※写真はイメージです

「最近ではコロナ禍のストレスや長梅雨の影響で自律神経の調子を崩す人も少なくありません。これらの要因が重なり、低い音の聞こえに影響がある『低音障害型感音難聴』やストレスが原因で発症、難聴やめまいの症状がある『メニエール病』で来院する人が増えている印象です」

 耳鼻咽喉科『いのうえクリニック』の井上泰宏院長はそのように明かす。

浜崎あゆみや久保田利伸も苦しんでいた

 聞こえが悪くなる『難聴』は主に2つに分類される。

 耳垢(あか)詰まりや中耳炎、鼓膜損傷などで聞こえにくくなる『伝音性難聴』と、音を脳に伝達する神経系に異常をきたす『感音性難聴』だ。

 前者は基本的な治療法が確立されているが、後者は必ず治るという保証がない。

 後者に含まれる『突発性難聴』は片方の耳が聞こえなくなる。原因は不明。40代〜60代が多く発症するといわれているが、10代の患者もいる。

「発症後1週間以内に治療を行った場合、4割ほどは完治すると言われています。ただし、早期に治療を始めたとしても、発症時に高度な難聴や激しいめまいがある場合は治りにくいと言われています」

 特に初期の治療が遅れると回復は難しく、その後の治療でも聴力が回復する可能性は低い。

「難聴のほか、耳鳴りや耳詰まりが残ります。また片方が聞こえないと音をステレオで聞きとれなくなるので、音の聞こえている方向がわからなくなります」

 と病気の深刻さを伝える。

「朝起きたら突然聞こえなくなっていた、というパターンがいちばん多い。テレビを見ている途中で聞こえなくなった、という人もいます。ただ、一生に1度しかかからないことが多い。ごくまれに両耳がなる人もいますが、一般的には片耳だけです」

 耳の病気に悩まされたことを告白した芸能人も多い。

 KinKi Kidsの堂本剛、歌手の浜崎あゆみ、山本譲二、藤あや子、芸人のたむらけんじらは『突発性難聴』を打ち明け、歌手の久保田利伸、八代亜紀、俳優の今井翼(当時「タッキー&翼」)らは『メニエール病』により活動制限を余儀なくされた。

「突発性難聴と違い、メニエール病の場合は何度も繰り返します。低音障害型感音難聴も難聴や耳鳴りを発症しますが、治療の改善率は6割ほどと高い。ただし、これらは過度のストレスや疲労で発症することが多いため、治療して聴力が改善しても、生活のリズムが整わないと再発することがあります

長時間、大きな音を聞くのは危険

 治療が効かなくなるだけでなく、めまいや難聴、耳鳴りを繰り返し、聴力は悪化の一途をたどる。

 耳は聴力を司(つかさど)る神経が壊れてしまえば現代の医学では再生することはできない。ただし、ストレスだけでなく「音」が神経を壊すことがある。

 井上院長が危険性を指摘する『スマホを含む音響機器による騒音難聴』。いわゆる“スマホ難聴”だ。

 '19年2月、WHO(世界保健機関)は、世界の11億人の若者(12~35歳)がヘッドホンで音楽を聴くことで難聴になるおそれがあると警告した。

「耳の音に対する強さは人によって違いますが、イヤホンで音漏れするくらいの大きさで音楽を聴いている人は危険です。音の大きさ、聴いている時間、その人の耳の強さとの兼ね合いで難聴になる可能性はあります」

 イヤホンに限らず、ロックコンサートなどで片方の耳だけが聞こえなくなったという人もいる。

 ロック歌手の氷室京介は、'15年を最後にライブ活動を無期限で停止した。理由は聴覚障害で、大きな音を長時間、聴いていたことで症状が発症した可能性があるという。

 スマホなどで音楽を聴くときに使うイヤホンには実は別の危険も潜んでいる。

「長時間使っていると、耳の中がジメジメして、カビが繁殖しやすい状態になります。イヤホンで耳の穴がこすれて湿疹状態になると、虫刺されをかいたときに出るような水分が耳からも出ます」

 その分泌物で耳の中がジュクジュクになり、カビは増殖、かゆみはさらに続く。分泌物が固まって耳の穴が詰まれば聞こえだって悪くなる。

「鼓膜の奥にある神経が細菌でやられない限りは、聞こえは元に戻ります」

 さらに耳の中は皮膚が弱い人なら綿棒であっても、傷つくこともある。

「結論からいえば、耳はあまり触らないでほしいです。そして長時間、大きな音を聞かないこと。

『突発性難聴』は血流障害が関係しているとの研究もあります。ストレスをためると血流は悪くなる。適度な運動をしてリフレッシュすることも大切です

 甘く見ると取り返しがつかないことにもなりかねない。

定期的に耳鼻咽喉科に通い、耳の健康状態をチェックしてもらうことが重要だ。次のページでは、突然、耳が聞こえなくなった当事者による体験談を紹介する。


【PROFILE】
井上泰宏先生 ◎耳鼻咽喉科いのうえクリニック院長医学博士。慶應義塾大学医学部卒業。25年以上にわたり、大学病院を中心に勤務。杏林大学助教授、慶應義塾大学准教授を経て、杉並区内に現医院を開業。難聴やめまい、耳鳴りなどの分野を得意とする

友達には“聞こえるふり”をしていました

「私は20歳ごろから聴力が落ち28歳のときに、両方の耳が聞こえなくなりました」

 と話すのは東京都中途失聴・難聴協会理事の渡辺江美さん(38)。

 渡辺さんももともと聞こえており、難聴や失聴し聴力を失った人が直面するいちばん大きな問題が「コミュニケーション」だ。

「電話もできないし、インターホンも聞こえません。これまでできていたことができなくなりました。聞こえなくなったことはとても不便です」

 会話に入れないことはストレスだけでなく孤独にも襲われる。聞こえなくなったことで孤立する人は少なくない。

「突然聞こえなくなると話せるけど聞こえず、自分も家族も手話ができない。自分が手話を覚えても孤立する。自分の中に閉じこもり、何をやってもうまくいかないと感じる時期があり、当時は聞こえないせいにしていました。聞こえていたらできていたかもって思い込んでいました」

 しかし、聞こえないことを自ら受け入れるのには勇気がいる。周囲に打ち明けることへのハードルも高い。

 渡辺さんが聞こえと向き合うことになったきっかけに、友達らとの会話がある。

「“どっちがいい?”と聞かれていたのに、私は“それでいいよ”って答えたんです」

 すると友人から「今、聞こえてなかったよね? わかったふりしたよね。わからない、と聞いてほしい」と指摘された。

 友人はあいまいに返事をしていることに気づいていた。

私は友人といるときに話の流れを止めないため、わかるふりをして、丸くおさめているつもりでした。でも、わかるふりは誤解を生む原因になることに気がつきました。例えば、相手は私が聞こえている前提で話をしていても、私は聞こえないから答えない。無視していると誤解されたこともあります。

 でも、最初に聞こえないことを言っておけば相手もわかってくれる。それから聞こえないことを周囲に明かしていこうと思いました

渡辺さんが自作したコミュニケーションをとるツールとして利用するホワイトボード

 聞こえないことを理由に諦めるのではなく、できることを探し、できないことはどうしたらできるかを考えるようになると前向きに考えられるようになったという。しかし、聞こえなくなったことを受け入れられず、閉じこもりがちになる人は少なくない。

「私は協会での活動に参加し、症状は違いますが同じ仲間と出会い救われました。自分だけではない、と。活動を通して、一緒に支え合うことができたらいいなと思います」

 渡辺さんが所属する同協会の会員の中には、突発性難聴やメニエール病などを患い、回復がままならず聴力を失った人も在籍している。

「“大丈夫だろう”と思っていたら症状が悪化した人もいます。聞こえに異変や症状がある人はすぐに病院に行ってほしい。なんともなかったらそれでいいし、病名がわかればすぐに治療できます」

 仲間の中には後悔している人も多いという。

「“あのとき、病院に行っていたら……”と話す人もいます。甘く見ていると聴力は戻りません」