新型コロナの感線拡大「10波」の原因ウイルスについて、医師が解説します

 新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)感染者が再び増えている。

 厚労省によれば、1月29日~2月4日の定点あたりの報告数は16.15件、前週の14.93件から約8.2%増えた。今年初めの週の6.9件からは、約2.3倍に増えている。

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 これは東京都の定点報告の結果とも一致するし、臨床医としての筆者の感覚とも合う。筆者は新宿駅ナカのクリニックで診察しているが、1月半ばから感染者が急増している。「10波」といわれているが、それが今も続いていると考えられる。

今年に入って急に増えた

 感染者数は、無症状感染者や軽症者が病院を受診しないため、過小評価となる。感染の実態を評価するには、下水道のサーベイランスが有効だ。

 札幌市が実施している下水サーベイランスによれば、昨年最終週をピークに減少に転じていた下水中の新型コロナRNA濃度は、1月15日~21日の週から増加に転じ、1月29日〜2月4日の週は前週の2倍以上に増えた。

下水サーベイランスの結果(札幌市のウェブサイトより)

 過去3年間、新型コロナの冬場の流行は、1月半ばから2月初旬をピークとしていた。今冬も当初は例年通りの展開を示していたが、ここに来て状況は変わった。

JN.1とはどんなウイルスか

 それは新たな変異株が出現したからだ。オミクロン株BA.2.86(通称ピロラ)から派生したもので、「JN.1」という。

 昨年9月にカナダやフランス、シンガポール、スウェーデン、イギリス、アメリカなどで相次いで検出され、その後急拡大した。東京都のデータによると、1月8~14日の新規感染者の約6割は、JN.1によるものだ。

 昨年12月、世界保健機関(WHO)は、JN.1を「注目すべき変異株(VOI)」に認定した。3段階のうちVOIは要注意度で2番目にあたる。

コロナ変異株の分類(東洋経済オンライン)

 JN.1の主な症状の詳細については後述するが、発熱、倦怠感、鼻水、咳などで、これまでの従来株と変わらない。ただし、従来株と比較して免疫を回避しやすい。これがJN.1が急拡大した理由だ。

 この点については、すでに複数の臨床研究が報告されている。今月、東京大学医科学研究所を中心とした研究チームが、イギリス『ランセット感染症学』誌で研究結果を発表した。

 JN.1の親株であるBA.2.86は、2022年の流行の主流株で、従来型のXBBやBA.2と比べて30以上の変異があり、免疫を回避しやすい。JN.1はBA.2.86の変異に加え、さらにLeu455Serという変異と非スパイクタンパクに変異が加わり、免疫回避能力が高まっている。

 現在、接種が進んでいるオミクロン株(XBB.1.5)のワクチンは、JN.1の親株であるBA.2.86に対して有効で、重症化の予防が期待できる。ただ、JN.1に関する効果は限定的だ。

 ワクチンの効果は、感染予防と重症化予防という2点で評価されるが、現行のXBB.1.5ワクチンを接種しても、JN.1の感染はあまり予防できないと考えたほうがいい。重症化予防効果については、まだ評価できない。

 では、JN.1に感染した場合の重症度はどうなるだろうか。

 これについては、いまだコンセンサスはないが、あまり心配する必要はなさそうだ。それは、JN.1の感染拡大が先行したアメリカなどで入院患者が増加していないからだ。

 下の図はオックスフォード大学が提供するデータベース”Our World in Data”を用いて、筆者がアメリカの人口100万人あたりの新型コロナ感染による入院患者数の推移を調べたものだ。今冬のピークは1月3日の110.5人で、昨冬(1月2日140.5人)の79%だ。

人口100万人当たりのCOVID-19の週間新規入院患者数(図:筆者作成)

 これは私の感覚とも合う。

 今年に入ってから、新型コロナ感染がさらに軽症になっているように感じるからだ。以前は38度台の高熱が出る患者が多かったが、最近は抗原検査で陽性となった人の半分程度が37度台だ。

 倦怠感は訴えるが、咳や痰などの呼吸器症状、のどの痛みなどは軽い。カロナールなどの解熱薬と鎮咳薬(咳止め)などを処方し、「ご自宅で養生してください」と伝える。

 そうすると数日で状態は改善するが、それでも周囲に新型コロナウイルスをばらまくので、発症から5日間くらいは周囲にうつさないように注意したほうがいい。

重症化以外で問題になっていること

 では、JN.1に問題はないのかというと、そんなことはない。十分なデータはないが、後遺症が出る人はいるようだ。先日も「数日前から少しだるく、においがわからなくなった」という20代の患者を診察した。体温は36.7度だったが、抗原検査では強陽性だった。

 実は、この後遺症対策こそ、現在の世界の新型コロナ研究の中心的なテーマとなっている。

 コロナ後遺症には疲労感や呼吸困難、記憶力・集中力低下(ブレインフォグ)、味覚・嗅覚障害、睡眠障害、うつなど多彩な症状が表れる。今年1月には、韓国の研究チームが、コロナ感染者は円形脱毛症の発症リスクが1.8倍に上がると『アメリカ医師会誌皮膚科版』に発表した。

 昨年9月、アメリカ疾病対策センター(CDC)が発表した調査によれば、2022年にアメリカの成人の6.9%が新型コロナに罹患歴があり、3.4%が後遺症を抱えていた。

 コロナ後遺症の正確なメカニズムはまだ解明されていないが、新型コロナウイルスによる組織障害、血栓形成、免疫系の過剰反応、自己免疫、神経系の異常などの要因が関与するとされている。

 後遺症のリスクは新型コロナ感染が重症化するほどあがり、重症化もしやすい。したがって、後遺症対策となるのは、重症化を防ぐ治療薬とワクチンが挙げられる。

 治療薬については相反する研究結果が発表されている。薬の投与により重症化は予防できるが、後遺症を防げるかどうかは明らかではない。

 そうなるとワクチンだが、これについては「後遺症予防に有効」というのがコンセンサスになりつつある。

後遺症の予防に有効なものは?

 昨年3月、筑波大学の研究チームが、ワクチン接種と後遺症に関するメタ解析の結果を『ワクチン』誌に発表している。メタ解析とは、過去に発表された研究結果をまとめたもので、臨床医学では、最もエビデンスレベルが高いとされている。

 この研究では、未接種者と比べ、2回接種者では後遺症の頻度が38%低かった。

 3回目以降の追加接種の有効性についての情報は限られているが、有望とするものが多い。昨年11月、スウェーデンの研究チームが『イギリス医師会誌(BMJ)』に発表した研究によれば、コロナ後遺症はワクチン接種回数が増えるほど発症が減っていた。予防率は1回接種で21%、2回で59%、3回で73%だ。

 後遺症予防の観点から、どの程度の接種回数が必要かは明らかではない。ただ、日本の高齢者は、最大7回コロナワクチンを接種しており、後遺症予防という意味では十分だろう。

 問題は、少なくとも3回の接種を済ませていない人たちだ。3月末までは公費で打つことができる。JN.1対策も含め、早めに接種することをお勧めしたい。

 以上がJN.1で筆者が重要と考えるポイントである。

 JN.1は基本的に軽症だが、感染力は強い。本来、今の時期であれば新型コロナの流行は収束に向かっているはずだが、この流行はもう少し続きそうだ。換気、手洗いなど感染予防に努めるとともに、最低3回のワクチン接種を済ませていない方は、後遺症対策のためにも早急に接種をお勧めしたい。


上 昌広(かみ まさひろ)Masahiro Kami
医療ガバナンス研究所理事長
1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。