ムツゴロウさん

 '80年から放送されたドキュメンタリー番組『ムツゴロウとゆかいな仲間たち』は伝説的な番組といわれるが、その“主人公”である畑正憲さんの生き方、一挙手一投足にも注目が集まり、語り継がれている。中でも、無邪気で正直な人柄から発せられた“言葉”を振り返ってみると、常識を超えた景色が見えて―。

《せいぜい元気だったあの頃みたく麻雀、ゴルフ、乗馬楽しめよ! 大好きだぜ!》

実は動物に対してものすごくドライ

 4月5日、ムツゴロウの愛称で親しまれた動物学者で作家の畑正憲さんが、心筋梗塞のため、87歳でこの世を去った。北海道・中標津の自宅で、家族や共に暮らした犬と猫に見送られたと、冒頭の言葉とともに孫娘がブログにて報告している。

1980年から放送が始まり、20年以上続いたフジテレビ系のバラエティー番組『ムツゴロウとゆかいな仲間たち』で、一躍お茶の間の人気者に。世界中の野生動物と体当たりで触れ合い、ワニの口に頭を入れたり、ライオンに指を食いちぎられる、といった衝撃的な姿が記憶に残っている人は多いでしょう」(スポーツ紙記者)

 1935年、福岡県に生まれ、幼少期から動物に興味を持ち、東京大学ではアメーバ研究に励んだ。その後、出版社に就職し、作家としての活動をスタート。1972年には、動物との共生を求めて移住した北海道で、『ムツゴロウ動物王国』を設立し、動物500匹以上とスタッフ40人以上の大所帯を築き上げ、後の番組へとつながっていった。

  “動物の人”という印象が強いが、ほかにもたくさんの顔を持つことは知る人ぞ知る話。ムツゴロウさんへのインタビュー経験を持つ、吉田豪氏に話を聞いた。

ムツさんは動物好きというイメージがあるけど、実は動物に対してものすごくドライ。かわいいねって言いながら平気で食べるとか、人間のためには動物実験をどんどんやるべき、みたいな発言もありました。それを知ったときはショックでしたね

 しかし、ムツゴロウさんの素顔について調べを進めるうちに、その豪快さにも惹かれていった。

だんだんと“この人はデタラメで面白いんじゃないか”と思えてきて。常識に当てはまらないムツさんの面白さを知ってしまい、インタビューを申し込みました」(吉田氏、以下同)

 ついに対面を果たしたムツゴロウさんの生命力は、まさしく圧倒的だったという。

「インタビューの最後には、どれだけ元気か、という話になってムツさんと腕相撲をしたんです。当時、僕は20代後半で、ムツさんは60歳を越えていましたが、アッサリと僕が負けました(笑)。もはや別の生き物というか、あの人の破壊力に勝てるわけがない」

 直接話を聞くことで、ムツゴロウさんの動物に対する向き合い方を知れた。

ムツさんは決して“愛玩動物”として接することはしませんでした。野生の生き物と対峙する、生死をすべて受け止めるという興奮を求めていて、それがムツさんの豪快な生き方の1つというわけです。動物のせいで死にかけたとかのヤバい話をするのも大好きで、少年のように無邪気に語っていました

 過去には“命懸けの瞬間が好き”と語っていたムツゴロウさんだが、手に汗握る快感を味わったのは、なにも動物とのコミュニケーションだけではない。

とにかくギャンブルがお好きで、中でも麻雀には熱心でした。10日間ずっと雀荘に籠り続けたことや、奥さんの妊娠がわかったときには、動転して家出し、麻雀で日銭を稼いで暮らしていたこともあったそうです。腕前は確かで、日本プロ麻雀連盟の最高顧問も務めました」(前出・スポーツ紙記者)

自分のお金はギャンブルで稼ぐ

1981年のムツゴロウさん。麻雀の強さは群を抜いており、数々のタイトルを獲得した 

『文春オンライン』のインタビューでは、

《財布がどんどん厚くなっていってね。でも負けはじめると今度は薄くなっていく。そういう増減がおもしろかったんですよ》

 と語っていた。

ほかにも、《自分のお金はギャンブルで稼ぐ》《お金があるならいくらでも勝負してやる》など、いかにも勝負師らしい発言を連発していましたよ。基本的にお金の心配をする性格ではなく、東京に移転した『動物王国』の運営会社が破綻し、3億円ともいわれた借金を背負ったときも“恨んでも返ってこない”と、地道に稼いで返済したと聞いています」(同・スポーツ紙記者)

  ギャンブラーとして“カネ”でヒリつきを味わいながらも執着はしない。潔く、豪快な人柄がうかがい知れるが、一方で繊細な感覚を持ち合わせていたのもまた事実。

「東京の銀座にあるギャラリーで35年以上、毎年、絵の個展を開催していたんです。自著の挿絵を描いており、主に動物をモチーフにしていました。初めのころは白黒のモノクロ画だったんですが、それから徐々に色を足していって。ムツさんの絵の変化を見るのはとても楽しかったですよ」(ギャラリー関係者)

 仕事で東京を訪れた際には、このギャラリーにたびたび顔を出していた。

居合わせたお客さんやスタッフとよく話し、みなさんから次々に質問が飛び出して、いつの間にか動物講義が始まることも。ムツさんも楽しそうに絵の説明をしながら“この動物は、ここにおちんちんがありますね~”なんて、面白おかしく笑いを取っていました」(同・ギャラリー関係者)

 '20年から始めたYouTubeでは、ムツゴロウの語呂に合わせ、656回に分けて自らの経験を語り継ぐことを目指していた。志は道半ばとなってしまったが、そのゆかいな人生はいつまでも心に残り続けるだろう。

吉田豪 1970年生まれ。プロ書評家、プロインタビュアー。徹底した事前取材をもとにした有名人インタビューで知られ、取材対象についての知識は本人をしのぐといわれる。著書に『男気万字固め』『続々聞き出す力』など