プログラムでは手作りの人形を使って仕組みを学び「点滴は怖くない」など、親が受ける治療を理解する

 がん治療の現場では「家族は第二の患者」と言われている。

 本人同様に精神的にも肉体的にも追いつめられ、不安や抑うつなどのストレスを抱えることが多いからだ。たとえ親ががんであることを知らなくても、間違いなく子どもも、そのうちのひとりである。

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 心配をかけまいと思って隠していても、子どもは親の変化に敏感なもの。

「私が悪い子だったから、お母さんは病気になったの?」「お父さんは、死んでしまうの?」─。

 不安や心配を抱え、いつの間にか心に深い傷を負ってしまうこともある。

 病院では、医師も患者も治療で手いっぱいになり、家族の問題には目が向かない。そうした置き去りにされがちながん患者の子どもの心をケアしようと、医療ソーシャルワーカーの大沢かおりさんは『Hope Tree』を立ち上げた。

回を重ねると出てくる子どもの本音

 大沢さんは自らも乳がんのサバイバーであり、夫をうつ病による自殺で失った経験を持つ、自死遺族でもある。

「夫が自殺したのは、乳がんの手術が終わり、ホルモン療法を受けていたころのことです。生きる気力を失ってしまい、再発予防をする必要性が感じられず、途中で治療をやめました」

 かろうじて続けていた仕事と、経過する時間が悲しみを少しずつ癒してくれるなか、大沢さんはがん患者の子どもの心のケアを目的として開発されたアメリカのプログラムと出会う。

 開発者に来日してもらったり、アメリカに行って研修を受けたりしたのち、医師や看護師、臨床心理士らとともに、がん患者の子どもを集めてプログラムを実施していった。同時に、全国に広げるため、医療者たちへの教育も始めた。

 プログラムは、全6回。子どものペースに合わせて、ゆっくりと進められる。

プログラムでは手作りの人形を使って仕組みを学び「点滴は怖くない」など、親が受ける治療を理解する

 最初は自己紹介から始まり、2回目は人形などを利用して、がんという病気や治療法について理解する。3回目からは、絵を描いたり、お面やサイコロを作ったりしながら、喜怒哀楽の感情を素直に表現できるようにしていく。

 回を重ねると、戸惑っていた子どもたちも次第に打ち解け、「親が元気なほかの子たちがうらやましい」「がんについて聞きたいことがあったけど、ママが落ち込むと思って聞けなかった」など、本音が出てくるようになる。

 そうした親の病気をめぐる負の感情やストレスを、日常生活でも上手に発散できるようになることが、このプログラムの狙いだ。

 修了するころには参加者の子ども同士が仲よくなり、親のがん治療が終わった後も、同窓会を開くなどして、ときどき集まっているという。

 プログラムを続けているうちに、がんが進行し、死を意識せざるをえない状況の親からの相談も増えてきた。その際に問題なのは、親ががんであることを子どもに伝えていないこと。

 最初は、がんが治るかもしれないから、子どもに言わなくていいと思いがち。そのうち事態が深刻になるほど伝えにくくなり、まして死について伝えることは、かなり負担が重くなる。

HopeTree代表大沢かおりさん(51)

子どもは案外、強いものです

 患者である妻は子どもに伝えたいと思っていても、子どもがかわいそうだと夫が許さなかったり、最期まで子どもに弱った姿を見せたくないと本人が伝えることを拒否したり。結局、子どもに知らせないケースも多いという。

 大沢さんは、元気なうちから少しずつ子どもに伝えていくことをすすめている。

「子どもは、ちゃんとした情報を知ったほうが安心します。私たちは、親が子どもにがんをどのように伝えたらいいのか、発達段階別に冊子を作り、患者さんたちに配布しました。

 でも、無理に子どもに話す必要はありません。がんであることを受け止めるだけでも、患者にとっては大変なことなのですから」

 例えば、小さい子どもに親ががんであることを伝えると、秘密にできない子どものせいで、ママ友や近所の人たちに伝わってしまうことがあるかもしれない。

   ただ、子どもがバラしてくれたおかげで、周囲からサポートが受けられるようになったというシングルマザーの例もある。

「これまでに出会った患者さんや子どもたちから、いろいろなことを教えられました。子どもは案外強いものです。私自身も夫を失い、1度は死にたいと思いながら、立ち直った経験がある。どんなにつらいことも、人はいつか乗り越えられるものなのです」

 大沢さんは、子どもの力を信じているからこそ、家族の輪から子どもが排除されないことを願っている。


大沢かおりさん ◎Hope Tree代表 東京共済病院の医療ソーシャルワーカー。乳がんのサバイバーであり、夫を自殺で失った遺族でもある。2008年に『Hope Tree』を設立し、がん患者の親と子どもを支える活動を始めた。