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 何かと物入りな年始を迎えて、フトコロには寒波が襲来。物価高に増税、保険料アップまでのしかかってくる。そんな家計負担や、逼迫する社会保障費の背景を探ると、私たちの知らない「医療のムダ」が隠されていた──!

'23年度から医療費2万円の引き上げ

 年が明けても止まらない物価高に増税の嵐……。寒風が吹きすさぶ家計を襲うのは、医療費の値上げ。働く高齢者や自営業者の健康を守る国民健康保険料の上限が'23年度から2万円、引き上げられる。3万円を引き上げた昨年度に続く負担増だ。

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「国保の加入者は病気になるリスクの大きい高齢者層や、非正規雇用で働く人たちが多い。企業で働く人たちの健康保険と違って事業者負担もないことから、保険料を払う本人に負担がのしかかる。

 低所得などで保険料を支払えない人が増えたり、地域に医療費が多く発生したりすれば、それに応じて保険料も高くなる仕組みになっています」(健康ジャーナリスト)

 それだけではない。厚生労働省は昨年12月、75歳以上が加入する後期高齢者医療制度の保険料を平均で年5400円引き上げる試算を発表。保険料の上限引き上げも確定していて、値上げ対象は75歳以上の4割にも上る。

 さらには介護保険の窓口負担を1割から2割に増やす方針。現役世代には無関係と思うのは早計だ。40歳以上が支払う介護保険料を引き上げる計画も議論されている。

「社会保険料って上がる一方でつらいですよね。でも健康保険料に関していえば、医療のあり方を見直すことで医療費の上昇を抑え、患者にとってよりよい医療に変えられる可能性があるんです」

 こう語るのは医療経済学者で、一橋大学国際・公共政策大学院教授の井伊雅子さんだ。少子高齢化に伴い社会保障費が逼迫(ひっぱく)する中、医療費の負担も増している。厚労省によれば、2020年度の国の予算(一般会計歳入)102兆6580億円のうち、医療費は42兆9665億円。総予算の41%に達するほど。

 これを是正するには「治療のあり方を見直し、発生しているムダをなくすしかない」と、井伊さんは指摘する。

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「例えば、国が最も多くお金を払っている疾患は何だと思いますか?高血圧や糖尿病といった生活習慣病なんです」(井伊さん、以下同)

 私たちの保険料と税金によって賄われる医療費の財源が、生命に直結する病気の治療に使われているならば、異議を唱える読者は少ないだろう。ところが実際には、予防こそ重要な生活習慣病の治療に最も多くの金額が費やされ、しかもそこには大きな「ムダ」が隠されているという。

「したい放題」な日本の医療の現実

 例えば頭痛で医者にかかったとしよう。日本の病院では大病が隠れていないか、CTやMRIで検査を行うこともしばしば。その結果、命に関わらない頭痛と診断されたり、場合によっては“ただの風邪”というケースも珍しくない。CTも医者の診断も調剤も、かかった費用の請求先の7〜9割は保険財源だ。

「日本には医療機関で行われる検査や治療の費用対効果を評価する、明確な指標がありません。第三者による評価機関もない。医者の裁量が大きく、自由に検査や治療ができてしまうのです。ちなみにイギリスの場合、検査を行うケースは全体の1~2割程度。残りは問診で診断されます」

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 また日本では、高血圧の治療に『アンジオテンシンII受容体拮抗薬』(ARB)という高価な薬が使われている。

「約8割の医療機関で処方されている薬ですが、海外での処方割合は2割程度。まずは安価で安全性も高い『カルシウム拮抗薬』や利尿剤を使い、次いで、血圧を下げて心臓を保護する薬の処方が一般的。ARBは、その先の治療ステップとされています」

 こうした状況にフリーアクセスという医療の特徴が拍車をかける。日本では誰もがいつでも自由に、受診したい医療機関を選ぶことが可能。

「例えば病院を新設するとき、より多くの患者が来やすい地域につくろうとしますよね。そうして地域に医療機関が増えると競争が激しくなり、医師による患者の囲い込みが起きやすくなる。

 ひとつひとつの病院の収入は減少するので収入減少を食い止めるため、各病院はちょっとした不調にも熱心に対応し、過剰な治療や検査を行う。そして結果的に医療費が増えていく……。これを『医師誘発需要』といい、医療のムダや医療費負担を引き起こす一因になっています」

 この傾向は生活習慣病の場合、特に顕著だという。

「高血圧症と糖尿病の治療では、地域に医者の数が多ければ多いほど、患者の医療費が増加する傾向がありました」

 井伊さんが大阪府済生会吹田病院の関本美穂麻酔科長と行った共同研究によると、人口1000人あたりの医師数が1人増えると、患者1人あたりの医療費の総額が年間3000〜4000円、増加していた。最新の『国民生活基礎調査』(2019年)によれば、生活習慣病の通院者数はおよそ2882万9000人。日本の総人口の約23%を占めることを考えれば、その影響は計り知れない。

 もちろん、高額な薬の処方も、生活習慣病の治療も、患者のためを思う医療従事者の熱意によるものがほとんど。だが、「医療機関には、より多くの患者を検査して薬を出さなければ収入に結びつかないという現実があります。診療報酬制度の問題が根底にあることは否定できません」

「ムダ」を防ぎ、医療費の負担増を抑えるためにできること

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 収入減少を防いで経営の安定化を図るには、患者を囲い込み、過剰な治療や検査を行うことが手っ取り早い。そうして生じる「ムダ」を防ぎ、医療費の負担増を抑えるためにも、井伊さんは「医療の質とコストを客観的に評価し、管理するシステムが必要です」と指摘。

 すでにイギリスやオーストラリア、そしてインドネシアでも、医療機関ではない第三者機関による「医療の質」の評価が行われている。

「例えばイギリスの評価基準では、治療の『有効性』『安全性』『患者中心の医療かどうか』などの指標で全診療所と病院の質が評価されます。リストになっていて、それを見て患者は自分で判断できるというわけです。独自の基準を設けている国際機関もあります」

 それと同時に、患者の囲い込みを誘発する診療報酬制度も、変える必要があると井伊さんは強調する。

「出来高払いの日本と違って、カナダなど多くの国では『人頭払い制度』を導入しています。これは患者が自分の認定医を決めておき、医療機関は患者数に応じた報酬を受け取る制度のこと。いくら診療しても報酬が同じなら、過剰診療やムダな検査はなくなるはず。人頭払いであれば収入が予想できますし、人口減少期に突入した日本社会の事情にも合っています」

 とはいえ、制度を変えるのは難しく、時間もかかる。私たちに今からできる対策はないだろうか?

「地域で『総合診療専門医』を見つけることです。身近にいて、ご本人だけでなく家族の健康も、何でも相談に乗ってくれる専門医ですね。

 こうした医療は『プライマリ・ケア』と呼ばれ、看護師や薬剤師、介護福祉士ら専門職と連携している医療機関も多い。受診の窓口が1つになるので、風邪は内科、子どもは小児科、アレルギーは皮膚科……と、複数の病院にかかる必要はなくなります。

 医療機関を変える際につきものだった新たな検査も不要。つまり、保険財源の節約につながります」

 1年に1兆円といわれる医療費の急伸を抑え、負担増を食い止めるには、患者側が変わることも求められている。

〈取材・文/千羽ひとみ〉

 せんばひとみ ●フリーライター。人物ドキュメントから医療、実用まで幅広い分野を手がける。『キャラ絵で学ぶ! 徳川家康図鑑』ほか著書多数