写真左から冨士眞奈美、吉行和子

 手軽にできて、頭の体操にもなると、ブーム到来中なのが俳句。そんな俳句に長年親しみ、30年以上の句会歴を持つのが、女優の吉行和子冨士眞奈美だ。

 プライベートでも仲よしのふたりが松尾芭蕉の「奥の細道」をたどって松島を吟行。このたび、その思い出を振り返る対談が著書『吉行和子・冨士眞奈美 おんなふたり 奥の細道 迷い道』(集英社インターナショナル刊)となった。

 真逆な性格で仲がよいふたりの人生観が伝わってくる1冊だ。

 今回は、そんな俳句の話から故・岸田今日子さんとの思い出まで、抱腹絶倒の話を尽きることなく語ってくれた。

句をさらすことで、自分がわかることも

─仲よくなられたのは、句会がきっかけとか。

吉行 私はもともと俳句になんて興味はなかったんだけど、あなたと今日子さん(岸田今日子)が参加していた句会に誘われて俳句を始めたのよね。ふたりの会話があまりにも楽しそうだったから。

冨士 そうだったわね。今、俳句ブームだけど、当時はまだ途上で。

吉行 あなたはずいぶん若いころから俳句をやっていて、私とはキャリアが違う。俳人の方たちにも認められているじゃない。

冨士 確かに俳句が面白くてしょうがない時期があったけれど、今はことさら俳句のためにどこかに出かけるということはなくなったわね。句会に参加して、与えられた季語で作るだけで楽しい。

吉行 句会では、誰が書いたのか明かさないのが面白いのよね。名前がわかると忖度(そんたく)しちゃうじゃない。

冨士 誰でも多少ルールをわきまえて作り続ければ、ある程度までうまくなる。感想を言い合って、切磋琢磨(せっさたくま)することが大事。ひとりで作ってひとりで眺めていても面白くないわよ。

吉行 人に句をさらすことで自分がわかることもある。

冨士 でも「これは絶対、吉行和子の句だ」と思った句が違ってて、すごく怒られたこともあったわよね。「私はそんな人間じゃない」って。

吉行 俳句には、その人の性格や考え方が出るけれど、わざと自分をはずすこともできるのが楽しいのよ。

冨士 あなたって、たまにとんでもないことをするから、俳句もそうなのかなって思ってしまって(笑)。泳げないのにスキューバダイビングをしたり、若いころ、ぜんそくなのにタバコを吸ったり……。

─中には恋愛の句もありますが、実体験でしょうか?

冨士 誰かになり代わって、短い小説みたいな句を作ることもあるかな。私小説はあまりやらないわね。誰かが憑依(ひょうい)するような感じで、女優の仕事と似ているかもしれない。ただ、「これは本当にあったことね」とわかる句もあるわ。

吉行 実生活ではないとしても、心の中とつながってない句は書きたくないわね。お芝居と似ている。自分じゃない人を演じるけど、自分の気持ちが入らないとダメなのよ。あなたは、いつでもどこでも俳句のことを考えているの?

冨士 考えてないわよ。今はいつもエンゼルスの大谷翔平選手のことを考えているの(笑)。

吉行 大谷選手のことを「マイボーイ」って言って、1句作っていたものね。

冨士 ヤンキース時代に松井選手が満塁ホームランを打ったときも1句作ったわよ。スポーツ観戦が大好きだから。

冨士眞奈美、吉行和子

今の若い俳優さんはみんな芝居が上手

─冨士さんは綾野剛さんもお好きだと聞いたのですが……。

冨士 え~!? そんなことを言った覚えはないのだけれど、綾野剛さんは身体の線がキレイね。色気がある。今の若い俳優さんはみんな芝居が上手。昔の二枚目の俳優さんは二枚目の役しかできなかった。

吉行 私も綾野剛さんの芝居、好きだわ。若い俳優さんは、みんな自然に芝居ができちゃうのがすごいと思う。どんな役でもこなせる人が多い。菅田将暉さんなんて、すごく魅力的だったわ。

冨士 あの人はうまいわね。

吉行 NHKの朝ドラ『ごちそうさん』で一緒だったんだけど、当時はまだ有名でなくて、それでもうまい子だなと思った。でも、女優さんはうまくてイキイキしていても、私生活が影響してダメになるパターンも多い。

冨士 また、時を経て、いい役者になってくることもあるわね。実生活がその人のどう糧になっているかがわかる。

吉行 長い人生だから、どれだけ鮮度を保てるかが勝負ね。

冨士 でもあなたは、いい男といい役柄だったら、役を選ぶタイプだもんね。

吉行 現場にいるときがいちばん居心地がいいの。私自身でいるより誰かの役をやっているほうが落ち着いて、ここが居場所という感じがする。

リフォームした台所を使わない

─お互いに、ご自宅を行き来したりすることはあるのですか?

冨士 うちは近いの。歩いて15分、走って10分。

吉行 走らないわよ。転んだら危ないから。おうちを新しくしたときだけ呼んでもらったわよね。1回だけ。

冨士 この人は1度も家に入れてくれないの。男のためかしれないけれど、きれいにしているらしいわ。気に入った布地を天井にまで張ったりして、お兄さんの淳之介さんが入ったときに驚いたとおっしゃっていた。台所をきれいにリフォームしたけど、汚れるから使わないのよね。それでおいしいたくわんをもらっても、匂うからそのまま1本丸かじりしたって。

吉行 おいしかったわ。

中国・北京。車内食堂にて

冨士 そういえば、有名な話があるわよ。あなたが俳優のKさんにだけは「何もしないからおいでよ」と家に誘って、断られたって。

吉行 Kさんはまじめだからね。

冨士 「何もしないから」って言ったのが余計だったんじゃない?(笑)彼が亡くなったときはがっかりして、私も3句ほど作ったわ。とてもいい人だったわよね。

吉行 あなたはお母さんが亡くなったときも、悲しみを俳句に託して、少し気持ちを抑えたりできる。私にはそれができなくて、母が亡くなっても俳句とは結びつかないの。俳句への関わり方がやっぱりずいぶん違うと感じる。

冨士 でも、あなたのお兄さんは亡くなる前、私にすごくいいお手紙をくださったのよ。「和子とせいぜい遊んでやってください」って書いてあったの。その手紙を「あげる」と言ったら、あなたは「いらない」って。

吉行 そんなことを考えていたのかとわかっただけで十分。でも、誰にでも心を開けるあなたの性格はすごいわよね。

冨士 これでも好き嫌いはあるのよ。

吉行 そうなの? 知らなかったわ。

冨士 みなさんもわかると思うけど、この人と付き合うのは大変なんです(笑)。

吉行 よくがんばって付き合ってくれていると思う。

冨士 人間としてのあるルール、一線を越えない関係を尊重しているから長く付き合っていけるのよね。

吉行 女の人って、すごく仲がよかったのに、突然、敵みたいな関係になることがあるじゃない? あれは付き合い方がまずかったのよね。お互いに入り込みすぎちゃダメ。

貴婦人は、野性的な男がお好き!?

─岸田今日子さんと3人でよく旅行もされていましたよね。

吉行 3人の旅はただただ楽しかった。みんな全然、性格が違うから。

冨士 この人はどこの国に行ってもマッサージを探しにひとりで夜出かけちゃうの。心配になって探しに行ったこともあったわ。

吉行 大丈夫なのに。旅行に行っても夕食後は別行動なのよね。あなたはお酒を飲むけど、私と今日子さんは飲まないし。そういえばあなたは、ハワイ島でおじいちゃんに惚れられたじゃない。

冨士 孫が17人いるロバートさんね。あなたと今日子ちゃんはヘリコプターでキラウエア火山を遊覧して。私は怖いから絶対乗らなかった。ジープで川を横断したりとか。その運転手がカッコいいって、今日子ちゃんが。

吉行 今日子さんはああいう激しい感じの物事や人が好きだったわよね。雰囲気と違ってね。

冨士 貴婦人は野性的な男を好きになるの。貴婦人といえば、今日子ちゃんは『ミス・マープル』の吹き替えを担当していたけど、声で自在に表現できる人だから、本当にうまいなと思ったわ。

吉行 本当に楽しかったわね、3人でいると。

オーストラリア。アボリジニの人たちと

─最後に、今回の本の中から3句ずつご紹介を。

冨士 あなたの句では「雪解道(ゆきげみち)男の腸を踏むごとし」がいちばん好き。嫌いになった男ってそんな感じでしょ。

吉行 雪が解けてきて、土で黒くなって汚くて、腸というものは長いと聞いたな、と思いながら長靴で歩いているとき、できた句よ。

冨士 私たちって別れるまでは尽くすけど、別れたら未練はない。ふたりとも人生金持ちには縁がなかったわね。家電製品を買ってあげたり、貧乏な人ばっかり(笑)。

吉行 でもあなたには今、大谷君がいるじゃない(笑)。

ふたりの自選3句

吉行和子 俳号・窓烏(まどがらす)

白桃や優柔不断もやさしさか

恋心消えれば他人夾竹桃

魂よ気儘に遊べ鳳仙花

冨士眞奈美 俳号・衾去(きんきょ)

流れ星恋は瞬時の愚なりけり

なにほどの男かおのれ蜆汁

母を拭きし盥の水を打ちにけり

『吉行和子・冨士眞奈美 おんなふたり 奥の細道 迷い道』(集英社インターナショナル刊 税込み1512円)※記事の中で画像をクリックするとamazonのページに移動します

<プロフィール>
吉行和子(よしゆき・かずこ)◎東京生まれ。1957年舞台『アンネの日記』で主演デビュー。1978年『愛の亡霊』で日本アカデミー賞優秀主演女優賞。1984年エッセイ集『どこまで演れば気がすむの』(潮出版社)で、日本エッセイストクラブ賞。2014年『東京家族』で日本アカデミー賞、優秀主演女優賞受賞。

冨士眞奈美(ふじ・まなみ)◎静岡県生まれ。三島北高等学校卒。俳優座付属養成所卒。1956年NHKテレビドラマ『この瞳』で主演デビュー。1957年にはNHKの専属第1号に。出演作はドラマ『細うで繁盛記』、映画『切られ与三郎』『小林多喜二』など。2000年『ろくでなし』(文春文庫)『恋よ恋歌』(中央公論社)など小説を刊行。句集『瀧の裏』(深夜叢書社)を出版。「俳壇賞」選考委員。

(構成/紀和静)