけなので。でも“できない”で終わらせず、挑戦はしていきます」

 そうしたごまかさない実直さも、アンドリュースと似ているのでは?

「そうですね、アンドリュースは曲がったことが嫌いなので、“スピードを上げろ”と言うオーナーに対しても“そんなことはできません”とはっきり言うんですよね。

 タイタニックのことは誰より知っているというプライドもあるので“あなたが持ち主かもしれないけど、作ったのは私ですから”と。そういう融通のきかなさは似ているかもしれないですね(笑)」

 この作品はアンドリュースだけではなく、死に直面した老若男女、さまざまな階級に属する人々の“人生の断片”を浮かび上がらせている。そこで思わずにいられないのが“自分だったら?”という問いだ。

すごく考えさせられましたよ、“僕だったらどうしていただろう?”って。やっぱり死にたくはないですしね。でもあの状況下、絶対にみんなは助からないし、身分階級もある。きっと自分は三等客あたりだろうし(笑)。

 実際にその場になってみないと何を選択するかはわからない。でも、人のために生きているからこそ自分が生かされていると思うし、未来がある人に生命を託したいな、とは思います。お客様にも身近に“タイタニックの悲劇”を受け止めて“今後どう生きていくか”を考えていただけたら。

 今の時代だって何が起こってもおかしくない。自然災害もあるし“明日はわが身”とはよく言ったものだと思うんです。もし、そういう状況下に置かれたときに、自分ならどうするか。それを今1度、見つめ直すことで、人として大切なものを必ず持って帰っていただけると思っています」

ミュージカル『タイタニック』

<出演情報>
ミュージカル『タイタニック』
『グランドホテル』などで知られるモーリー・イェストンの音楽・作詞により’97年にブロードウェイで初演、トニー賞を5部門で獲得。1912年に沈没した豪華客船の史実に基づき、実在の人物をベースに作られた群像劇。’13年には「船の悲劇ではなく、実際にそこに生きた人々の物語」という解釈を加えたトム・サザーランドによる新演出版はロンドンで高評価を得ている。10月1日~13日 東京・日本青年館ホールにて、10月17日~22日 大阪・梅田芸術劇場シアタードラマシティにて上演される。公式サイトは(http://www.umegei.com/titanic-musical/)。

<PROFILE>
かとう・かずき◎1984年10月7日、愛知県生まれ。’05年ミュージカル『テニスの王子様』で舞台デビューし、 ’06年4月ミニアルバム『Rough Diamond』でCDデビュー。テレビでは『仮面ライダーカブト』、『ホタルノヒカリ』など。舞台ではミュージカル『ロミオ&ジュリエット』、『レディ・ベス』、『タイタニック』、『1789 -バスティーユの恋人たち』などに出演。7月にはアルバム『Ultra Worker』を発表、ライブツアーを行っている。

<取材・文/若林ゆり>