11月6日、リマ市内のろう学校ではスペイン語の手話を披露された佳子さま(写真提供:アフロ)

 ♪「たとえ道は別れたって君を思うよ」

 子どもたちの歌声に瞳を潤ませられたのは、11月1日から10日間の日程で南米ペルーを公式訪問された佳子さま。現地時間8日、リマ市内にある日本人学校を訪問されたお礼として合唱が贈られたのだ。

佳子さまの脳裏にあった姉の姿

「佳子さまの脳裏には、姉の眞子さんの姿があったのではないでしょうか」

 ある皇室ジャーナリストが続ける。

「佳子さまは、'19年にペルーを訪れた眞子さんと事前に連絡を取り合われていました。訪問先の歴史に関する本を譲り受けるなど、多くのことを教えてもらったそうです。結婚して皇室を離れた今も心はつながっている、そう実感されたに違いありません」

 往路での搭乗機に2度の機体トラブルがあり、現地入りが丸1日遅れる災難に見舞われたペルーご訪問だが、

「外交関係樹立150周年記念式典を別日に振り替えたほか、休憩時間を減らすなどして、予定していたすべての訪問先に足を運ぶことができました」(皇室担当記者)

 国際親善に尽力される佳子さまのお姿は、連日のように報じられたが、カメラには映らない“事件”もあった。

「リマにある日秘文化会館を訪問されたときのこと。多くのメディアは、日系1世で104歳の女性とのご交流を取り上げていましたが、佳子さまが“日本のプリンセス”ということにピンときていない人も多かったようで……。

 ご懇談の終了後、佳子さまがその場を後にされるのを見送ることもなく、交流メンバーがそそくさと捌けてしまったそうです。皇室の方々は従来、ご訪問先で名残惜しそうに見送られることが多いため、宮内庁職員や報道陣の間に微妙な空気が流れてしまったとか」(現地ジャーナリスト)

佳子さまのご発言に波紋

 世界遺産のマチュピチュ遺跡をご覧になった佳子さまのご発言も波紋を呼んだ。

「すごく壮大な景色で、写真では拝見したことがあったのですが、この場に立って見てみると、オーッという感じがすごくします」

 この等身大のご感想が、思わぬ形で注目を集めることに。

「ご旅行ならまだしも、日本の代表としての公式訪問です。表現力や語彙力について指摘されてしまうのも無理はありません。マチュピチュ遺跡を前に、報道陣がご感想を伺うことは、事前に佳子さまにも通達されていたはず。もう少し、重みのあるコメントを用意されてもよかったとは思います」(宮内庁OB)

 一部では厳しい声も上がったが、疲れを見せることなく、笑顔を振りまかれた佳子さまについて、現地メディアが《ほほえみのプリンセス》《日本版キャサリン妃》などと報じていたのも、また事実。

「リマにある公立のろう学校を訪れた際には、約1か月半かけて練習されたスペイン語の手話を披露されました。『全日本ろうあ連盟』に勤める佳子さまにとって、手話はライフワークでもありますが、海外の手話を習得するのは容易いことではありません。現地の教師や生徒からは“どうやって短期間で習得したのか”と、驚きの声が上がったそうです」(前出・皇室担当記者)

“お下がり”着用で姉妹の仲を強調

'19年7月、ペルー訪問の出国時、真珠のブローチを身につけていた眞子さん

 さらに、秋篠宮さまの“顔を立てる”ご配慮もみられた。

「7日の夜には、現地で人気のミュージシャン、ルーチョ・ケケサーナさんの音楽公演を鑑賞されました。この方の音楽を愛してやまないのが、何を隠そう秋篠宮さまなのです」(宮内庁関係者、以下同)

 '14年のペルーご訪問時に、ケケサーナ氏の演奏をお聴きになったのを機に、お住まいや車でCDを流し、ケケサーナ氏から贈られた楽器『チャランゴ』を練習されているという秋篠宮さま。来日公演に眞子さんと佳子さまを連れて行かれたこともあった。

「ペルーでケケサーナさんと再会した佳子さまは、秋篠宮さまのチャランゴの写真をお見せになったとか。秋篠宮さまが楽器を大切にされていると知ったケケサーナさんは、感謝を示していたそうです」

'14年7月、都内のホールでペルー音楽の演奏を鑑賞された秋篠宮ご一家

 佳子さまのお心遣いが、日本とペルーの友好関係をより強めたともいえるだろう。

「深めた絆はそれだけではありません。佳子さまは、ペルーご訪問中、たびたび眞子さんの“お下がり”を着用されていました。姉妹の結びつきを強調されたのだと思います」(宮内庁OB)

 羽田空港を発たれる際は、眞子さんが'19年にペルーへ向けて出国したときと同じものと思われる真珠のブローチをご着用。ペルー南部にあるクスコでお召しになったターコイズブルーのワンピースは、眞子さんが'17年にブータン王国を訪れた際に着用していたものと同じだった。

「ワンピースは、佳子さまの身体にフィットしていたので、サイズやスカート丈を調整されたのだと思います。そこまでして着用される背景に、今あるものを大事に使うという、皇室の考え方があります。また、眞子さんへの思慕や、皇族時代に立派に公務を務めたことへのリスペクトも感じられます」(皇室のファッションに詳しい歴史文化学研究者の青木淳子さん、以下同)

大統領との面会では

 大統領と面会された際は、眞子さんが以前着用していた若草色の振り袖をお召しに。

「皇族時代の眞子さんのお召し物は、緑が多かった印象です。緑は樹木の色で、一般的にも安全や安心といった言葉と結びついて使用されますよね。佳子さまにとって、お姉さまから引き継がれた“緑の装い”は、心でつながっている安心感を得ることができるアイテムなのかもしれません」

 佳子さまは、記念式典でも秋篠宮ご夫妻や眞子さんから、ペルーの思い出を聞いていたことに触れられた。さらに、

「家にはペルーの本やアルパカのぬいぐるみがあり、ペルーの音楽を楽しむ機会も多くありました」

 とスピーチされた。アルパカのぬいぐるみは、ご一家にとって大切な宝物だといい、

「おそらく殿下が、過去にペルーを訪れた際にお土産として購入されたものでしょう。殿下は国内外問わず、各地で動物のぬいぐるみをお買い求めになります」(秋篠宮家関係者、以下同)

 それらは、思わぬ形で使用されているようで……。

「眞子さんの結婚後、秋篠宮家の食卓では、それまで眞子さんの席だった椅子にぬいぐるみが置かれるようになりました。眞子さんがいなくなった寂しさを埋めるかのように、ぬいぐるみは一定期間で交換されていて、そのひとつに、アルパカのぬいぐるみがあったのだと思います」

 眞子さんの存在を感じるためのキーアイテムともいえる。

「だからこそ佳子さまは、スピーチでぬいぐるみの話題を出されたのでしょう。眞子さんの結婚から2年、ご両親と姉妹の間に生じた溝は今なお埋まりません。ペルーで積極的にご家族の話に触れられたのは、ご両親と眞子さんの橋渡し役として関係修復を図るという“裏テーマ”があったからではないでしょうか」

 日本とアメリカ、そしてペルー。遠く離れた地で家族は“ひとつ”になれただろうか。

青木淳子 歴史文化学研究者。大東文化大学やフェリス女学院大学などで非常勤講師を務め、著書に『近代皇族妃のファッション』(中央公論新社)など