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■血縁・婚姻抜きで同居する4人の日常

 『まほろ駅前多田便利軒』『風が強く吹いている』『舟を編む』など、多くの著書が映画化、テレビドラマ化され、軽快なエッセーも人気を博している、現在、最も支持されている作家のひとり、三浦しをんさん。そんな彼女の新作は、1組の母娘と2人の他人、計4人の女が、成り行きから東京の古い洋館で同居する、ちょっと不思議な物語です。

 4人はそれぞれ個性的ですが、つかず離れずの心地よい関係。家事なども適度にこなし合い、楽しそうに暮らしています。

「この話を書いたきっかけは……私は独身で、37歳の主人公と同じような年齢なのですが、少し前まで“多くの友達が結婚して、中には子どもが中学生なんて子もいるのに、私の人生これでいいの!?”と焦っていたんですね。でも、だんだんそれがどうでもよくなってくると同時に、ひとりにこだわることにも疑問が生まれまして。結論として、血縁じゃなくても、互いに寄り合える場所があったらいんじゃないかな、もしそんな暮らし方が成り立つなら理想なんじゃないかなぁと思い、筆を進めました」

 4人はみな独身で、主人公の佐知は刺繍作家。佐知と同じく37歳の雪乃は、保険会社に勤務。27歳の多恵美は雪乃の後輩で、家主でもある佐知の母親の鶴代は、70歳近くのバツイチです。

「登場人物たちが独身だからといって、別に既婚女性を排除している気はないんです。私はよく気の合う友達、趣味が一緒の友達と、“年を取ったとき、一緒に暮らせたら楽しいよね”って、まあお決まりの話をするんですけど、既婚の友達にも“子どもはそのうち独立しちゃうし、平均寿命からいえば夫が先立つ可能性も高いし、仲間に入りなよ”と言っています(笑い)。夢物語かもしれないけれど、そういう楽しい老後を想像する、もしくは老後まで待たなくても困ったときには連帯できると思うことで、今日も1日頑張ろうと、女性は思えるんじゃないでしょうか」

 女同士の話と聞くと、見栄と嫉妬の世界を想像しがちですが、登場人物たちは実にのほほんとしています。ときに約束を“いい感じの彼と出かけるから”とひとりがドタキャンしたとしても、結局は“しかたないなあ”と、責めずに受け入れる度量もあります。

「たまに“女って怖いな~”という男の人がいますが、私はそのたびに“あなたの会った女の人はすべて、そんなにギラついていたの?”と不思議に感じます。私の周りにはそういう人、あまりいなくて……。もちろん、女同士にドロドロした関係が、まったくないとは言いませんが、自身の過去を振り返っても、助け合うことが多かったです。例えば“彼氏ができそう”なんてときには足を引っ張ったりしないで、応援し合ったり。女って、女のことを基本的に好きなんじゃないかなあ」

■みな、無理せずとも実は見守られている

 4人の日常は、細かいディテールがとてもリアルです。義理人情あふれる江戸っ子ではなく、よくも悪くも野心のない東京っ子である佐知や、買い物といえば新宿に出かけ、伊勢丹デパートが大好きな鶴代の描写には、“あるある”と頷いてしまいます。また、“誰にも過剰に期待しなければ、裏切られることもない”と嘯きながらも佐知の淡い恋を応援する雪乃、ちゃっかりしているようでロクデナシな彼氏に流されそうになる多恵美には、誰もが“こういう人いる”、もしくは“これはまるで私!”と、共感するのではないでしょうか。

「キャラクターを作るうえで意識したのは、本当に嫌な人にしないこと。読者に“私の中にあるものを、この人たちも持っている”と思ってもらえたら、とても光栄です」

 話が進むうちに、ファンタジー的な要素が入り交じります。超常現象が起こり、死者と生者の声が重なり合い――しかし、それすらも日常の中で吸収していく心の健全さ、強さが4人にはあります。

「超常現象までいかなくても、“あれはなんだったのかな”というようなこと、誰もが心当たりがあるのでは。でもそれを奇跡だと騒ぐ人は少数派で、“理解はできないけどまあいいか”と、日常を続けていく人が大半でしょう。それも人間の面白さだし、日常の頑強さなんだと思います」

 4人が住む家は、サンクチュアリだという三浦さん。この古い洋館は、外でいろいろあったとしても、帰宅すればくつろげて安らげる場所。家庭を持たなくても、人と関わり合い助け合って生きることはできると、教えてくれる場所なのです。

「人は無理してひとりになる必要もないし、逆に、無理して誰かと一緒にいる必要もない。そして死ぬときはひとりだけど、生きているときは、必ず誰かに見守られている。だからどんなときも、実は焦らなくてもいいと伝われば、うれしいです」

 世間的に見れば、未婚で彼氏もいない“残念な女”である4人ですが、その生活は実に豊か。読後感爽やかで、女性がホッとひと息つける1冊でした。

『あの家に暮らす四人の女』1500円/中央公論新社
『あの家に暮らす四人の女』1500円/中央公論新社

■取材後記「著者の素顔」

「たとえ結婚していても、人生では何らかの悩みが生まれるものだし、それからは逃れられない」「他人は自分のことを大して気にしていないから、やりたいことをやったほうがいい」などなど。三浦さんは取材中ずっと、ご自身の意見を小気味よく語ってくださいました。ベースにあるのが、「自分の人生、何をしてもいいじゃん、ひとりでも誰かといても、仕事してもしなくてもいいじゃん」という肯定の気持ち。いまだに思い出すたび、何だか元気になります!

(取材・文/中尾 巴 撮影/斎藤周造)

〈著者プロフィール〉

三浦しをん ●1976年生まれ。2000年『格闘する者に〇』でデビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞を、2012年『舟を編む』で本屋大賞を受賞。その他の著書に『秘密の花園』『風が強く吹いている』『仏果を得ず』『神去なあなあ日常』など。『悶絶スパイラル』『本屋さんで待ちあわせ』などエッセーも多数。