事件のあったかよ子容疑者宅。写真右手の建物が、かよ子容疑者がいた納屋とみられる

介護疲れが招いた悲劇

「“自分たちも年だから、死んでしまったら次男を世話する人がいなくなって困る”と言ってはいました。

 息子さんたちのことは、本当に大事に思っていましたよ。特に修志さんはご病気だったから気にかけていたようでね。あんなことをするような人ではないんです。よっぽど疲れていて追い込まれていたんでしょうね

 近隣に住む60代の女性に容疑者が打ち明けた冒頭の悩みに、病気の息子の将来を悲観した母親の切なさが重なる。

 徳島県鳴門市の2階建て住宅で、事件は起きてしまった。

 10月7日午前0時過ぎ、会社員の真田かよ子容疑者(73)は、1階のベッドで寝ていた次男・修志さん(49)の首をロープで絞め殺害。同日、徳島県警鳴門署に殺人容疑で逮捕された。「介護に疲れた」と供述しているという。

 事件発覚までの経緯を、捜査関係者が明かす。

「同じ部屋で就寝していた夫(76)が、妻がいないと気づき、トイレかなと思ったら違うようなので探したところ、離れの納屋にいたのを見つけた。

 通常の行動ではないので、どうしたのかと聞くと、次男を殺害したと話すので、急いで次男が寝ている部屋に行って確認したところ息をしていなかった。近所に住む長男(51)に“すぐに来てくれ”と連絡し、長男がその状況を確認して、午前1時22分に119番通報をした

 凶器と思われるロープは、納屋にあったという。

 一家は地元で自動車整備工場を営み、地域に溶け込んだ暮らしを送っていた。かよ子容疑者は整備工場で事務を担当する一方、パーキンソン病の修志さんの介護をしていたという。

「旦那さんは以前に脳梗塞をやられてな、今はお兄さん(長男)が社長をやっとる。そこで修志さんが働いているのは見ていました。動きなどがぎこちないところもあって、普通の状態ではないことはわかりました。自分でできる仕事をやっていましたね」

 と近隣の60代の男性。

 捜査関係者も被害者の病状は把握ずみで、

「10年ぐらい前に発症されたのですが時折、呼吸が苦しくなったり意識がなくなることもあったそう。徐々にその病気が悪くなっていったようで最近では自分で起き上がるのも難しかったようです」

症状が急激に悪化していた

 手足が震える、動きが遅くなる、筋肉が硬くなるといった症状に苦しむパーキンソン病は、1000人に1~1・5人の割合で発症する病気で、国の難病にも指定されている。

 1か月前に修志さんの姿を見たという70代の女性は、

「手すりにつかまりながらトイレに行こうとしていたけれど、転びそうになりながら、やっとだった……。ご飯も何時間もかけて食べる状況だと、かよ子さんから聞きました」

 と症状の悪化を伝える。

 前出の男性住民は、

「犬の散歩はしとったけど、5~6年前からうまく歩けずすり足で、背中が曲がって左前に傾くような感じでね」

 この夏、修志さんは要介護1の介護認定を受けた。

 80代の近隣女性は、そのころに、かよ子容疑者と交わした会話を覚えている。

「かよ子さんは“施設に通えるようになってよかった”と話していました。だから“あんたもちっとは楽になるな”って言ったんだけど……。同じ時期に、階段の上り下りが大変になったから、2階にあった息子の部屋を1階に移したとも言っていました。夏以降、症状が急激に悪くなったのかもしれん」

 夏以降、症状が悪化したことは、後に登場するかよ子容疑者の夫の証言が裏づける。

 かよ子容疑者はこの女性に「介護は大変」と漏らしたり、「あの子が元気になってくれたらええんやけどな……」と心の奥底を吐露することもあったという。事件の数日前、道ですれ違った際には、

「顔が疲れていたから“しんどそうやけど大丈夫か”と声をかけたら“いけるいける(=大丈夫)”と努めて明るく振る舞う感じでな……」

かよ子容疑者は「最高の人で最高の母親」

 だが、重い負担はかよ子容疑者を確実に蝕んでいた。元来は明るく面倒見がよく、その人柄は、近所の誰しもが一目置く存在だった。

「本当にいい人。明るくて人の悪口も言わんし、困っている人、地域の人の面倒をよく見ていた」(80代女性)

「息子さんの介護や仕事を一生懸命やっていて、本当にいい人なんです。最高の人です。私は友達やけんね、実際にこの目で見ていますが、あれだけの介護はできません。最高の母親です」(80代女性)

「あのおうちはな、この地域の中でも一番しっかりしたおうちでな、かよ子さんは私も頼りにしとったんよ。とっても元気がいい方でね。本当に不憫でならない」(60代女性)

残された夫が語る

 JR金比羅前駅から徒歩10分ほど。3人暮らしだった家に残された夫が、静かな口調で取材に応じてくれた。

「今日も妻に面会に行っとったが、何にも言いよらんかった。妻は何も言いよらん」

事件の捜査を続ける鳴門警察署

 と絞り出す声は弱々しい。今回の事件の原因について、

「薬の飲み合わせと熱中症で、少し前に急に(次男の)病気が悪くなったんや。介護認定はしてもらえたが、等級が低かった。それが悪い方向へ働いたんや。妻も仕事をしとるし、遊んどらん(=息抜きをしない)かったからな……。悩みなんかは話しとった。一緒に世話しとったからな……。もうこれくらいで……」

 かよ子容疑者をよく知るという70代の女性は、

「自分も老いて体力がなくなるし、一緒に連れて行ったらこの子も楽になるんやないかって、自分も自殺しようとして死にきれなかったんやと思うよ。納屋にいたっていうんやから、きっとそうやないかな。

 うちの子もリウマチで長く苦しんだからな、子どもを思う母親の気持ちはようわかる。きっと苦しかったんやと思うよ。本当に息子さんを大事にしとったもの」

 脳梗塞を患った高齢の夫と老いた自分、パーキンソン病で苦しむ次男、先には希望が見えない闇しか映らなかったのか。

 将来への不安を聞いたという近隣の70代女性は、

「自分も年だから、もっと悪くなったら面倒を見るのにも限界があるし、仮に夫婦とも死んでしまったら長男が面倒を見ることになるやろうけど、負担になるやろうからな。すごく悩んでいたと思うよ。修志さんだけでなく、ご長男のことも心配していた」

 かよ子容疑者が抱えていた八方塞がりの状態を憂う。

 かつて、大好きなオートバイに乗って自由に走り回っていた息子の姿を思い出すのは、さぞかしつらかっただろう。

 自分が産み育てた息子に、母親が手をかける……。老いた母親を跳ね返す力が、息子にはもう残されていなかった。