送検される服部繁雄容疑者=6月19日、戸塚警察署 写真/共同通信

 真冬の聞き込み捜査は寒さとの闘いだ。

 刑事は現場周辺で、

「紺色っぽいフード付きロングコートを着た男を見かけなかったか」

 などと丹念に尋ね歩いたという。

 今年2月、横浜市戸塚区の歩道で高齢男性が棒のようなもので殴られて死亡した事件は発生から約4か月で急展開した。神奈川県警が6月18日、殺人の疑いで逮捕したのは同区の会社員・服部繁雄容疑者(64)。捜査員が追い続けたフード付きロングコートの男だ。全国紙社会部記者は振り返る。

背後から近づき、棒のようなもので殴って逃げた

「2月20日午後6時ごろの大胆な犯行だった。現場は交通量の多い国道沿いの歩道で、帰宅ラッシュと重なり渋滞していたため“男が高齢男性を棒で殴っている”と通報する運転手もいた。男は背後から近付き、棒のようなもので被害者の頭部などを複数回殴ると、走って逃げていた。被害者側に目立つトラブルはなく、犯行動機が思い当たらない難事件だった」

殺害された柴田哲二郎さん(企業のインタビュー記事より)

 県警によると、殺害されたのは同県藤沢市の無職・柴田哲二郎さん(78)。病院に救急搬送されたが、翌21日午前2時40分に亡くなった。のちに死因は頭部打撲による頭蓋内損傷と判明した。

「柴田さんは襲われる約20分前、自宅で妻に“行ってくるよ”と声をかけて散歩に出かけ、約1・5キロ先の路上で不意打ちされたとみられる。現場の歩道は幅が広いが、周辺には人けのない道も多く、なぜ人目につく場所で凶行におよんだかわかっていない。柴田さんのあとをつける容疑者らしき不審な男が防犯カメラに写っていたほか、事件の数日前にも特徴の似た男が尾行する様子が防犯カメラに捉えられていた。捜査当局は、あらかじめ柴田さんの行動パターンを確認して計画的に犯行におよんだ可能性もあるとみて、柴田さんとの接点の有無などを調べている」(前出・記者)

 柴田さん宅近くでは事件当日、黒っぽい金属バットを振り回したり、電柱の陰から柴田さん宅方面を監視するように見る全身黒づくめの不審な男が目撃されている。

 服部容疑者は警察の取り調べに対し、「やっていません」と犯行を否認。

 柴田さんについて、「面識はなく、知らない」と供述しているという。

 容疑者宅は犯行現場から約500メートルにある分譲マンションだ。

以前は妻と子ども、犬がいると賑やかな一家だったが…

「当初は奥さんと子ども、ダックスフント2頭という賑やかな一家で家族仲はよさそうでした。変化がみられたのは7〜8年ぐらい前。いつの間に別居したのか、奥さんがたまに自転車で通ってくる関係になり、子どもの姿も見かけなくなったんです。車も処分したようでした」(同じマンションの住人)

 登記簿謄本などによると、容疑者は22年前にローンを組んでマンションを購入。ところが8年前から神奈川県や横浜市に次々と自宅を差し押さえられるようになり、税金などを滞納するほど家計が苦しくなった様子がうかがえる。差し押さえは2年前にすべて解除されているが、家族は戻ってこなかった。

「マンション住人とは付き合いがほとんどないと思う。路上から部屋を見上げると、週に1回、洗濯物を一気にベランダに干す習慣があるらしく、それがTシャツ30枚ほどが並び、大量なので目立った。窓のすだれはバラバラに壊れ、室内は荷物がゴロゴロと散乱するなど荒れていた。ひとり暮らしが長くなるうち生活が乱れたのかもしれないが、騒音など周囲に迷惑をかけるようなトラブルは起きていない」(別の住人)

 前出の住人はこう付け加える。

「よく黒か紺色っぽいニット帽をかぶっていて、帽子をとると頭髪が薄いのは知っていました。でも、フード付きのロングコート姿や金属バットを手にする姿は見かけたことがありませんでした」

 複数の住人によると、ほかの住人と積極的に交流するタイプではなく、住人集会にも出席したことがない半面、迷惑な存在でもなかった。

 自宅を訪ねると、なぜか玄関前にビニール傘や女性用折り畳みなど傘をズラッと10本も並べていた。洗濯同様、“溜め込む”傾向がみられる。

容疑者宅前に並べられた10本の傘。女性用のものも

 一部報道によると事件当日は仕事を休んでいたことが判明。

 複数の関係者によると、過去には宅配便の仕事をしていたようだといい、一時期は夜間に留守がちな生活を送っていたため「夜の商売をしているのではないか」とみるマンション住人がいた。

 一方、亡くなった柴田さんは技術職で勤め先を退職後、同県藤沢市内の一戸建て住宅で妻とふたりで暮らしていた。容疑者宅とは約2キロ離れている。

容疑者らしき不審人物はこの電柱の陰に隠れて

「散歩は別として、柴田さんご本人はあまり外に出ない人でした。奥さんは明るく社交的でこのへんで知らない人はいないぐらいです」(近所の男性)

 近所の女性はこう話す。

「柴田さんはトラブルに巻き込まれるタイプではありません。穏やかで物静かな男性でした。奥さんは事件後、憔悴して疲れている様子でしたので事件の話はしていません。容疑者は犯行を否認しているそうですが、そうした点を含め完全解決を望んでいます」

 容疑者逮捕までの約4か月、見えぬ犯人像と犯行動機に周辺住民は不安な毎日をすごしていたという。

「僕は事件当日を含め何度か、犬の散歩中に柴田さんらしき男性とすれ違っているんです。ニュースで柴田さんの顔写真が報じられ、えっ!と驚きました。犯人の目的がわからず通り魔的な犯行かもしれないと思ったので、人の気配を感じるとうしろを振り返るようになりました。やっと安心して犬の散歩ができます」(地元の50代男性)

 別の男性住民は、

「容疑者が捕まってホッとした。警察は不審人物が目撃された電柱の周辺で指紋を丁寧に採取するなどしっかりやっていた。頑張ったと思う」

 と評価する。事件直後、犯行現場の路面には黒い染みが残り、そばに花が手向けられていたという。

 県警は現場に情報提供を求める立て看板を設置し、被害者の無念を晴らすべく逃げた男の行方を追った。どのような接点があったのか、犯行動機を含め事件の全容解明が待たれる。

容疑者宅前に並べられた10本の傘。女性用のものも

 

殺害された柴田哲二郎さん(企業のインタビュー記事より)

 

犯行現場は交通量の多い国道沿いの歩道

 

容疑者らしき不審人物はこの電柱の陰に隠れて