保育園時代の小倉美咲ちゃん

 警察庁の統計によると全国の行方不明者は年間8万人超。うち、9歳以下の子どもが1000人強も! なぜ子どもたちは突然消えてしまったのか。残された親たちはどうすればいいのか―。2件の行方不明事件に迫った。

 年間約8万人─。

 この数字は日本全国の警察に届けられる行方不明者の数である。警察庁によると、統計が残っている昭和31年以降は年間、8万〜11万件を推移していたが、平成18年以降は8万件台が続き、直近の令和2年は約7万7000件と最も少なかった。

 それでも1日当たり200件以上の届け出がされている計算だ。大半は届け出た当日〜1週間以内に不明者の所在が確認でき、事なきを得るのだが、中には所在確認までに数か月、長いときで2年以上かかるケースもある。

 行方不明の原因・動機としては、「疾病関係」が全体の3割を占めて最も多く、このうち7割超が当事者に認知症の疑いがあった。続いて「家庭関係」、「事業・職業関係」、「異性関係」の順で、とりわけ未成年者の女性が対象になると、誘拐・監禁といった事件性を帯びてくる。

 1990年に新潟県三条市で女児(当時9)が行方不明になり、中年男性によって9年以上監禁された事件や、2014年に埼玉県朝霞市で少女(当時13)が誘拐され、大学生によって2年間監禁された事件などがそれで、いずれも世間を震撼させた。

 前述の統計によると、9歳以下の子どもに限定すれば、令和2年の行方不明者数は1055人で、過去5年間は1100〜1200人台を推移している。

「誰かと一緒」の可能性に言及、山梨不明女児の母

大人の行方不明とは違い、子どもの行方不明の多くは何かしらの事件に巻き込まれている可能性があるという

 そのうちの1人、千葉県成田市出身の小倉美咲ちゃん(9)は2019年9月21日、山梨県道志村のキャンプ場で忽然と姿を消した。母親のとも子さん(38)が一瞬、目を離した隙にいなくなってしまったのだ。山梨県警はこれまでに捜査員のべ約3900人を投入し、寄せられた情報は約4300件に上るが、美咲ちゃんの行方はわからないままだ。

 とも子さんは現在も毎月2回ペースで山梨県へ通い、情報提供を求めるチラシを配るなどの活動を続けている。10月末には、自身が開設したホームページに、「大切な美咲へ」と題した文章を投稿し、発生以来のこれまでの思いをしたためた。その中で、美咲ちゃんが誰かと一緒にいる可能性に初めて言及し、その相手にこう問いかけた。

《2年間美咲と一緒に生活してあなたの生活はいかがでしたでしょうか》(原文ママ、以下同)

 これに続けてとも子さんは、美咲ちゃんを妊娠した当時の記憶をたどり、行方不明になるまでの7年間、家族一緒に過ごした数多の思い出を、切々と綴っている。そして「あなた」にこう訴える。

《美咲を連れ去った事やこの2年間に少しでも後悔や罪の意識があるのであれば、美咲を返して下さい。

 人のたくさんいる安全な場所に連れて行って、美咲を解放して下さい》

《私はあなたを信じています。

 人を傷つけたりしない優しい子である美咲のそばで、美咲とともに2年間過ごしてきたあなたを信じます》

 美咲ちゃんが誰かに連れ去られた可能性については、とも子さんがこれまで山梨へ通い、現地を歩き、美咲ちゃんの目線に立った行動を踏まえた末にたどり着いたひとつの結論だった。発生直後にも同じ推測は頭に浮かんでいたが、「事件か事故かわからない」という理由で警察から口止めされていたため、公言はしなかった。

 しかし発生から1年がたち、2年がたっても美咲ちゃんは現れず、報道の減少とともに世間の関心が薄まっているのも感じたため、公開を決めた。とも子さんが語る。

「今年3月ごろに文章を考え始めました。悩みながら時間をかけて書き、美咲を取り戻したい一心で公開しました」

 そのホームページには、「似たような子を見かけた」という情報が毎月、数件〜10件程度寄せられる。その度に一喜一憂するというとも子さんは、どんな情報でもためらわずに伝えてほしいと呼び掛け、現在の心境をこう吐露する。

「美咲が私たちの目の前からいなくなって2年がたち、世の中では風化しているかもしれない。でも家族が忘れることはありません。美咲は私たちにとって絶対に必要な存在なので、戻ってくるまではあきらめない」

投げかけられる心ない言葉

 情報や励ましのコメントが寄せられる一方で、発生以来続く誹謗中傷もいまだになくならない。前述の文章公開をインスタグラムでも告知したところ、同じアカウントからこんなコメントが立て続けに入った。

《家を売ってでも美咲ちゃん取り戻したいのですよね? なら家を売って懸賞金にすればいいのでは?》

《何故お母さんが批判されたり誹謗中傷されたりするのをご自身で考えてみて下さい》(原文ママ)

とも子さんのSNSに届いた中傷。とも子さんはそれらの対応にも追われている

 こうした嫌がらせや中傷に対し、とも子さんは法廷で今も闘っている。

 自身のブログで1年以上にわたって小倉さん一家の中傷を続けた、無職の野上幸雄被告(70)=静岡県熱海市=が名誉毀損の罪に問われている裁判は、大詰めを迎えている。11月25日には千葉地裁で論告求刑公判が開かれ、検察は懲役1年6か月を求刑し、結審した。一方の弁護側は無罪を主張。証言台に立った全身黒ずくめの野上被告は最後に、

「今回は普通の事件じゃない。今まで誘拐は何度もあったけど、母親を追い掛けて云々ということはなかった。その理由は怪しくないから。自分の子どもがいなくなったら皆、泣きながら捜している。小倉とも子とは現地(の山梨)で会っているけど、捜しているのは1回も見たことがない」

 などと支離滅裂な主張を続けた。公判終了後、とも子さんは嘆息まじりにこう語った。

「悲しんでいないみたいに言われたことがいちばん傷つきました。結局は、自分の犯した罪をわかっていないんだとがっかりしました。被告は『社会的正義のため』と誹謗中傷を正当化していますが、その先に美咲の帰りを待つ家族が苦しんでいることを理解してもらいたい」

 判決は12月半ばに言い渡される予定だ。野上被告のほかにも誹謗中傷者は多数いて、とも子さんは、投稿者の情報開示を求める裁判を相次いで起こしている。

【小倉美咲ちゃんに関する情報提供は】
大月警察署 0554-22-0110 小倉美咲ちゃんHP misakiogura.com

沈黙の理由、大阪女児誘拐事件の親

大人の行方不明とは違い、子どもの行方不明の多くは何かしらの事件に巻き込まれている可能性があるという

 わが子が行方不明になった親に対しては、誹謗中傷にとどまらず、その弱みにつけ込んで詐欺まがいの行為を働く者さえいる。

 秋晴れとなった11月20日の昼下がり。

 大阪難波の高島屋前を行き交う人混みの中に立ち、スーツ姿の吉川永明さん(61)と妻の美和子さん(60)が、「ご協力お願いします」と頭を下げていた。2人が手渡しているティッシュには、「吉川友梨ちゃんを捜しています!」と太字で書かれたチラシが挟み込まれている。

 友梨さんは2人の長女。今から18年半前の2003年5月20日、当時小学4年の友梨さん(27)は、大阪府熊取町で学校からの帰宅途中、突如として姿を消した。友梨さんは、熊取町立北小学校に通っていた。その日は社会科見学で、学校で解散した後、午後2時40分ごろに同級生3人と下校。途中の交差点で3人と別れ、1人になった。

 最後の目撃情報は、自宅から約400メートルの路上だ。現場は緩やかな上り坂で、住宅が密集しており、公民館や寺院も近い。友梨さんがいなくなった時間帯は、人通りや車の通行がないわけではない。その路上を友梨さんは1人で歩き、自転車に乗った同級生と軽く言葉を交わした後、消息が途絶えた。

 大阪府警はこれまで、捜査員のべ約10万300人を投入。現場付近で不審な白いトヨタクラウンが目撃されていることから、誘拐事件とみて捜査を続けている。寄せられた情報は約5000件に上るが、事件解決につながる有力情報はない。

 難波のチラシ配りに集まったのは、友梨さんの両親のほか、これまで一緒に取り組んできたNPO法人「あいうえお」(同府貝塚市)のボランティアや大阪府警の捜査員ら総勢約30人。終了後、永明さんにコメントを求めると、

「取材のほうはお断りしています。どちらの(メディアの)会社でもご勘弁ください。事情がありますので帰ります。失礼します」

 と語り、足早に立ち去った。 

 発生以来、吉川夫妻の支援活動を続けてきた同NPO法人の郡山貴裕事務局長(60)は、永明さんが取材に消極的な理由についてこう説明した。

「お父さんがメディアの取材を断るようになったのは、詐欺被害に遭ったと報道されたときからです」

 永明さんは事件発生の翌月から4年以上にわたり、「友梨さんの居場所を知っている」などと近づいてきた男女2人に総額約7400万円をだまし取られていた。しかし永明さんは警察にもその事実を伝えることなく、'08年12月に発覚。この男女2人は詐欺容疑で逮捕、起訴され、後に大阪地裁は懲役9年の有罪判決を言い渡した。'11年には、インターネットの掲示板に「(友梨さんを)殺害した」と書き込んだ20代の男も逮捕されている。

 郡山事務局長が続ける。

小学校4年生のときに行方不明になった吉川友梨さんは現在27歳に。写真は当時の姿と現在の予想

「発生当初、NPOのホームページにお父さんの手紙を掲載していたのですが、その文章に少しずつ異変を感じました。ちょうど詐欺被害に遭っていたころで、精神的にかなり参っているようでした。以来、他人への不信感が強まり、メディアからの取材はすべて断っています」

 子どもが行方不明になって負った心の傷に、塩を擦り込むかのような誹謗中傷や詐欺行為。二次被害、三次被害とその傷口が広がるうちに、誰を信用してよいのかわからなくなる。そんな折れた心に鞭打つかのように、街頭に立って頭を下げる。

 もうそっとしておいてほしい─。

「失礼します」

 と右手を上げて遮るように立ち去った永明さんの姿が、そんな声なき声を発しているように聞こえた。行方不明児の親たちの苦悩は続く。

【吉川友梨さんに関する情報提供は】 大阪府泉佐野警察署 0724-64-1234

水谷竹秀(みずたに・たけひで)
ノンフィクション・ライター。1975年生まれ。上智大学外国語学部卒。2011年『日本を捨てた男たち』で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞。10年超のフィリピン滞在歴をもとに、「アジアと日本人」について、また事件を含めた世相に関しても幅広く取材。