黒川祥子さん 撮影/山田智恵

 推計61万3千人。2019年3月、内閣府が発表したこの数字は、自宅に半年以上ひきこもっている40歳から64歳の全国人口です

 ひきこもりの長期化・高齢化がもたらす結果として、80代の高齢の親と50代のひきこもりの子どもの家庭が孤立化する「8050問題」は、今や大きな社会問題です。その問題の根に切り込んだのが『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』です。

子どもを“見えない存在”にする親

 近所からも苦情が出るほどのゴミ屋敷に落ち武者のような風貌で住む兄と弟、排泄物にまみれた老母を1か月間放置していた前歯のない無気力な娘、毎年300万円の仕送りを25年間受け、父の遺産を使い果たしてもなお母にたかる息子。本書に登場する中高年ひきこもりの姿には言葉を失います。

極端な例ばかり書いているように見えますが、取り上げた彼らの家庭は、当時の高度成長期では標準家族といわれている大黒柱の父と専業主婦の母と子ども2人に代表されるような普通の家庭なんです。現在80代の父親っていうのはほとんどがモーレツサラリーマンだった方たちです。

 彼らの家庭が経済的に裕福だったために、退職後も子どもたちはひきこもりを続けることができた。それが親の高齢化によって経済状態や健康状態が悪化し、子どものひきこもりが表面化した。でも、ひきこもりがそこまで長くなるまで隠してきたのは親なんです」

 その原因を黒川さんは「恥」だと言います。「中高年のひきこもりの存在に気づいていた人たちはいました。ヘルパーさんや民生委員の方などですね。気づいても、それをどうにかする制度がなければ、そのままになってしまう。

 生活困窮者自立支援法ができてからは、中高年ひきこもりをその制度につなぐこともできるようになりましたが、家にひきこもりがいるのが恥だと考え、“見えない存在”にしてきた親は長期化の最大要因だと思います。ひきこもりは家族の問題とは切っても切れません。だからこそ、家族だけでは解決できない問題なのです

殺された子どもの人生はどうなるんだ

 互いに依存し合う家族関係の中、がんじがらめになった当事者たちは事態を打開することができない。その最悪のケースが、元農水事務次官が40代のひきこもりの息子を殺してしまった事件だろう

「ずっと隠してきた結果ですよね。子どもが20歳ぐらいのときに何とか本人のことを考えていたら……。20、30年前にはひきこもりの概念があったわけですから、何らかの手を打てば自分の子どもが40代まで何もなくなってしまう人生を送らせることもなかった……

黒川祥子さん 撮影/山田智恵

 世間の声は元事務次官に同情的な一方、ひきこもりだった息子には厳しい。

「おかしいと思いますね。だったら殺されたあの子の人生はどうなるんだと。あまりにもすべて子どもが悪いふうにされて、妹の自殺も兄がいたから結婚できなかったからだと。家族の関係性がどうだったのかという点が裁判では全然見られていません。

 彼は本当に家族の関係性の中でがんじがらめになっていたのだと思います心が敏感な人特有の生きにくさ、生きづらさっていうのも間違いなくあったでしょう。親の側の問題点として、“子どもを手放せない母親が多すぎる”ということに尽きるのかなと思います。

 いつまでたっても子どもは自分に甘えてくる存在であってほしい。だから世話を焼くし、甘やかす。やっぱり子どもは子どもの人生を生きるべきなので、そこはもうちゃんと手放してくださいと言いたい

 ひきこもりに対して国も手をこまねいていたわけではなく、2000年代、文科省や厚労省、経産省や内閣府などは「若者の自立・挑戦のためのアクションプラン」を策定。2006年には、ひきこもりやニートと呼ばれる若年無業者に対して職業的自立を促す「地域若者サポートステーション(略称・サポステ)」が全国に作られます

“働かざる者食うべからず”の押しつけ

サポステは半年で就労を迫るんですよ。最長1年まで延長できますが、それでもたった1年。だからそこで失敗すればまたひきこもっちゃう。でも、国がひきこもりから外に出てきた当事者に用意しているのはそれだけなんです。それも今までは39歳までという限定つきです。

 出たからといって外の世界はすごく恐怖に満ちてますし、長いこと歩いていないから足の筋力も落ちていて歩く練習も必要だし、目の焦点も合わせづらくなっている。それがいきなりサポステ行って就労訓練受けて、面接行けと言われたところで現実的に無理があります

 ひきこもり支援のゴールは国の意図するような就労ではないと黒川さんは言います。

そもそも50代まで社会経験がない方たちにいきなり外に出て働けと言うのは、人権を踏みにじるに近い行為だと思います

 こちら側の価値観を押しつけて、その方が本当はどういう人生を生きたいのかとか、本来だったらどういう自分でありたかったのかとか、ご本人の思いの側に立つのではなく、こっちの社会側の価値観と尺度で“働かざる者食うべからず”みたいなのを押しつけてというのは支援ではないと思います

 多様性のない社会の側に彼らを適応させるのではなく、社会のほうが変わる努力が必要なのだと思っています

ライターは見た!著者の素顔

 黒川さんがくり返し訴えていたのは、ひきこもりの長期化を防止する重要性。早期発見の手立てはあるのでしょうか。

不登校だったら、まだ学校とつながっていますから、その時点で手を打つ。防止は10代から。高校中退させないとかね。横浜でやってるユースプラザって言うのがそういう受け皿なんです。15歳からの若者でひきこもりだったり、不登校な子たちの居場所。そこで相談を受けたスタッフが次に繋げます。ずっとそこにいるわけにはいかないですからね」

(取材・文/ガンガーラ田津美)


『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』黒川祥子=著(集英社)1500円(税抜)※記事の中の写真をクリックするとアマゾンの紹介ページにジャンプします
●PROFILE●
くろかわ・しょうこ 福島県生まれ。ノンフィクション作家。東京女子大卒。著書に『誕生日を知らない女の子 虐待ーその後の子どもたち』(第11回開高健ノンフィクション賞)、『「心の除染」という虚構』『子宮頸がんワクチン、副反応と闘う少女とその母たち』ほか多数。