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 乳幼児に起こる急性硬膜下血腫。その主な原因は、赤ちゃん自らの転倒・落下などによる事故、親による虐待の2種類とされているが、赤ちゃんは何も証言できない。すべてを判断するのは医師だ。

1%でも怪しかったら児相まかせに

 虐待の一種とされる乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)の診断基準となっているのは、硬膜下血腫、眼底出血の2つか、脳浮腫を含む3つの兆候があるかどうかだ。

 厚生労働省が2013年8月に改訂した子どもの虐待対応の手引きには、

《硬膜下血腫を負った乳幼児が受診した場合は、必ずSBSを第一に考えなければならない》

 と記されている。加えて、児童福祉法25条は、被虐待児を診断した場合には児童相談所(以下、児相)に通告する義務がある、と医師がとるべき対応を規定している。

「'04年までは、絶対に虐待を受けているという子どもについてだけ児相に通告していた。しかし現在は、1%でも怪しいとなったら自分たちの手を離れて児相に決めてもらおうという制度になっている。病院で判断するには時間がかかり、両親を怪しんでいると治療もうまくいかない。だったら児相に任せようとなっているのです」

 そう解説するのは小児脳神経外科医の藤原一枝さんだ。

 その結果、一部の無実の親まで、虐待をした親との冤罪のレッテルを貼られてしまう。

「いちばん早く子どもを取り戻すためには、児相の言うことを聞いているのがいい、という不条理な状況ができあがっているのです。このシステムを変える必要があります」

 と訴える藤原医師は『赤ちゃんが頭を打った、どうしよう!? 虐待を疑われないために知っておきたいこと』(岩崎書店刊、小児脳神経外科医の西本博氏と共著)を執筆。社会全体で認識する必要を説く。

 乳幼児に起こる硬膜下血腫の分類のひとつに『中村I型血腫』がある。頭部に回転力が加わるような落ち方をしたときに発生するが、SBSと症状の区別がしにくい。医師の誤診を招くのもそのためだ。

親に対する刑罰のような仕打ち

 今年8月には、こんなケースが。夕方帰宅した夫が妻と会話をしている隙に、生後11か月の赤ちゃんがソファから転落し嘔吐。夫婦は急いで救急車を呼んだ。

脳神経外科医の藤原一枝さんにはさまざまな著書がある

 前出・藤原医師が、その後の経緯を伝える。

急性硬膜下血腫と眼底出血が認められ、診断をした医師は児相に通告したのです。落下事故の3日後から、乳児の収容先も知らされず、面会謝絶状態の『一時保護』に。児相からの書類には、『児童の養育状況、監護状況を調査確認する必要があるため』とだけ書かれていました。

 14日後の判定会議の結果、“自宅に帰す方針”と告げられたが、やっとわが子に会えたのはその1週間後で、面会はたった1時間。一時保護から18日もたっていました。自宅に戻れたのはその3日後、事故から24日目でした

 当時の心境を、母親がコメントで寄せてくれた。

「私の不注意でもあるため医者が疑い、児相に調べられるのは仕方ないが、何が問題だったのか明確にしてほしい。ただの疑いでしかないのに行政処分(一時保護)は、強権的で長すぎる。『親子分離』をされたときは、子どもが親のことを忘れないか心配でした。『面会謝絶』は、親に対する刑罰のような仕打ちです。

 乳児院へ移った際には『熱が出た』と連絡をもらったが、問題が起こったら児相が責任をとってくれるのでしょうか。自宅に子どもが戻ったときも、なんの説明や謝罪もなく、疑いは晴れたのかもわからず今も家庭訪問をされています

 著書『赤ちゃんが頭を~』には、2年前に起こった、生後10か月の子どもがつかまり立ち中に転倒し、病院に運ばれた事例が紹介されている。

 前出・藤原医師は、

「転倒した場所に、(赤ちゃんの)母親と(父方の)祖父母がいたが医師はその事実を確認せず、眼底出血と硬膜下血腫が認められたため、児相に通告しました。児相は“虐待の疑い”で一時保護。乳児院への入所措置も決定しました。

 自宅に子どもを戻す際に提示された条件がひどいものでした。(1)24時間第三者の監視つき(2)母親の両親と同居し、親子3人の時間を作らないこと(3)認可保育園に預けること。児相との関係が終わるまで、1年1か月かかりました

 冤罪を疑われた両親は、次のようにコメントを寄せた。

「医師は『少しでも虐待の疑いがあれば通告する義務がある』と言い、児相は『虐待か虐待でないかは判断しない』と言いました。医師も児相もきちんと判断せず、『虐待の疑い』があれば親子分離されてしまう……。安心して子育てができる世の中を望みます

児相の言いなりになりやすいシステム

 医師と児相の無責任・無判断が取材の中で浮き彫りになったが、法治国家である以上、きっちりと主張はできる。

「仮に一時保護されたとしても、2か月以内に不服申し立てをすることができます」

 と前出・藤原医師。しかし、

「弁護士をつけたり、カルテの開示請求をしたりしなければならない。『中村I型』を認めている医師にセカンドオピニオンを取り、診断書を児相に提出することも、児相側からするとクレームをつける親に映る。子どもを帰す決定を出すのは、同じ児相職員なのです……。なにより裁判で争っている間、子どもは帰ってきません」とも。

 それゆえ、児相の言いなりになりやすいシステムが幅をきかせることになる。

「脳の損傷にもかかわらず院内の虐待防止委員会で、脳外科医は蚊帳の外。そのため3兆候があるだけで、虐待だと通報されてしまう。海外でも3兆候がある事例は虐待と認められてきたが、近年では冤罪事件があったことが明らかになっています」(前同)

 だが、日本は今も“児童虐待冤罪”を生み続けている。生後1か月の乳児に脳損傷を負わせたとして今年3月、大阪地裁で母親に有罪判決が下った。実行可能なのは母親だけと認定され、病気や事故の可能性は丸ごと否定された。冤罪事件に詳しい甲南大学の笹倉香奈教授(刑事訴訟法)は、

「子どもを守ることは最優先ですが、冤罪は子どものためにはなりません。乳児院に入れられるなど子どもの心理的な負担が大きく、家族がボロボロになりかねないのです。医師でも誤ることはあります。冷静な議論をしていくことが必要です」