森達也
『A2』に続く新作ドキュメンタリー映画を制作中

 日本中を震撼させたオウム真理教。一連の事件が起きた背景から、その後の影響までを検証する。

「’95 年は1月に阪神・淡路大震災があって、その2か月後に地下鉄サリン事件が起きました。国じゅうが激しい不安と恐怖に揺さぶられたわけです。人間は不安や恐怖を感じると、ひとりでいるのが怖くなって、多数派に身を寄せたいという気持ちが強くなります」

 そう指摘するのは、オウムの教団内部に入り込んで密着取材したドキュメンタリー映画『A』『A2』監督、作家の森達也さんだ。

「3・11のあとも同じです。『絆』『がんばろう!日本』のキーワードは、どちらも要するに、みんなでまとまろうということ」

 その結果、イワシやメダカが群泳するように、全員がそろって同じ方向へと動き“集団化”していく。

「みんなが同じ動きをする集団には、激しい同調圧力がかかっています。群れの動きからはずれるやつが許せない。最近で言うなら、危険地帯に行って人質になったら自己責任、みたいな。どこの国でも集団化は起きるけれど、その度合いが日本はちょっと強い」

 ここに至るきっかけがオウムと、森さんは断言する。

「しかもサリンをまいた動機がわからない。いつ自分が狙われるかわからないのだから、これは怖い。集団化が加速します」

 ひとたび残虐な事件が起きると、敵と味方、正義と悪という善悪の二分化に陥りやすい。正義とされる多数派の側について安心したい、そんな心理も働く。

「そのため号令を発してくれる人─、強い意見を言う強いリーダーが欲しくなる。しっかり監視してくれ。悪いやつはやっつけてくれ。管理・統制されることを社会が求め始めるのです。具体的には、’99 年の小渕内閣のときに国旗国歌法ができて、住民基本台帳法と有事法制のガイドラインも決まった。通信傍受法もそう。本来であれば、どれひとつとっても国会で紛糾しそうな法案がこの時期、あっさりと通過しています」

 “テロ対策”として監視カメラが街中に設置されたのも、オウム以降のことだ。駅のゴミ箱も撤去。公園のベンチにはホームレスよけの仕切りが作られた。

「みんなが同じ動きをする集団では、ホームレスは異物。そんな存在は認めたくないという気持ちが強まり排除が始まる。いちばんの異物は犯罪者です。できれば彼らを隔離したいし、本音でいうと抹消したい。当然、厳罰化が進行します」

 ただし、監視カメラを増やして罰を重くしたことで安全になったとは言い難い。犯罪件数は減少傾向にあるが、体感治安は改善されず、自治体に寄せられる不審者の報告も後を絶たない。

「ある自治体のホームページに、不審者情報として、“作業服を着た初老の男がニヤニヤ笑いながら子どもに話しかけてきた”という書き込みがありました。でもこれ、ニヤニヤをニコニコにかえたら子ども好きのおじいさんでしょう。ある程度のセキュリティーは必要だけど“人を見たら泥棒と思え”みたいな社会では、子どもは寄り道もできない。大人たちもギスギスして不信感ばかりが増幅します」

 不安に駆られた集団をまとめるには共通の敵を見つけるのがいちばん。だが、敵とみなされ追いつめられた人々は、どこへ向かうのか。

「例えば、欧米から多くの人たちが『イスラム国』へ行っていますが、彼らは移民であったり下層階級であったり、つまり排除されてきた人たちが多い。排除を生む社会構造があるからこそ暴力や殺人につながるわけで、日本でも同じことが言える。みんなが共存できる社会を本来は考えるべきなのに、オウム以降、逆の方向へ向かっています」