しっかりと朝昼晩食べているつもりなのに、なぜか栄養が足りてない「低栄養」状態。最新の厚生労働省の調査によると、65歳以上の約6人に1人、85歳を超えると約3人に1人が、低栄養傾向という危険に直面している――。

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■タンパク質やビタミン、ミネラルなどが不足

「高齢者においては、タンパク質、エネルギーの欠乏が大きな問題です。最初のうちは、体内の貯蔵栄養素を利用することで代謝を維持し、体力を保持しようとしますが、それが長引くと、体重の減少、骨格筋の筋肉量や筋力の低下、体脂肪の低下、感染症などを起こしやすくなります」

 そう危険性を説明するのは、南大和病院の栄養部長、工藤美香先生だ。高齢者の場合、食事摂取量の減少が、低栄養の大きな原因になるという。

「身体を動かさないのでお腹が空かない、噛む力や飲み込む力が弱まり食事の量や回数が減る、消化機能の低下、味覚の低下、食べたことを忘れたりする認知機能の低下などの要因が関係しています」と工藤先生は指摘。

 何を食べるか、そのひと箸ひと箸も、低栄養に影響する。

「麺などツルッとしたものや軟らかいものばかりを好んだり、果物や生野菜、肉類を食べなくなると、タンパク質やビタミン、ミネラルなどが不足する。固いものや繊維質の多いものを食べるのが難しくなるため、食物繊維が足らなくなることもあります」

■ガリガリにやせ細った人ばかりではない

 食事量が減る→やせる→低栄養、という図式に当てはまらない“隠れ低栄養の人”がいることも、周囲の気づきを遅くさせているという。

 医療法人社団悠翔会理事長で診療部長の佐々木淳先生は、「低栄養でもガリガリにやせ細った人ばかりではないのです。普段から高齢者を診ている看護師でも、見逃すことも」と、外見だけでは見誤ってしまう可能性を指摘。

「低栄養状態を測る指標として、MNA(簡易栄養状態評価表)というスコアリングシートがあります。ネットで検索すれば、すぐシートが出てきます。質問に答えていくと、栄養状態がいいかどうかのスクリーニングができますので、ぜひやってみてください」と呼びかける。

 緑風荘病院の栄養室・健康推進部主任の藤原恵子先生は、低栄養かどうかを見分ける家庭でもできる判断基準として、

「体重が6か月間に2~3kg減少した、または1~6か月の体重減少率が3%以上である場合、もしくはBMI《体重(Kg)÷[身長(m)×身長(m)]》が18.5未満である場合」と説明。

■低栄養に潜む深刻なリスク

 前出の工藤先生は、知らず知らずのうちに低栄養になると、さまざまな発症リスクが高まってしまうと強調する。

「貧血、脳出血、肺炎や結核、転倒した際の骨折リスクが高まり、さらには脳梗塞、がん、呼吸器疾患、肝臓疾患、腎疾患などの疾病につながることがあります。一番怖いのは、最終的に寝たきりの要介護状態になってしまうことです」

 前出の佐々木先生が、在宅の高齢患者を対象に調査した興味深い結果がある。そこから浮かびあがるのは、低栄養に潜む、実に深刻なリスクだ。

「高齢者の一番の死因である肺炎になっている人を診ると、約87%が低栄養、要介護の一番の原因となる骨折した人を診ると、約74%が低栄養でした。低栄養と、筋肉量が減少する『サルコペニア』、筋肉が脆弱になる『フレイル』という3つがオーバーラップして、悪循環に陥るんです」

 低栄養が命に直結していることを示すデータもあるという。佐々木先生が続ける。

「高齢者のうち、栄養状態が良好の人と低栄養の人が退院後どれだけ生きるかを調べると、前者は3年後も約8割が生きています。後者は100日後には2人に1人が亡くなり、3年後は5人に1人しか生きていない。手術不可能な膵臓がんの人より低栄養の人のほうが生存率は低いんです」

 では、どうしたら防げるのか。

■おすすめは“乳和食”“ちょい足し食事法”

 放置しておけば、死を招く低栄養だが、栄養状態をよくするだけで治るのもまた低栄養である。

 例えば、骨や筋肉のもとになるビタミンDなら、牛乳や卵を摂取すれば改善される。それらを日常的に使った『乳和食』を提唱しているのは、前出の藤原先生だ。

「乳和食とは、牛乳と和食を組み合わせた食事のこと。煮物や汁物などの和食に牛乳のうまみ成分を加えることで通常の和食より少ない塩分でコクを出せます。カツオ節や昆布だしを使わなくても、おいしく仕上がります。魚料理の生臭さを消す効果も。病院でも多いと週に4~5回は出しますが、みなさん“言われないと気づかないよ”と驚きます」

 前出の工藤先生は“ちょい足し食事法”をすすめる。ご飯や麺類など単品摂取をしがちな人に、特に効果的という。

「例えば、ご飯にシラスをプラス、味噌汁に豆腐と野菜をプラス、ざるうどんには大根おろし、ねぎ、ツナ缶をプラス、牛乳を飲むときは卵と砂糖を加えてミルクセーキにしてみる、など。面倒な調理工程がいらないので、取り入れやすいと思います」

■地域のサービスを積極的に利用する

 さまざまな食材をいただき、体重を頻繁にチェックすることによって「低栄養状態にいち早く気づくことが、やはり非常に重要なこと」と藤原先生と工藤先生は口をそろえる。2人はそれぞれ、次のような低栄養予防策をすすめる。

「最近はドラッグストアなどに管理栄養士がいることも増えていますし、医療・介護保険制度の中に、管理栄養士が自宅にうかがい栄養相談を行う『在宅訪問栄養食事指導』もあります。都道府県栄養士会が運営する地域住民のための食生活支援活動の拠点『栄養ケアステーション』が、地域の特性に応じさまざまな事業を展開しています。配食サービスも多様化しています」

 と、工藤先生。藤原先生は、

「孤独に過ごすことを避け、ご家族と離れて暮らす方は特に、地域サービスを積極的に利用しましょう。料理教室や市民のための公開講座などを病院と市が連携して行っているところもあります」

 サービスをうまく利用することで、適切な栄養相談、チェックを受けられる機会がグンと増えるという。正しい知識を得たうえで、「タンパク質を意識しながらおいしく食べ、身体を動かすことがとても大切」と説くのは佐々木先生。食べることにも身体を動かすことにも億劫にならないよう呼びかける。

〈教えてくれた先生方〉

◎佐々木淳さん

医療法人社団 悠翔会理事長・診療部長。在宅医療に専門的に取り組み患者の幸せな余生を支援。高齢者の低栄養改善や疾病予防に力を入れる。

◎工藤美香さん

南大和病院 栄養部長。病院の関連グループ全体の栄養管理を統括。著書に『早引き 介護の栄養管理ハンドブック』がある。

◎藤原恵子さん

緑風荘病院 栄養室・健康推進部主任。通院、入院、在宅すべてで同じ栄養ケアを提供することを目指し、病院内外での栄養指導に尽力。