元オリンピック選手であり、指導者としても知られる山本郁榮さん。子どもたちや孫をすべて世界級の選手に育てたレジェンドが語る、最強の子育て論とは──。

■ダルビッシュ有と次女・聖子の息子は?

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「彼(ダルビッシュ有)も聖子も、子どもをしっかり見守るでしょう。孫に何がフィットするかどうかは、自らの経験も踏まえて見極められるはずですから、心配はしていません。

 孫が育つ場所がアメリカになる可能性が高いことを考えると、夏のスポーツと冬のスポーツを同時に行える環境にあるので、夏と冬、2つのスポーツを極めていく……なんてこともあるかもしれない。

 おまけにアメリカは、フィジカルトレーナー、メンタルトレーナーというように細分化されたレベルの高いスタッフや指導者がいる。そういう環境下で、どうやって子どもの自主性を伸ばして、光るものを見つけられるかは楽しみ。レスリングや野球をさせるかどうかは、子ども次第ですよ」

 御年70歳とは思えない若々しい笑顔でそう話すのは、レスリング界・格闘技界を席巻した山本美憂(41)、徳郁(38)、聖子(35)のきょうだいを育て上げ、自身もミュンヘン五輪レスリング日本代表として活躍した山本郁榮さんだ。

 なお、長女・美憂の長男は、レスリングの山本アーセン選手(19)で、2014年には東京オリンピック強化選手に選ばれた。

 山本さんといえば、前出のように、今年7月、次女の聖子と、大リーグのテキサス・レンジャーズに所属するダルビッシュ有(29)との間に第1子が生まれたことでも話題になった。

 それに対し「やはり野球かレスリングの道に進ませますか?」と聞いたところ、返ってきたのが冒頭の言葉だ。

■子どもに判断させるという状況を作る

「そもそも3人の子どもたちにだって、私のほうからレスリングを続けてほしいとはひと言もいっていないんですよ。子どもというのは、自分の性に合っているものに出会うと自然に頑張ることができます。

 私は、本人たちがやりたいと思ったスポーツやお稽古はすべてトライさせました。バイオリン、クラシックバレエ、フィギュアスケート、柔道、器械体操……。子どもが、“これが一番楽しい!”“これなら負けない!”と感じるものを続けさせるつもりだったのですが、血は争えないのか(笑い)、3人ともレスリングを選択しました」

 なんと! 最強のレスリングきょうだいは、子どもたちの自主性を尊重した賜物だったという。

「親の願望でサッカークラブに入れるのもいいけど、きちんと子どもを見守って愛情を注いでいれば、自分の子どもにどういう得意分野があって、どんな性格なのかわかるはず。それがギターであれば、サッカーとギターどちらも同時進行でさせる。最終的に選んだほうを伸ばせばいい。

 親の判断でやめさせるのではなく、子どもに判断させるという状況を作ることで、自主性や、やる気が育つ。

 うちの子どもたちは3人とも英語を話せますが、それもレスリングの国際大会で必要だと自分で解釈して、勉強した副産物なんですよ」

 自分で選んだものであれば、“言い訳をしない”“克服する努力”といった逆境に負けない精神力も育まれる。言われてみれば、トップアスリートは英語がペラペラだ。

■褒め方にもちょっとしたコツがある

 子どもの感性や個性を伸ばすうえで大切なことは、“褒めること”だと断言する山本さん。しかも、褒め方にもちょっとしたコツがあるという。

「子どもというのは、そのときに褒められないとピンと来ないものです。しばらくして、“あのときのここがよかったよ”と言っても、肝心の子どもが理解していなければ伸びるものも伸びません。

 スポーツに限った話ではなく、テストでよい点数を取ったときや、部屋で楽器を演奏していたり、工作をしていたり、“いいぞ!”と感じたときは、すぐに伝えてあげること。

 瞬間瞬間で褒められることで、子どもはすぐに理解して、喜んでもらおうと必死に努力します。子どもは大人と違い、得や欲よりも、うれしい、楽しい、といった感情を優先することを忘れないでください。

 聖子の場合、練習中に褒めると、帰宅途中に“パパ、どこがよかったの?”と何度も聞いてきました。私は最初に褒めたときと同様に何度も褒めるようにしていました。“さっき言ったでしょ”ではなくて、何度でも褒めてあげた。子どもたちにとっては、それが何よりのやる気や充実感につながるのだと思います」

■別のスポーツに転向させたほうが花開く場合もある

 感じた瞬間に子どもに伝える。それは悪い部分を指摘するときも一緒。山本さんは、自身が長年、見続けてきた教育現場にも提言をする。

「義務教育の中で、優れた指導者に出会えるとは限らないので、こういった側面を踏まえても、いろいろなことにトライさせることは無駄ではないと思います。

 よい指導者というのは、その子が持っている才能を埋もれさせるようなことはしません。レスリングに通っている子で、なかなか結果が出ない子がいたとしましょう。才能はもちろん、その子の身長や体重を鑑みたとき、別のスポーツに転向させたほうが花開く場合もあると思えれば、真剣にその子と話し合う。そういう関係性が築ける指導者に巡りあえるかどうかもポイントです」

 高校までバスケットボールや剣道に打ち込み、大学入学後はレスリングへ転向。その後、オリンピック代表にまで上りつめた山本さんだからこそ説得力がある。

 また、大人になったら、子どもにあれこれ指図はしない。親も子離れをしなくてはいけない、とも。

「私には、今でも子どもたちや孫のアーセンから相談のメールが来ますが、指導方法などにはアドバイスをするけど、プライベートなことには“それは自分で決めなさい”と答えています。でも“どう決めてもパパは何も口出さないよ”とも添えますけどね」

 しかし最後に、冒頭のお孫さんに対して、こんな本音が。

「でも、どういう道を歩むにせよ、褒めて褒めて伸ばすおじいちゃんになってしまうだろうね(笑い)」

(取材・文/我妻アヅ子)

〈プロフィール〉

やまもと・いくえい ●1945年愛知県生まれ。日本体育大学に入学と同時にレスリングを始め、1972年ミュンヘンオリンピックの日本代表となる。現在は、世界で活躍するアスリートやオリンピック選手を育成する競技者塾「GENスポーツ・アカデミー」(http://gsa.asia/)総監督を務めるなど多岐にわたり活躍。