北朝鮮と日本の文化はどう異なるのか

 18歳のときに「脱北」に失敗して留置所に入れられ、23歳に二度目の挑戦で北朝鮮から逃げ出すことに成功。現在は日本でYouTuberとして北朝鮮の実態を伝えるキム・ヨセフ氏の著書『僕は「脱北YouTuber」〜北朝鮮から命がけで日本に来た男』より一部抜粋し、「北朝鮮人から見た日本」についてお届けします。

 はじめて日本に来たとき、人々の話し声のトーンが韓国語に比べて低く、しゃべり方が穏やかだというところが印象に残った。マナーもよさそうに感じた。そして何より、場所にもよるが、街にゴミがない。中国から韓国に来たときにも、街がきれいだと感じたが日本はそれ以上だった。

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

 日本の食べ物については正直、最初は口に合わなかった。というより、食べ慣れなかったというほうが正しい。僕は23年間、北朝鮮の家庭料理しか食べたことがなかったのだ。外国の料理を食べ慣れているはずがない。韓国で4年暮らすうちに韓国料理には慣れたが、辛くて味がはっきりしている韓国食に比べ、和食は甘めで味がマイルドなので、そのギャップに慣れるのには時間がかかった。

 ただ、お菓子は美味しいと思った。北朝鮮にいたとき、在日朝鮮人の家で日本のお菓子を食べたことがあって、それが美味しかった記憶のせいかもしれない。

はじめは理解できなかった日本の文化

 日本に来て何よりも気になったのは、北朝鮮や韓国と比べて、自分の意見をはっきり言わず内に秘める人が多いことだった。気が進まない飲み会でも、付き合いで参加しなければならなかったり、先輩の言うことに従わなければならなかったり……。

 居酒屋でアルバイトをしていたときも、同僚がバイトを休む理由をあれこれひねり出していたのを見て、なぜそこまでしなければならないのだろうと思った。韓国にも似たような文化はあると思うが、目の当たりにしたのは日本がはじめてだった。

 そういう風潮が決して正しいとは思わないが、日本社会の一員として8年過ごしてきた今では、この社会においてはそれが世渡りの方法であることがわかる。だが、当時は理解するのが難しかった。

 うれしそうに笑っているので、本心からそうしているのかと思ったら、その場の雰囲気に合わせていただけだと知り、だまされたような気分になったこともあった。それができないと「KY(空気が読めない)」と呼ばれたり、仲間外れになるのも納得できなかった。「今度ご飯に行こう」と約束したのに、その後連絡が来ず、社交辞令だったことに気づいたり。何年かしてようやく「あ~そういうことなんだ」とわかったが、北朝鮮で育った僕から見たら、彼らが二重人格に見えて戸惑った。

 北朝鮮ではそこまでするようなことはなかった。感情をそのまま吐き出し、必要に応じて怒ったりもする。でも、引きずらない。

 それぞれ一長一短だが、場の空気を壊すのを恐れて、本来の自分と違う姿を演じている人が多い光景を見てショックだった。

北朝鮮に似てる!?

 僕が北朝鮮で経験してきたような出来事に、日本社会でも遭遇することがある。これは想像もしていなかったことだ。

 植民地時代の名残りで、北朝鮮でも「お盆」「皿」などの日本語を使っていた。また、日本では天皇が崩御すると元号が変わるが、北朝鮮も「主体歴」といって、金日成の生まれ年である1912年を元年とした年号がある。それは、金日成が日本のまねをしたのだろうかと思った。

 そして、日本の精神文化を表す概念である「和」は、個性よりも調和や秩序を重んじる点が集団主義的で社会主義思想と似ている。

 新入社員教育で社訓を覚えさせることなども、北朝鮮で金日成の「教示」を暗記するのと同じだ。社長の前で大声を張り上げる某飲食系企業の動画を見たことがあるが、なんとなくノリが似ている。僕の最初の就職先でも、新人のメンタルを強くするために声出しをさせる習慣があった。

 そして、日朝の共通点は予想外なところにも存在する。それは、男性同士で仲良くなると、会話によく下ネタが出てくることだ。北朝鮮の人が下ネタを好むのは未開の民だからかと思いきや、先進国である日本でも同じだったのにはとても驚いた。

 しかも、内容もよく似ている。北朝鮮ではお酒の場でそういう話が出たりするが、韓国では下ネタを聞いたことがないし、言ったらセクハラとして批判される。韓国にいるときに見た日本のピンク映画で、男性がバーで女性に卑猥なことを言うシーンがあり、映画の中だけの話だと思っていたら、日本に来てみて実際に目の当たりにしたのでびっくりした。祖父からの教えもあって下ネタが苦手な僕は、最初は慣れなくて、どう対応すればいいのかわからなかった。

日本の風俗文化は甘すぎる

 また、大学時代にはアルバイト先の人が、彼女がいるのに風俗に通っていることを知りショックを受けた。風俗は、寂しさを紛らわしたい人にとってはやむをえない選択なのかもしれないけど、僕は行きたくない。数万円払って風俗店で性的サービスを受けたり、女性のいる酒場で高いお金を払う価値がわからない。同じ値段のお金を払うなら、もっと楽しいことがあると思う。何よりその数万円、数千円があれば誰かが餓死することもなかったのに……そう僕は思ってしまう。

 ほかの国のことはよくわからないが、少なくとも僕が経験してきた国と比べると、日本の風俗文化は独特であると思う。それに、日本はAVの収益が世界一だという記事を読んだこともある。韓国で最初にできた友達はそういうものを見るのが普通だと言った。でも、AVにハマって変なまねをする人もいるし、子どもたちにはよくない影響を与えると思うところもある。僕の考えは、古くさいのかもしれないけれど。

 あと、驚いたのは、混浴だ。ヨーロッパでも男女一緒にサウナに入る文化があるらしいけど、裸で男女が同じ浴槽に入るというのは信じがたかった。僕が実際に入ることはないと思うが、どんな様子なのか見てみたい気はする。

 韓国や中国と比べて、日本人はマナーのよさや人に対する心遣いが優れている。それは店での接客にも表れていると思った。僕はそういう点が好きで、日本に住んでいるというのもある。人に対する心遣いを学べるのは大きい。これは、北朝鮮や韓国にいたらなかなか経験できない。

 北朝鮮の対人作法は、相手に対しあまり配慮がない。言葉がきつかったり、自分に都合のいいように話したりする。それが当たり前だったけど、脱北してみたら、北朝鮮で学んだことは役に立たなかった。僕は、成長とは変化することだと考えているので、新たな場所で役に立たなくなったものはどんどん捨てていくべきだと思った。

日本に来て最も驚いたニュース、事件、犯罪

 8年間日本にいて気になったニュースがある。僕が来日するずっと前に起きたものだが、オウム真理教の地下鉄サリン事件、秋葉原の無差別殺傷事件。中でもとくにわからなかったのは、京都アニメーション放火殺人事件などの「拡大自殺」だ。

 これを知った当時は、何の罪もない、無関係な人を巻き込むことを理解するのに苦しんだ。だが、今は少しは推察できるようになった。

 日本人は心を閉じているというか、素直に自分の感情を表せず、ため込む。それがなんらかの形で爆発した結果、ああいう事件につながるのだと思う。引きこもりが多いのも、気軽に話せる人が少ないからではないか。日本人は皆、誰かに話すことができれば悩みにならないようなことで、悩んでいる気がする。

 拡大自殺については、どうせ死ぬならこの際にため込んでいた思いを吐き出して、それでほかの人が巻き込まれても構わない……そういう思いであろうことはなんとなく見えた。

 韓国人は日本人と逆で、トラブルが起きたら、自分の感情をストレートに言葉に出して言う。それに対して日本人は、思ったことをそのまま言うのは礼儀正しくないと考える人が多い。どちらが正しくて間違っているかという判断はできないが、あまりにも周りを気にしすぎて、自分の人生や個性がどこにあるのかを見失うのは違うと思う。

 一方、そんな韓国でも自殺率が高いのは不思議だ。OECD国家の中で韓国の自殺率は、いつもトップクラスだ。2019年は人口10万人当たりの全年齢自殺者数が24.6人と、OECD平均の2倍以上となっている(日本は14.7人)。

 その背景には韓国の学歴偏重社会が関係していると言われているが、僕もそう思う。

北朝鮮で読んでいた日本のミステリー小説

 北朝鮮では、叔父から本を借りてよく読んでいた。本が好きというよりも、ほかに娯楽がないからだった。

『僕は「脱北YouTuber」〜北朝鮮から命がけで日本に来た男』(光文社)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

 その中には、朝鮮語に訳された日本の小説もあった。現地のタイトルでは『最大急行「ふじ」の殺人事件』という本だった。作家の名前は覚えていないが、「ふじ」という急行列車で起きた殺人事件を追う刑事と記者のロマンスが新鮮だった。とくにロマンスは朝鮮語訳版でカットされていた部分があるはずなので、今度原典と照らし合わせてみたい。

 ほかは中国の小説や『モンテ・クリスト伯』、そして『金日成回顧録 世紀とともに』全8巻。北朝鮮で配られている教養資料の冊子も読んだ。本を読むこと自体はとても楽しかった。ランプの下で夜遅くまで読んでいると祖父に怒られたり、朝起きるとオイルランプのすすのせいで、黒い鼻水が出たりもした。

 今は北朝鮮で読めなかったあらゆるジャンルの本を読んでいるが、日本に来てからは自己啓発を中心に手を伸ばしている。架空の物語よりも、社会の現状を自分なりに分析することに興味があるからだ。

 エリン・メイヤーの『カルチャー・マップ』、ダン・アリエリーの『予想どおりに不合理』など著名なものには目を通しているが、中でも最も興味深く読んだのはアメリカの組織心理学者、アダム・グラントの『ORIGINALS』と『GIVE&TAKE』の2冊だ。僕はアダム・グラントの発想が好きで、彼の本はとてもよく読んでいる。最近も新著を手に入れたばかりだ。


キム・ヨセフ(きむ・よせふ)
脱北YouTuber
1985年、朝鮮民主主義人民共和国の北東部・咸鏡南道に生まれる。10歳のときに母、姉3人と死別、父と離別。小学校をやめ、弟と路上生活を始める。11歳で弟と生き別れ、祖父母の家に身を寄せる。18歳で一度目の脱北を試みるも失敗し、白頭山のふもとにある留置所に送られる。23歳で二度目の脱北を試み、豆満江を越え中国へ。ベトナム、カンボジアを経て24歳で韓国へ入国。28歳で日本に語学留学し、大学を卒業したのちに会社員の仕事のかたわら、YouTubeチャンネル『脱北者が語る北朝鮮』を開設。北朝鮮に関する動画を発信し続けている。