『アフタヌーンショー』(テレビ朝日系)の司会で知られた川崎敬三さんが、7月に亡くなっていた。本人の希望で公表されず、知人に届いた喪中はがきで明らかになった。

「'80年代に“そ~なんですよ、川崎さん”というフレーズが大流行しました。スタジオで司会をする川崎さんと現場レポーターの山本耕一さんが事件についてやりとりする会話を、当時人気だった『ザ・ぼんち』が漫才でパロディーにしたんです」(テレビ誌ライター)

 川崎さんは'54年に大映のニューフェイスに合格し、映画デビューを飾った後は、テレビにも進出して司会者としても活躍。

「ロールスロイスを自ら運転し、高級スーツに身を包んで仕事場に来ていました。スキャンダルを扱う側ということで、お酒も飲まなくなり、俳優業もしなくなっていきました」(テレビ局関係者)

 '85年に女子中学生をリンチさせて放送する“やらせ事件”が起きて『アフタヌーンショー』のディレクターが逮捕される。川崎さんはやらせを知らなかったが、責任をとって降板することを生放送中に宣言した。

「番組の原稿どおりにきっちり進行させる方でしたが、皮肉なことに、あの日が初めてのアドリブだったそうです。責任感が強かったので“番組の顔である自分が”と決めたんでしょうね。降板してからは番組の関係者といっさい関わらなかったようです」(前出・テレビ誌ライター)

 芸能界からフェードアウトした後は、所有するアパートの家賃収入で悠々自適の暮らしだったという。

 出生地の神奈川県川崎市から芸名をつけた川崎さんは、川崎市内の病院で最期のときを迎えた。密葬も川崎市内でとり行われ、喪主を務めた節子夫人は、「川崎生まれで、川崎に育ち、川崎で逝きたかったのでは」と話した。

「ネタに使っていたので怒られるのではと思っていましたが、とても優しく笑いながら“いいね。面白いよ”と言っていただきました」

 訃報を聞き、ぼんちおさむは故人の人柄を偲んだ。

(俳優・享年82・7月21日逝去)