「カンカンカンカン―って。耳をつんざくような高い音がうるさくて! まさか引っ越し初日から眠れない日々が始まるなんて……」
関西で自営業を営む今西麻里子さん(仮名=51)が嘆く。不眠のせいでげっそり痩せたという頬に手を当て、深いため息をついた。
彼女を悩ませているのは、新居から100メートルほど先にある「踏切の音」。いわゆる“公共騒音”だ。
「契約を決めた賃貸マンションには、お昼と夕方に時間帯を変えて2度、内見に行きましたが、駅の裏側で静かなエリアという印象だったんです」
ところが、引っ越し当日、帰宅時間帯に差しかかる18時台から終電の深夜0時まで、なんと1時間に8本のペースで、踏切の高音が鳴り響いた。
騒音には「いつか慣れますよ!」
眠りにつけたのは午前2時。わずか3時間の睡眠で、翌朝5時から再び、カンカンカン―という音にたたき起こされることに。
翌日、ほかの住民は気にならないのか不思議に思い、不動産会社に相談したが、のんきな返答に絶句する。
「音にはいつか慣れますよ!ほかの家の方も、みんな同じ条件ですから」
仕方なく、耳栓を購入し、寝室は踏切から少しでも遠い部屋に変えた。だが、5日たっても寝不足を重ねるだけで、慣れる気配はない。
我慢の限界を迎え、すがるような思いで鉄道会社のお客様相談室に連絡を入れた。
後日、鉄道会社の技術者2名とエリア部長が現場に訪れ、検証が実施された。踏切付近で計測した音量は74デシベルで、パチンコ店内やセミの鳴き声(直近)に相当する音量だった。
エリア部長は「事故を防ぐための警告音なので……」と説明。しかし、その音が長く続くことに納得できない今西さんは、疑問をぶつけた。
商業ビルからジージージーと低音が
「遮断機が下りて電車が通り過ぎた後まで同じ音量で鳴らさなくてもいいのではないですか? 時間帯によって音量を変えるとか、繁華街と住宅街で音量を変えるとか、対策はなさっているのですか?」
その回答は期待に沿うものではなかったという。
「うちは全踏切一律の音量と長さで警報を鳴らすシステムを使用しているので、個々で音量を変えるのは難しいです。細かく変えるシステムにするには、莫大なお金が必要で、今のところ予定はありません」(鉄道会社エリア部長)
話し合いを続けた結果、今西さんの切実な思いが届いたのだろう。最終的に、鉄道会社から次の2つの対策が提案された。
1.経年劣化で、線路を挟んだ左右のスピーカーの音量が異なっていたため、設定時より大きくなっていたほうの音量を下げて小さい方にそろえる。
2.マンション側に上向きについていたスピーカーを警告に差しさわりない範囲で斜め下向きに変える。
今西さんは、鉄道会社に相談してみて良かったと話す。
「現場で判断できる対策の範疇ではありましたが、その日から耳に伝わる音がやわらぎましたから」
コロナ禍になって突然、快適だった住環境が奪われた人もいる。九州で事務系の会社員として働く中村朋美さん(仮名=42)は、リモートワークを始めて約2年間、“営業騒音”と闘っている。
「ジージージーという低音が、隣接する商業ビルから響いてくるんですよ。しかも、早朝4時台から22時まで! とても仕事ができる環境ではなくて困り果てちゃって……」
管理人に相談すると、「あなたのお部屋もですか……」と驚かれた。既に10件以上、苦情が入っていたという。
「築30年で、購入者が多い分譲マンションですから。今まで一度も騒音なんてなかったので、みんなびっくりしたんでしょうね」
音の発生源は、コロナを機に一斉に機種交換された強力な換気扇と大型エアコンの室外機。ビルの中にあるテナントが営業を続けるため、工事が決まったという。
「マンションとビルの間は人が1人通れるくらいの隙間で、屋外の踊り場にズラッと室外機が並んでいます。こちらは窓側ですから、ダイレクトに音が響く。驚いたのは、費用をかけたくないのか、そもそもの対策があまりにも雑だったこと。新しい室外機のサイズに適応しない防音壁を再利用したため、室外機を完全には覆えず、はみ出している状態なんです」
マンションの住民組合は、ビル管理会社に騒音の調査と対策を申し入れた。結果、最も稼働が多い時間帯で60~70デシベルと判明。企業との話し合いは平行線で、住民らの怒りは募るばかりだ。
中村さんのケースは、最近増えている「低周波音」の被害の一例だ。工場やビル、店舗などに設置された空調室外機、ボイラー、冷凍機、ヒートポンプ給湯器が発生源になることが多い。騒音調査を行う『有限会社アクティブリサーチ』代表・小林政光さんは、その音の特徴をこう明かす。
「低周波音は低い唸り音で、ガラスを透過して室内で反響する性質があります。二重サッシや二重窓などの対策をしても、高音と中音だけ遮音され、低音だけが残る。そのため、逆に不快感が強まることがあります。踏切遮断機の音などは高音が主体のため二重サッシが有効ですが、低周波音は対策が難しい騒音です」
大便を投げられたり、車を傷つけられたり…
小林さんは、サービス付き高齢者住宅の隣家から被害相談を受けたことがある。24時間お風呂に入れるサービスがトラブルに発展した。
「隣家の窓から5メートル先で、浴室循環システムのポンプが24時間唸り音をあげていました。しかも、深夜でも10分稼働して止まるというのを20分ごとに繰り返す。これでは眠れませんよ。ずっと稼働しているほうがまだましです」(小林さん)
一家は、3か月我慢を続けて限界を迎えた。不眠による心身の不調を証明する診断書を手に、怒鳴り込んだという。小林さんの仲介で話し合いを重ね、数か月後に夜中の稼働を止めることが決まった。
約20年トラブルが続いた事例もある。ビルの1階で営業する居酒屋と木造戸建ての隣家との道幅は約2メートル。居酒屋の経年劣化した室外機の起動音が「ズドーン、ワンワンワン」と響いていた。隣家の前田徹さん(仮名=70)は「思い出すのもつらい」とこぼす。
「明け方まで室外機が爆発音のような音を繰り返し、警察にも数百回も通報したし、市役所にも相談したけどダメ。そのうち、大便を投げられたり、車を傷つけられたり……。まともに話もできなかった。ストレスによる心不全で手術までしましたよ」
民事裁判にかけて2年。勝訴し、室外機の撤去命令が出た。別の新しい機種が屋上に設置されたという。
前出の小林さんが言う。
「市の条例で深夜に営業する飲食店は騒音規制があり、45デシベルが許容限度。でも、測定すると条例の基準を大幅に超える60デシベルだった。条例の基準値を超えているにもかかわらず、役所が指導しないことも問題でした」
企業や役所が対応してくれない場合、どうすればいいのか。防音が難しい低音には、“室内の音を意図的に増やす”対策が有効だという。
「人が心地いいと感じる自然音を室内で流し、低音を紛らわす。この方法でストレスから解放された方が何人かいました。川のせせらぎ、小鳥のさえずり、波の音、雨音など、すべての周波数が均等な強さでまざった雑音を“ホワイトノイズ”といいます。この雑音には脳が不快に思う音を覆い隠す効果があります」
小林さんのおすすめは、数千円で購入でき、長時間流せる環境音スピーカー“ホワイトノイズマシーン”だという。無料で試せるホワイトノイズの動画やスマホのアプリを利用してみるのも手だ。
「騒音は我慢せず、“気になったらすぐ相談”が基本です。感情論になると話し合いは難航しますから」(小林さん)
世界保健機関(WHO)は、過度な騒音による心疾患のリスクを発表している。たかが音と侮るなかれ。泣き寝入りせず、声を上げてほしい。