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「何が起きているのか表沙汰になることはあまりありませんが、高齢者施設で働く多くの職員が『高齢者の性トラブル』に苦慮しています」 

 と話すのは、介護現場で働いた経験もある淑徳大学の結城康博教授だ。

 メディアで取り上げられる「高齢者施設で起きる性のトラブル」といえば、男性の要介護者による若い女性職員へのセクハラ。介助中に胸や尻を触ったり、入浴介助中やおむつ交換時に自分の下半身を触ってほしいと要求したりといった事例が多い。

 厚生労働省も問題視し、対策マニュアルや事例集を公表するなどして対策に乗り出している。また、施設側も問題行動のある入所者の家族にセクハラの事実を伝えるなど、徐々にだが、改善に向けた動きがある。

 ところが、なかには入所者の家族にすらほとんど明かされることなく、施設内の職員だけで内々に処理している問題があるという。

 それが、施設内での高齢者同士による性トラブル

 いったい、施設の中でどんなことが起きているのか。結城さんが職員から聞いた話を紹介する。

83歳の男性が76歳の女性を……

 ある特別養護老人ホームでのこと。

 夜勤の介護士が2時間おきに行っている施設内の見回りをしていると、加藤さん(83歳男性・仮名)が中山さん(76歳女性・仮名)の個室から出ていくところを発見。部屋の中を見ると、中山さんの衣服が乱れ、ベッドシーツには男性の精液らしきものが付着していた。加藤さんが中山さんとなんらかの性的な関係をもったことは明らかだった。

 実は中山さんは認知症であり、その夜、自分の身に何が起きたのかおそらくわかっていない。一方の加藤さんは、「寂しくなったから、おしゃべりに行っただけだ」と施設に主張した。現場の状況からみるとレイプ未遂も疑われたが、本当のところ何が行われたのか、確かめようがなかった。また、もし性行為があったとしても、加藤さんが「合意だった」と言った場合、その真偽を中山さんに確認することは不可能だった。

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 加藤さんは杖を使えば自由に歩きことができ、認知症の症状もない比較的元気な男性。83歳と高齢ながら、性的関心は衰えておらず、以前、女性のヌード写真が載っている雑誌が部屋に置かれているのを介護士が目撃したこともあった。

 女性の中山さんは、かわいらしさのある、穏やかな女性。身体機能に問題はないものの、徘徊などが目立つようになったことから84歳の夫が入所を決めた。夫は現在一人暮らしをしており、2か月に1回程度面会に訪れるが、中山さんはすでに夫のことを認識できなくなっていたという。

 そんな中山さんに加藤さんは好意を抱き、日頃から何かと話しかけて隣に座るなどしていた。施設の職員たちはそんな2人に気づいてはいたものの、親しい茶飲み友達のように楽しく過ごしている様子だったので、特に心配はしていなかった。そんななかで起きた事件だった。

 最終的な施設の判断は、「家族には知らせない」。身寄りのない加藤さんには、本人への厳重注意を行ったが、中山さんについては本人が自覚しておらず、その後も加藤さんと親しく接していたため、わざわざ事を荒立てるようなことを夫に報告しても何にもならない。

 かえって、高齢な中山さんの夫を傷つけ、心理的負担を与えることになるだけだからだ。もちろん、今後同じようなことがないよう注意は払うことになったものの、施設の職員たちの胸の内に収めるという結論に至った。

どこまで立ち入るべきか……施設職員の葛藤

 結城さんは、「性別を問わず、人は高齢になっても性欲がなくなるわけではありません。ご家族にとってはあまり認めたくない、知りたくないことかもしれませんが、現実として、性にまつわるトラブルは高齢者施設では日常的に起こっているのです」と話す。

「どう対応すべきか、施設職員は本当に困っています。近年、特養などの施設ではプライバシーへの配慮で個室化が進んでいます。男性の入所者が、自室で陰部を出して自慰行為をしているところを女性職員が目撃するという事例もあります。

 また、介護施設は鍵をかけていないので、夜間に別の部屋に侵入するのを職員が防ぐのはかなり難しい。さらに、性的なことはきわめてプライベートなことなので、この問題を誰にどこまで報告すべきか、という葛藤もあります。

 実際、表沙汰にしたところで誰の得にもならないことも多い。そのため施設職員が個人で抱え込んで苦悩することも珍しくありません」

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 確かに、高齢者同士が本当にお互いに想いあい、合意の上で行われている行為だとしたら、施設内でのこととはいえ職員は立ち入るべきことではないかもしれない。お互いの伴侶が健在な場合はまた話が違ってくるが、それとて、一職員が踏み込んでいい問題なのかどうか。判断は容易ではないだろう。

 実際、有料老人ホームで、お互いに別の夫婦として入居していた高齢の男性と女性が、物置のような場所で性行為をしていたところを職員が目撃した例もある。

 有料老人ホームは介護施設と違い、高齢者住宅といったプライベート空間だということもあり、発見した職員は見てみぬふりをし、職員同士で情報共有をしただけで、家族には報告せずに終わったという。

認知症の男女が部屋の中で……

 さらに対応が深刻なケースがある。「認知症患者同士の性トラブル」だ。ある介護施設の施設長を務める金子浩さん(仮名)が、匿名を条件に話を聞かせてくれた。

 ある日の夜8時ごろ、ひとりで施設内を見回りしていた女性職員が、大塚さん(70代女性、仮名)の部屋をのぞいたところ、個室の室内に別の人影が……。見ると、同じ施設に入所している佐々木さん(70代男性、仮名)がズボンをおろし、自分の股間を大塚さんの口に近づけていたのだ。

 声をかけると何事もなかったように離れたが、暗がりでのこと。大塚さんが佐々木さんのものを口に入れていたのか、入れようとしていたのか、はたまた佐々木さんが無理やりしようとしていたのか、はっきり確認はできなかったものの、明らかに性的行為を彷彿とさせる光景に驚愕したという。

 実はこのふたりは、ともに認知症。

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「日常生活に支障をきたしたり、行動や意思疎通の困難がときどき見られる程度」の軽い症状ながら、これまでこのふたりが特別に仲がよかったという事実もなければ、どちらかがどちらかに恋愛感情を抱いたり、執着している様子もなかったという。

 歩くのは自由にできるため、佐々木さんは、ときどき部屋を間違えて、他人の部屋に迷い込んでしまうことはあったが、こういった行動に出る予兆は全く感じられなかった。

 どちらにしても、ふたりとも認知症であるために、これが合意のうえだったのか、あるいはどちらかが誘ったり、強要したりした結果なのか、全くわからない。金子さんによると、このケースでは佐々木さんの部屋をフロア移動することで対応。おそらく、この夜一度きりのことではないかという。

 先述の結城さんによると「ほかにも、夜中、認知症の入所者が自分の部屋にいなくてどこに行ったんだろうと探してみると、異性の部屋のベッドに裸で抱き合っていた、手をつないで添い寝をしていた、というケースは珍しくありません。それ以上の性的な行為があったかどうかは個室でのことであり、確かめようもありませんが」という。

場合によっては薬を使うことも

 大塚さんと佐々木さんの事例を振り返りつつ、金子さんはこう語る。

「施設としてできることはしたいと思っています。当然、入所者さんのことは守らなくてはいけませんが、ここで働く職員のケアも大切だと考えています。

 大塚さんと佐々木さんのケースは、発見者が若い女性職員だったので、お二人が認知症だと理解はしていても生理的に受け入れがたかったり、介護職自体にトラウマを抱えてしまいかねないと考えて、慎重にフォローしました

 それ以上に気を遣うのが、当事者の家族への対応。「深夜徘徊があって他人の部屋に入り、ズボンをおろしていた」という説明を聞いた息子さんは、それほど大きく驚くことはなく、逆に謝罪したというが、「これがもし奥様だとすると、仮に説明したとしても信じていただけないということもあるので……」と対応への難しさをにじませる。

 さらに、認知症患者への対応の困難さも話してくれた。

本人に注意をしてそれが通じる方であれば、こちらも毅然とした対応を取りますが、認知症の方のトラブルというのは、ご本人にも自覚がないことですので、とても難しい。もちろん認知症でも穏やかに過ごしている人は大勢いますが、問題のある人の場合、放置しておくわけにもいきません。

 なにか取り返しのつかないような被害が出てしまってからでは遅いですし、本人たちにはわからなくても、家族同士のトラブルにも発展しかねません。ですから、うちの施設ではどうしてもほかに打つ手がないときには、医師にしっかり診断してもらったうえで薬を用いることもあります」

 稀なケースですが、と慎重に前置きしつつ、「ご家族に事情を話し理解してもらったうえで、あくまでもご家族が主体になって病院を探して受診してもらい、睡眠導入剤や精神が落ち着くような薬を処方してもらうことで問題行動を抑えることもある」と教えてくれた。

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「薬を使うというと抵抗を覚える人もいるとは思うのですが、現実問題、それがとり得る最善の方法なんです」

 さらに金子さんからは、こんな本音も。

「人には誰でも欲求はありますよね。食欲、性欲、物欲。その欲求を暴走させないように我慢できるのは、理性が働いているから。でも、認知症になってその理性がうまく働かなくなってしまったら……私だって、他人事ではないかもしれません。

 人間が長く生きるということは、そういう可能性が誰にでもあるということ。『うちの主人はそんなことしません』ではすまないことを、みなさんには知っておいてほしいです」

唯一の解決策は目を背けないこと

 これといったいい解決策がなく、事実を受け止めることにすら覚悟が必要な「高齢者同士の性トラブル」。さまざまな施設で、複数の事例を見てきた結城さんはこう話す。

「高齢者の場合、性欲といっても若い人と同じではないように思います。性行為をしたいというよりも、相手に触れていたい、温もりを感じたいという欲求から、手をつないだり、添い寝をしたりという行動をとる人も多いと思います。どうしてそういう欲求が生まれるかというと、ひとつには寂しさがあるのではないかと思います。

 ですから、もし現在、家族が施設に入っている人は、例えば週に1回程度会いに行って15分でもいいから顔を見せてあげてはどうでしょうか。コロナ禍で面会が自由にできない状況ですが、オンライン面会を取り入れているところもあるので、積極的に利用してみてはいかがでしょう」

 今後、ますます増えていく高齢者。4年後には、団塊の世代が全員75歳以上の後期高齢者になる「2025年問題」が待ったなしでやってくる。その一方で、昨年、介護施設の倒産件数はこの20年で過去最多を記録した。

 介護する側とされる側の比率はあまりにもアンバランスだ。介護施設の問題は一部の人たちだけで考えれば済む話ではなくなってきている。

 これまである意味、タブー視されてきた「高齢者の性の問題」。施設側だけに押し付けるのではなく、いつか親や自分が施設にお世話になるだろう私たちも広く考えるべきときがきたのではないか。

 簡単に答えが出る問題ではないが、まずは事実から目を背けないこと。それが解決への一歩になることは間違いない。