「いろいろやってみたのですが、ことごとく失敗に終わりましてね」
スタジオジブリの日本テレビ子会社化を発表した会見でこう話していた鈴木敏夫社長(スタジオジブリ)。“失敗”とは後進の育成を指したものだ。
ジブリと日テレは'85年に『風の谷のナウシカ』をテレビ初放映して以来、約40年と長きにわたる関係性がある。
会見でジブリの鈴木社長は、「若い人材を育成するというのか、育つために必要なのはテレビシリーズ。テレビシリーズで若い人に機会を与えて秀作を作ってもらう。その中で出てきたのが高畑(勲)であり、宮崎(駿)だった」と語った。テレビシリーズを担当することでなぜ人材は育成されるのか? その発想に至るのか?
『君たちはどう生きるか』は、製作期間が7年にも及んで…
「テレビアニメは毎週放送になるので、制作本数を数多くこなすことでより多くの人材が経験を積めるはずです」
そう話すのは、国内外のアニメに詳しい映画ライターの杉本穂高氏。
「スタジオジブリは、数年に1本のペースで長編映画を作っていましたが、1本作るのにかなりの年数を擁していますし、それだけ製作費もかさみますから、必ずヒットさせねばならず冒険できません。そういう意味で若手にチャンスを与える余裕も少ないと思います」(杉本氏、以下同)
会見時の鈴木社長の弁によると、ジブリ直近作の『君たちはどう生きるか』は、製作期間が7年に及んでいる。
「近年のジブリ映画は製作費がものすごくかかっていて、そういう意味でも冒険するのが難しくなっていました。『君たちはどう生きるか』の製作費は正確な金額は公表されていませんが、高畑勲監督の『かぐや姫の物語』は51億円前後かかったと鈴木社長が発言していて、それに匹敵するか超えている可能性があります」
製作本数を数多くこなすこと以外にもテレビシリーズを担当することで、成長できる理由はあるのか?
「難しいところですが、テレビだから成長して、映画だから成長しないということでもないのかなと思います。製作費が高騰して冒険できないとしましたが、テレビシリーズも近年、製作費が上がっていて、そういう意味ではテレビシリーズでも、意識して育てるという姿勢を持たないといけないのかなと思います。
鈴木社長は後継者が育たなかったという話をしていますが、ジブリ出身のアニメーターは粒ぞろいの実力者でいろいろなところで活躍していますし、監督デビューもしています。ただ、宮崎駿監督の後を継げる人はいなかったということで、それは宮崎さんが規格外すぎる実力者だからだと思います」
テレビ局がアニメスタジオを買収した例は過去にも
後進の育成以外に、日本テレビによるジブリの子会社化はどのような影響をもたらすか。まず、ジブリへの影響としては。
「ジブリはアニメーション製作と美術館・テーマパークの運営に専念するとのことなので、経営面でのかじ取りは心配せずに制作に集中できる環境になるのはいいことかなと思います。ただ、今後は企画の決定権は日テレにあると考えられるので、これまでのような作品作りができるかどうか不透明で、ファンはそこを心配しているのかなと。ただ、日テレはジブリとは付き合いが長くブランド価値はよく知っていると思いますので、それを棄損するようなことはないんじゃないかと思います」
親会社の日テレ側の影響は。
「すでに株価が高騰したようですが、日テレとしては強力なIP(知的財産)を抱えることになり、過去の権利の運用だけでもそれなりの利益が出せるでしょうし、事業的に大きなプラスになると思います。テレビ局は全体的に、放送外収入の重要性が高まっており、特にグローバル市場で稼げるコンテンツを欲しています。その筆頭としてアニメにどの局も力を入れてきていますが、ジブリはグローバル市場で絶大なブランド力を持っているので、とてもいい買い物だと思います」
では、アニメ業界全体としては?
「テレビ局がアニメスタジオを買収する例は過去にもありました。日テレもマッドハウスとタツノコプロを買収していてこれで3社目。TBSやテレ朝も傘下にアニメスタジオを持っています。関西の局の朝日放送なども子会社にスタジオを持っています。テレビ局側は、グローバルに稼げるコンテンツとしてアニメを重要視していますから、安定して作品を作っていくために、スタジオの買収はこれからも行われるかもしれません」
杉本氏によれば、アニメスタジオの経営状況は二極化しているという。
「東映アニメや京都アニメーションなど、自社でIPを豊富に持ってきちんと運営できているところと赤字体質のところとに分かれます。製作費の高騰や旺盛な需要による人材不足などいろいろな状況の中で、頑張って独立して運営し続けるか、大きな資本の傘下に入るか、潰すかといった選択を迫られている面もあると思います。中堅どころでそれなりに製作力があるけど、資本的に厳しくなっているスタジオなどは、大資本の傘下に入って製作に専念したいと考えている会社は結構あるんじゃないかと思います。
スタジオジブリは作家性を前面に押し出して、独立運営しているスタジオの象徴だったので、独立してこだわった作品作りを目指していた会社としては、ショックを受けたかもしれません。“ジブリすらも最後は大資本の下に収まるのか……”というような」
「宮崎はいま、『君たちはどう生きるか』の興行成績をものすごく気にしている。かつてないくらいなんですよ」(会見時の鈴木社長)。同作はジブリの単独出資での製作というこれまでにない形だった。制作期間は7年ほどかかっており、製作費も莫大であっただろう。そのタイミングでの子会社化。『君たちは〜』との関連性は……。
「どちらかというと鈴木プロデューサーと宮崎監督の高齢化で会社を残す道を模索する中での選択ということでしょうから、あまり関係はないように思います。もちろん、単独出資で相当にお金を使ったので、経営的にきつくなった可能性もあり、それが背景要因になったかもしれないですが、会見で海外上映が好調に決まって赤字にはならなさそうとも言っていたので、おそらく強い関係はないと思います」
「作品性や質が保たれるのか?」というような点で、ジブリの子会社化には賛だけではなく、否の意見もある。“ジブリはジブリのまま”でいられるか、そのための人材は育つか──。