※写真はイメージです

 人生の最期を見据えた活動のことを指す「終活」。その言葉は定着してきたものの、親とは終活の話題を避け、先送りにしている人が多いのではないだろうか。

「私たちが相続の相談に乗るお客様でも、親が元気なうちに終活を手助けし、相続対策を行っているのはごく少数です。結果、親の死後に家族が相続でもめるなどトラブルに発展する例や、親の生前に何もしなかったことを悔やむ人を数多く見てきました

 こう明かすのは夢相続代表の曽根恵子さん。同社は日本で唯一の相続対策をサポートする専門会社として、1万5000件以上の相続相談に対処している。

親が死ぬ前にやるべきことを解説

 実際、相続トラブルは後を絶たない。遺産分割に関する調停・審判の申し立て数は年々増加し、20年間で約1.5倍に。法的な介入を求めるほど、相続で争う件数が増えているのだ。

「親が元気なうちに本人を交えて家族で話し合っておけば、相続争いになる可能性は低いでしょう。生前に相続のことを決めておくことは、親にとっても子どもにとっても、終活の最大テーマといえます。ただ、すんなりとはいかないのが現実です」(曽根さん、以下同)

 親が生きている間に、死んだ後の話をするのは気が引けるもの。相続のこととなればなおさら切り出しにくいだろう。また、親子のあり方の変化も相続の話し合いを難しくしている。

「昔は親と子が同居し、生活を共にする密な関係でした。ところが今は核家族化が進み、子のほとんどは親元を離れ、別世帯を持って暮らすのが当たり前になっています。年老いた親と会うのは年に数回というところも珍しくないはずです。親と子のコミュニケーションが薄くなっているわけです」

 さらに相続問題は資産家だけに該当すると考え、「うちは親の財産が多くないから、話し合いなんてしなくていい」などと捉えがちに。実際は前述の法的な相続トラブル事案の約8割が遺産総額5000万円以下で、1000万円以下でもめたケースも全体の約3分の1に及ぶ(2019年度、裁判所「司法統計年報」家事事件編)。相続争いはどこでも起こり得るのだ。

「親との必然的なコミュニケーション不足や、危機意識の低さなどから、一緒に進めておくべき終活が後回しにされてしまう。それが後悔を招く要因でしょう」

 一方、子の後悔は相続に代表されるお金の問題だけに限らない。

「もっと親と話をしておけばよかった。親に聞きたいこと、親とやりたいことがたくさんあった─。親亡き後、こうした後悔の念を抱いている相談者の声を耳にします。残念ながら、その願いは二度と叶えられません」

 ある日突然やってくる親との別れ。親の気持ちに寄り添うことなく死別してしまうと、取り返しのつかない罪悪感や喪失感に苛まれる人は少なくない。特に母子のつながりが強く、最愛の母親を失った悲しみに暮れ、“母ロス”から立ち直れないケースも見られる。

「そういった事態を避けるためにも、親子の終活は必要不可欠といえます。終活=生前整理はトラブルや後悔を回避できる前向きな機会。終活をポジティブに捉えることが大切です」

 悔いのない終活を進めるためには7つのポイントがあるという。その前段階で認識しておきたいことから聞いた。

タイミングを逃す前に今始めて後悔を防ぐ

 まず以下で紹介する項目を見てほしい。曽根さんへの取材をもとに、親との終活を急ぐべき人の例を挙げている。自身が当てはまるかどうか、チェックを。

こんな人は特に注意!
・遠方に住む親と疎遠である
・親がケガや介護で入院・入所している
・父母のどちらかが先立った
・親の介護の負担が親族のひとりに偏っている
・親がスマホで資産取引をしている

「親の介護の始まりは、終活に早く取りかかるべきサインといえるでしょう。介護施設や病院に入所・入院すると、気力や刺激を失って認知症を発症するケースが多いです。認知症の場合、本人との意思確認は困難を極めます。そうなる前に話し合いの機会を持つようにしたいですね」

※写真はイメージです

 父母のどちらかが先立つのも認知症につながりやすいパターンのひとつ。

「配偶者の死によって同様に気力を失い、認知症を発症しやすいのです。あとを追うように亡くなるケースも少なくないため、親との終活を急がなければなりません

 親の介護の負担の偏りも、のちのちトラブルの原因に。また、親がスマホで株取引している場合はどんな注意点が?

「今は高齢者でもスマホやパソコンを使って株などの金融商品を取引しています。親が該当し、ネット証券に株などの資産を残したまま亡くなったら、遺族は探し出すのに苦労を強いられ、資産の引き出しも容易ではありません。

 そこで、通常の終活に加えて、“デジタル終活”が必要になってくるのです」

まず親の人生を知って寄り添うことから

 では、親との終活は何から手をつければいいのか。3つのステップに分け、親の気持ちを知るためにやるべきことをまとめた。

先延ばしにせず、まずはココから!親の気持ちを知る3ステップ
《STEP1》頻繁に連絡を取り合う
親との連絡を密にして、薄れていた関係性の回復に努める。関係性を取り戻せば会話も弾んでいく。終活に向けた下地作りの位置づけ。

《STEP2》親子の年表を作る
親の歴史を子は知らないもの。これまでの歩みや思い出をインタビューし、自身の歩みも加えて親子年表を作ると、親の人生が見えてくる。

《STEP3》家族の未来年表を作る
家族の未来に起きることを想定し作成。今後どのタイミングでお金が必要になるか、また親の介護や看取りについて現実的に考える道標に。

 住まいが別々の親と連絡を取っていないなら、頻繁に連絡を取り合うようにするのが第一。自分から電話をかけたり、実家が近ければ夕食などに足を運ぶ。

「親が遠方に住んでいる場合は、より意識して電話やLINEなどで接点を持つようにしましょう。親との関係性を再構築し、終活に向けた下地作りを行います」そのうえで、「親子の年表」や「家族の未来年表」の作成に取り組む。

「『親子の年表』は親にインタビューしてまとめます。幼少期から現在までの歩みや思い出を聞きましょう。併せて自身のこれまでの歩みも思い返し、年表を完成させてください。

 次の『家族の未来年表』はその名のとおり、家族の未来を想定してまとめます。相続の発生、子の成長や独立などまで見通し、年表に落とし込んでください。

 2つの年表をみんなで共有すれば、親の気持ちに寄り添う終活のヒントを家族全員が得て、話し合いに臨めるのです」

経済面と感情面の2本柱で行うのが大切

 親の人生ヒストリーをひもとき、家族の未来も見通したら、いざ終活へ。

「親との話し合いは、“経済面と感情面”の2本柱で進めるのがポイントです」

 と曽根さん。経済面とは相続を中心としたお金に関すること。財産の話は避けて通れない。

※写真はイメージです

「ただ、お金のことばかり尋ねると、親は気分を害しかねません。財産の把握とともに相続などについて『どうしたいのか』を確認し、サポートに徹するようにしましょう」

 感情面とは心の動きや気持ちに類すること。思いを引き出すことが重要になる。

「親のこれまでの歩みや家族への思い、今後を踏まえ、さまざまな希望を満たすよう努めます。心の整理や準備を手伝ってあげましょう」

 2つのアプローチによって導き出される、親が元気なうちにやっておきたい終活リストの一例が以下の7項目。経済面から見ていこう。

【親が元気なうちにやることリスト7】
【経済面】
□ 親の財産状況を共有する
□ 財産の分け方について意思を確認
□ 親の葬儀や墓の形式について希望を聞く
【感情面】
□ やり残していることはないか聞く
□ 医療や介護の希望を聞く
□ 親の写真や思い出の品の整理をサポート
□ 親がお世話になった人への思いを聞く

・財産状況を共有

 預貯金、株、不動産、各種口座番号、クレジットカード情報など財産状況をまとめてもらい、共有する。

「ネット銀行やネット証券を利用している場合、スマホやパソコンのパスワードがわからなければアクセスできません。ネット銀行、証券のID・パスワード含め、メモなどに残し保管しておいてもらうのが理想です」

※写真はイメージです

・遺産分割について意思確認

 実家などをどうしたいのか、預貯金や株、不動産などの遺産分割をどうしたらいいかなど、意思を確認しておく。

「子どもたちの相続争いは親も望まず、悲しませることになります。そうならぬよう親の意思を確認するのは絶対です。遺言書の作成をサポートできればベストですね」

・葬儀や墓の形式について希望を聞く

 どんな葬儀や墓を望んでいるのか、耳を傾ける。

「親の死去直後に決めなければならないのが葬儀です。希望がわかれば即依頼でき、費用も把握できます。お墓についても同様に安心です。ただ葬儀の場合、『故人の希望で身内だけの家族葬にしたら、その後友人・知人が自宅に弔問に来て困惑・疲弊した。一般葬にすればよかった』という声も。頭に入れておくべきですね」

 次に感情面。

・やり残していることはないかを聞く

 “あれをやっておきたい”という思いは必ずあるもの。胸に秘めるその思いを引き出す。

「子ども世代に多いのは、『親をもっと旅行に連れて行ってあげたかった』という声です。子どもや孫も含めた旅行の計画を提案しましょう」

・医療や介護の希望を聞く

 どんな医療や介護を望んでいるか、耳を傾ける。

「親が病気や介護状態になってからだと、望みを聞くことができない場合も。事前に思いを知っていれば、そのときがきたら希望に添えます」

・写真や思い出の品々を整理してもらう

 夫婦、家族との写真や思い出の品々を整理してもらう。

「デジタル分野で手伝えることやアドバイスに努めます」

・お世話になった人への思いを聞く

 仕事仲間、友人などに対する思いを知っておく。

「親亡きあと、その思いをお世話になった人に伝えてあげてください。きっと喜んでもらえるでしょう」

 年末年始の帰省時、まずはゆっくり親と話をしてみてはいかがだろうか。

親の死後“もめた”“恨んだ”子ども世代の後悔の声

 後悔先に立たずだが、親の死後、そんな思いに駆られる人は少なくない。1万5000件以上の相続相談に応じてきた曽根さんに、2つの典型事例を聞いた。反面教師としよう。

実家を売ることができず空き家のまま「負の遺産」に

 実家を離れ、進学、就職して結婚し、2人の子どもに恵まれたCさん(50代女性)。両親は年金暮らしで悠々自適の生活を送っていた。

「ところが当時85歳だった母親が突然亡くなってしまいました。1人になった高齢の父親が介護施設に入所するも、1年たたないうちに認知症を発症し、その後亡くなりました」(曽根さん、以下同)

 両親が残した遺産は実家の土地と建物、そして預貯金。同様に実家を離れていた弟と半分ずつの相続だが、問題は実家の扱いだった。

「Cさんは処分して売却した金額を2人で分ければいいと考えていたところ、弟はこれに大反対。思い出の詰まった実家を手放したくないというのです」

 何度説得しても了承を得られず、姉弟の関係は険悪に。実家はいまだ空き家のまま残っているとのこと。

「実家に住むのが親だけになった段階か、両親のどちらかが亡くなった際に、実家をどうしたいか親に意思確認しておけばよかったでしょう」

スマホのパスワードがわからず資産3000万円が消息不明に

 上場企業を定年退職後、コンサルタント業をしていた70歳の父親が突然くも膜下出血で倒れ、帰らぬ人に。父親の財産は自宅と数百万の預貯金のみ。夫婦別財布ゆえ母親は気にしなかったが、もっと財産があってもおかしくない。するとIさん(40代男性)に父親の友人から思わぬ情報が寄せられた。

「ネット証券や暗号資産など、ネット上で複数の取引をしていたはずだと聞いたのです。しかし、肝心のスマホのパスワードがわからず、確認できなくて途方に暮れます」

 その後、父親の愛読書の中からパスワードのメモを発見し、スマホのロックを解除。

「ところが今度は仮想通貨取引所のID、パスワードがわからない。再び壁にぶち当たってしまったわけです」

 結局、ネット上に眠る資産の消息はつかめず。少なくとも3000万円以上あるはずだと悔やむ日々を送る。

「スマホのパスワード、ネット機関のID、パスワードを管理してもらい、所在を共有しておくべきでした」

実家片づけブロガーうきさんの場合

 富山の実家まで片道6時間の道のりを何度も通い、親の生前に家の片づけを成し遂げたうきさん。1人暮らしの母親に寄り添い、介護施設入所を経て昨年夏、最期を看取る。奮闘しながら後悔もあったというその思いを吐露してもらった。

「年老いて施設への入所を迫られたとき、母はどうしたいのか、元気なうちに聞いておけばよかったと思いました。

 住み慣れた実家近くがいいのか、生まれ故郷がいいのか、娘の家の近くがいいのかなど。十分な話し合いをする間もなく、私の住む関西に呼び寄せると決めてしまったので。実家を将来どうしたいかも、併せて聞いておくべきでした。

 誰かに住んでほしいのか、売っていいのか、子どもたちに受け継いでほしいのかなど。希望を聞いても逆に困ったかもしれませんが……」

 母親は終末期を迎え、病院を見舞う日々が続いた。

「口から物が食べられなくなったとき、延命治療するか否か、日頃から終末期に対する考えを聞いておけばよかったかもしれません。これを決めるのが、自分でも一番つらかったですから。

 母はもっと生きたいと思っているのか、もう父のところへ逝きたいと思っているのか、悩みました」

 そして永遠の別れがやってくる。最愛の母親は90歳で旅立った。

「墓、仏壇についても、どう継承していきたいか確認しておけばよかったのかもしれません。でも、答えに詰まってしまったでしょうね。そう、母の好きな花を聞いておくべきでした。

 好きな食べ物はたくさんわかるんですけど。母の写真にお供えをするとき、いつも思います」

うきさん●関西在住の50代主婦ブロガー。親の家の片づけ、介護、看取りまでをブログ(以下QRコード)に綴る。
うきさん●関西在住の50代主婦ブロガー。親の家の片づけ、介護、看取りまでをブログ(以下QRコード)に綴る。
曽根恵子さん●夢相続代表。日本初の「相続実務士」として相続対策サポート専門会社を運営。感情面と経済面に配慮した“オーダーメイド相続”の提案を強みとしている。著書多数。
教えてくれたのは……曽根恵子さん●夢相続代表。日本初の「相続実務士」として相続対策サポート専門会社を運営。感情面と経済面に配慮した“オーダーメイド相続”の提案を強みとしている。著書多数。

(取材・文/百瀬康司)