「20世紀が終わった時、胸をなで下ろしました。大地震に備え部屋には食料を蓄えていた」と35歳女性は振り返る。

 《1999年7の月、恐怖の大王が空からくるだろう アンゴルモアの大王を甦らせるため その前後、マルスは幸福の名のもとに支配するだろう》

 16世紀フランスの占星術師ノストラダムス。彼が残した予言詩1000編の中にあるこの一編は、世界中の人々を震えあがらせた。

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ノストラダムスの肖像画(田窪主宰提供)

 "恐怖の大王"とは何か? 各国の研究者はさまざまな解釈を発表。天変地異、大戦争、超光化学スモッグなど……。人類滅亡につながる事態が起こるのではと半信半疑で心配した人もいたのではないか。滅亡論の信者の中には、存在するのかもわからない楽園への移住を考える人もいたという。

 だが、’15年を迎えた今も、「恐怖の大王」は現れない。予言ははずれたのか?

 そもそも日本で話題になったのは’73年に出版された作家・五島勉氏の著書『ノストラダムスの大予言』が発端だった。ノストラダムスの人物像を学術面から考察し、長年情報を収集・公開してきたノストラダムス研究室の田窪勇人主宰(51)は静かに語る。

「当時、世の中はオカルトブーム。超能力など科学で説明しきれないものに興味が集まっていました。また米ソ冷戦や公害問題の深刻化など、不安を煽る社会情勢も背景にあり、五島氏が唱えた人類滅亡説は鮮明な終末観を植えつけました。フランス革命や日本の敗戦など、世界で起きたさまざまな現象を予言詩の内容と巧みに結びつけて紹介し、主張に信憑性を生み出しました。こうして、ノストラダムスは瞬く間に世紀末の予言者に仕立て上げられたのです」

 五島氏は’78年に続編を刊行。"謎解きゲーム"は続いた。

「当該詩に関する原書や文献をきちんと読み込んで検討された予言は皆無でした。予言の当たりはずれをジャッジするには明確な日時や内容がそろっているのが前提ですが、それらが欠けているものがほとんど。何でもありのバラエティーの世界の話になっていたんです」(田窪主宰)

 ’95年に地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教も、ノストラダムスブームを利用しようとした。麻原彰晃教祖は、

「渡仏してノストラダムス協会の有識者と対談し、持論が受容され協力も確約された」

 と主張し、信者を取り込もうとした。しかし、同協会のミシェル・ショマラ氏から田窪主宰に届いた手紙によると、

「奇妙なことを言う集団が来た覚えはあるが、協力を約束した覚えはない」と一蹴。

 その後、素人までもがノストラダムスに関する持論を展開、好き勝手に唱えるようになっていったという。

 つまり、’99年7月に何も起こらなかったのは必然だった。田窪主宰は、「ノストラダムスの予言詩は本来、彼の世界観を詩のかたちで表現した文学だととらえるほうがわかりやすいでしょう。実は、彼は実業家としても優れており、自分の売り込みや王家とのつながりを作ることに長けていた。彼の人物像や、知識をどう得ていたのかなどを解き明かすことのほうが面白いはず。予言詩を読み解くのであれば、まずは何が正しい事柄なのかきちんと整理すべきでしょう」と主張する。

 ただし、ノストラダムスの予言詩は西暦3797年まで続いているとみることもできるという。恐怖の大王はもう出てこず、具体的な天変地異などの予言はあえて読み取らないことにしているそうだ。