子どもの勉強机の上では食べかけの惣菜が腐りかけ、床にはゴミが積み上がる(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

 とあるマンションの3階にある一室。つい最近まで、ここには40代のシングルマザーと小学生になる子どもたちが3人で暮らしていた。シングルの家庭というのはもはや珍しい存在でもない。この家庭も、玄関のドアを開けるまでは、3人が抱える問題に誰も気がつかないはずだ。

 本連載では、さまざまな事情を抱え「ゴミ屋敷」となってしまった家に暮らす人たちの“孤独”と、片付けの先に見いだした“希望”に焦点をあてる。

 ゴミ屋敷・不用品回収の専門業者「イーブイ」(大阪府)を営み、YouTube「イーブイ片付けチャンネル」で多くの事例を配信する二見文直社長が、印象的だったゴミ屋敷に住む家族について語った。

臭いが充満し、ハエの卵がこびりついた食卓

 ドアの向こうに見える玄関と廊下は、「物が多い」という言葉では足りないほどに物が散乱している。どこまでが玄関でどこからが廊下なのかわからない。リビングには食べ物の容器や食べカスなどゴミも散乱しており、その上を歩くしかない。食卓の上も隙間がないほどで、ゴミをかき分けないことには食事もできない。

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 リビングの奥にある部屋には、ビールの空き缶が山のように積み上げられている。寝室の真ん中には万年床になった布団が1つ敷かれているが、周りはゴミで囲われている。子どもの勉強机の上には食べかけの惣菜が放置されており、白い綿のようなカビが生えていた。机の下にもゴミが散乱していて、椅子を置く場所はなかった。

 キッチンも脱衣所も風呂場もすべてゴミだらけ。誰がどう見ても「ゴミ屋敷」である。

部屋に入ると、足の踏み場がないほどゴミが山積していた(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

 大阪府を中心に、ゴミ屋敷・不用品回収をしている専門業者「イーブイ」。社長である二見文直さんと同社のスタッフを合わせた5名で、この家の片付けを行った。

 片付けは、過酷な作業だった。小さいハエが50~60匹、部屋中を飛び回っている。部屋の片付け時は4月だったのでまだマシではあるものの、これが夏になるともっと悲惨だ。その原因はビールの空き缶の山である。二見さんが次々とそれをゴミ袋に詰めていくが、中身が残っている缶が大量にあるのだ。半分以上中身が残っているものもある。

 食卓の上にあるゴミをかき分けるとむせ返るような臭いが充満し、そこにはハエの卵がこびりついていた。

大量のビールの空き缶が散らばったリビングを片付ける様子(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

「シングルマザーのゴミ屋敷」。その言葉だけを聞くと、どうしても「育児放棄」というワードが頭に浮かんでしまうが、それも第三者の勝手な感情だ。確かにそういった家庭もあるかもしれないが、少なくともこの家庭に関しては当てはまらないと二見さんは言う。

 この母親の場合は仕事が忙しく、片付けが苦手で、そして人に頼ることができない性格というだけだった。1人で仕事と育児、両方をこなさなくてはならない。ただただ一生懸命なだけだったのだ。

 二見さんが依頼時の様子を教えてくれた。

「それこそホンマに気前のいい人。バリバリ仕事もして、周りから見たら何かに悩んでいるようには見えないポジティブに生きている人ですよ。片付けの見積もりでお会いしたときもやっぱりそんな感じで、頑張ってええ格好をしているように感じました」

 部屋の中にあるもので何か残しておいてほしいものを聞いても、「全部ゴミなので大丈夫です!」「お任せします!」と答えるだけだったが、人に気を遣わせないために無理をしていることを二見さんはわかっていた。実際のところをしつこく聞いてみると、本当は捨ててほしくない大切なものがいくつもあった。

 1年半の歳月をかけてゴミ屋敷となってしまった部屋が、わずか4時間半で空っぽになった。

リビングのビフォー・アフター。この部屋は1時間半かけてゴミを一掃した(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
綺麗になった部屋の全体像。右手の部屋がリビングで、左手が子どもの勉強机があった居室(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

「撮影してほしい」とゴミ屋敷の住人が頼んだ訳

 その様子は「イーブイ片付けチャンネル」にて配信され、2023年4月現在で約340万回再生と大反響となった。だが実は、同チャンネルは今まで子どもが住んでいるゴミ屋敷を動画にすることは避けてきたという。

「僕たちはこの家庭のように片付けができなくて悩んでいる人たちのために動画を配信しているのですが、やっぱり『だらしない』『社会不適合者』といった誹謗中傷のコメントが書き込まれることもあります。そういった声をお子さんに向けてほしくなかったんですね。僕たちの動画では依頼者さまの顔や名前は隠していますが、それでもそれを目にした本人は傷つきますから」

 しかし、この家に住むシングルマザーの母親本人から「現場の撮影をしてほしい」と打診があったのだという。

 そもそも、イーブイに片付けを依頼してきたのは本人ではない。母親の友人である女性だった。その女性が話す。

「彼女の家がゴミ屋敷になってしまったのは、私が知る限りで2回目です(1年半前に1度、家族や友人の手を借りて片付けている)。私は彼女が手を抜いて、片付けるのが面倒くさくて、こんな状況になってしまったと思っていたんです。『私の家は汚くないのに、なんであんたの家は汚いの』『なんでちゃんとできないの』と、彼女のことを責めていました」

 友人の状況を打開する方法はないものかと探していたところ、YouTubeで「イーブイ片付けチャンネル」に行き当たった。その動画で、二見さんの「苦手な分野は人それぞれある」という言葉を聞いてハッとした。

「彼女は料理が得意だけど私は苦手。彼女はたまたま片付けが下手くそなだけで、私は片付けができるだけなんです。すぐに電話して謝りました。責めてごめんって」(友人の女性)

 それから同チャンネルの動画を共有するようになり、ついに母親から「代わりに連絡してくれないかな」と相談があった。本人としてはかなり切羽詰まっていたのだ。

イーブイの二見文直社長(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

 人が悩んでいるとき、第三者の勝手な感情は、より追い打ちをかける。それが心配や思いやりから来るものであってもだ。現状を否定するのではなく、現状をよりよいものに変えるにはどうすればいいのかを一緒に考えてあげなければいけない。そう二見さんは言う。

 ゴミ屋敷の住人の中には、子どもと一緒に住んでいるという人が少なくない。このケースを配信した後、「じつは私も悩んでいたんです」というシングルマザーたちからの相談が殺到した。「現場の撮影をしてほしい」という本人の希望は、自分と同じ悩みを抱えている人たちへの想いから生まれたものだった。

ゴミ屋敷であることが普通になってしまう

 母親からの愛情が2人の子どもに注がれているとはいえ、ゴミ屋敷の中で暮らすことが子どもたちにいい影響を与えるかというと、正直言ってそれはないだろう。

「小学生の頃って友だちの家がゴミ屋敷でもなんとも思わなかったはずです。いま思えば、僕の友だちにもゴミ屋敷に住んでいる子がいましたが、子どもにとってそれは城のように見えて、むしろ遊ぶ場になっていました。けれど、遅くとも高校生になる前には、周りのその感覚も変わってくると思うんです。けれど、本人がゴミ屋敷にいる状況が当たり前になってしまうと、その子が大人になったときに周りとの違いが浮き彫りになり、大きな問題が生じてしまいます」(二見さん)

 片付けの最中、二見さんは壁に描かれた子どもたちの落書きを見つめていた。そこには運動会の持ち物が書かれている。算数の勉強をした形跡もあった。

勉強机のある部屋の壁には、一面に子どもたちの落書きがあった(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

「どんな気持ちでこの壁に落書きしていたのかなと。住んでいる人の生活が見えてしまうと気持ちが入ってしまいますね。脱衣所も風呂場もゴミだらけなので、きっとわずかな隙間でシャワーを浴びていたんだと思います。あの食卓でご飯を食べている姿や、ゴミの中で宿題をしている姿も浮かびます。それをお子さんたちは普通のことだと思っているかもしれないんです」

片付けによって孤独から抜け出した母親

二見さんは「この仕事が大変だと思ったことがない」という。片付け中の別のスタッフも、「やりがいしかない」と話していた。もちろん、「思ったより大変だった」という理由で辞めていくスタッフもいるというが、現在イーブイで働いている人たちは、好きでこの仕事を続けている。

空っぽの部屋で二見さんが話す。

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「皆さんが思っているほど、僕らは大変じゃないんです。だから依頼者さんは『大変な作業をさせている……』なんて思わなくていいですし、『いい人に巡り合えたな』くらいに思ってもらえたらと。

 このご家庭と同じように悩まれているシングルマザーの方は多いと思うんですけど、最優先しないといけないのは絶対にお子さんです。『汚いから家を見られたくない』『ある程度片付けてからでないと……』と孤独に抱え込むのではなく、まずは僕らみたいな業者でもいいし、周りに相談してほしいですね」

 今回の母親と子どもたちは綺麗になった部屋を引き払い、すでに新居で新生活を始めているという。母親は仕事にさらに邁進するようになったが、もう孤独ではない。「今でもたまに連絡をいただく」と二見さんは嬉しそうに話した。


國友 公司(くにとも こうじ)Kozi Kunitomo
ルポライター
1992年生まれ。筑波大学芸術専門学群在学中よりライターとして活動。訳アリな人々との現地での交流を綴った著書『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)が文庫版も合わせて6万部を超えるロングセラーに。そのほかの著書に『ルポ路上生活』(KADOKAWA)、『ルポ歌舞伎町』(彩図社)がある。