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 お色直しのために新郎新婦が退場してから、なかなか戻らないふたりに、ヨウイチとマキの披露宴会場は重い雰囲気に包まれていた。

*控え室の前・ヨウイチ*

「すみません、そろそろ出てくると思いますので……」

 マキの控え室前、ヨウイチは2人を呼びにきたスタッフに頭を下げていた。

 マキが出てこなくなってしまったのだ。

「マキ? どうした? 何か嫌なことでもあったの?」

「……………………」

 彼女からの返答はない。一体何が起こったのだ。ヨウイチは途方にくれていた。

*控え室のなか・マキ*

「マキ? どうした? 何か嫌なことでもあったの?」

 ヨウイチの問いかけに、マキは答えられずにいた。むしろ、ヨウイチにだけは答えることができないのだ。自分が控え室にこもる理由は。

 お色直しのため、会場の扉を出たときに白衣の男性と目が合った。その瞬間、血の気が引いた。

 そこにはユウジが立っていたのだ。ヨウイチとセックスレスだったころに一度だけ関係を持った相手が。他人のそら似だ。そう思い込もうと思った矢先、

「ユウジさん、料理長がこんなところで何してるんですか! 厨房に戻ってください!」

 コック帽を被った同僚であろうスタッフがその男を呼ぶ名前、頭にフラッシュバックした

「うちで飲みなおさない? “料理人”らしく帆立のマリネでも作るよ」

という、あの日に言われた口説き文句が、絶望のパズルを完成させた。

 バチが当たったのだ。

 あの日。ヨウイチの浮気が発覚した日。マキは自分の浮気を告白することはできなかった。いつか打ち明ければいいと思っていたが、それからすぐにプロポーズされ、この秘密を知られるのが怖くなった。

 あれだけヨウイチを責め立てておいて、自分は浮気を告白することをしなかった、そんな卑怯な行いへの罰なのだ。

 一生に一度の披露宴の料理を、自分の浮気相手が作っている。

 ヨウイチはそのことを知らない。自分が浮気をしたことすらも。どうすることも、誰に打ち明けることもできないこの状況に、マキはただただ泣くことしかできなかった。

*厨房・ユウジ*

「新婦さん、まだ戻って来ないそうです。参ったな。デザート、いったん冷蔵庫に戻します?」

 会場の様子を伺いに行っていた厨房スタッフ・ショウヘイの声が、ユウジの頭上を通り抜ける。

 ……やってしまった。

 おそらく、あの新婦はマキだ。自分と目が合ったときの表情、何より「新婦が控え室から出てこない」というこの状況が、あれがマキだということを物語っている。

 披露宴の料理を浮気相手が作っているなんて、普通の女性なら耐えられないだろう。

 まさか、関係を持った相手が、自分の職場で披露宴を挙げるとは。そして、鉢合わせしてしまうとは。ユウジは近頃、空いた時間で披露宴の様子を見に行くことにしていた。間近に控えたキョウコとの式の参考にするための行動が、まさか他人の幸せを壊してしまうことになるなんて思いもしなかった。

 なんとかしなければ。

 このままでは披露宴が無茶苦茶になってしまう。幸せなはずの日に、拭い切れないトラウマができてしまう。自分のような思いは、もう誰にもして欲しくない。

「ショウヘイ、ちょっと頼まれてくれるか?」

 ”頼みごと”を聞いたショウヘイは、顔に?マークを浮かべながら厨房を出た。

*控え室の前・ショウヘイ*

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 コンコン……

「すみません、ちょっとお伺いしたいのですが」

 ショウヘイは控室のドアの前にいた。

「…………」

 新婦からの返事はない。

「厨房の者です。デザートを出すタイミングについてご相談させて頂きたいのですが……」

「…………」

「あ、今ここには僕しかいません。ここにいた方々には、この後のスケジュールの相談に行ってもらいました。あの、控室のなかに入れていただけないでしょうか?」

 控え室の扉が開いた。

 自分が厨房の人間であること、今ここには自分しかいないことを伝えれば、新婦は扉を開ける。

 今のところ、ユウジの言ったとおりだ。

 控え室に入ると、そこには涙でグシャグシャになった花嫁がいた。それでも彼女が美しく見えるのは、よく似合っているウエディングドレスのせいだろうか。

 彼女がすがるような目で話しかける。

「あの……、さっき会場の外にいたコックさんの名前って……」

「あぁ、タケダユウジという者で、うちの料理長です。すみません、彼が何かしましたか?」

「やっぱり……」

 ユウジの名前を聞くと、新婦はうなだれた。

「あ、あの、僕、ユウジさんの部下の者です。きっと新婦さんは、誰にもこの件を相談できない、お前が話を聞いてやれって言われて……僕も、何がなんだか」

 つい数分前、ユウジは「お前は新婦の話を聞いて、”そんなに気にすることではない”と言ってやってくれ。その間に、俺も新婦が出てくる方法を考える」と言っていた。

 とりあえず、話を聞こう。ショウヘイは続ける。

「大丈夫、外には誰もいません。もしよければ、僕に話を聞かせてください」

 ぽつり、ぽつりとマキは喋り出した。

 浮気をしてしまったこと。それを新郎に言えていないこと。その浮気相手が、偶然このホテルの料理長をしていたこと。

 話が違う。

 とてもじゃないが、ユウジの言いつけどおり「そんなに気にすることではない」なんて言えない。かといって、新婦にかける言葉も見つからない。

 そう思ったその時、誰もいるはずのない控室のドアの向こうから、いるはずのない男の声が聞こえた。

「今のが、新婦が出てこない理由です」

 ユウジだ。

「え!? さっき誰もいないって……!」

 マキが驚いた表情でショウヘイを見る。もちろんショウヘイは答えられない。ショウヘイも驚いているからだ。ドアの向こうから聞こえるユウジの声は、さらに驚きの言葉を発する。

「そして、その浮気相手が、私です」

 最悪の展開だ。内容から察するに、ユウジが喋りかけている相手はおそらく新郎だ。

 新婦の告白を自分だけが聞くはずが、新郎が聞き、さらにはその目の前にユウジがいる。ユウジは何をするつもりなのだろうか? ショウヘイは頭を抱える。

 なぜ。なぜこんなことになってしまったのだろうかーー。

*15分前、厨房・ユウジ*

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 ショウヘイを控え室に送り出すと、ユウジは頭を抱えた。

 どうしたらいい……?

 ショウヘイに、新婦から事のいきさつを聞き出して「”そんなに気にすることではない”と言ってやれ」とは伝えたが、それだけでこの事態が解決するわけがない。

 どうすれば……。

「すみません」

 聞きなれない声に顔を上げると、そこにはなんと新郎が立っていた。

「突然、すみません。あ、今日こちらで式を挙げている新郎のオカノと申します」

「あ……ここの厨房で料理長をしています、あ、えと、タケダです、料理長の」

 ユウジはしどろもどろの挨拶をした。

 自分が彼に会うのはまずいのでは……? 困惑するユウジに、ヨウイチが続ける。

「勘違いだったらすみません。さっき、あなたと目が合ってから、マキの様子がおかしくなった気がして……タケダさん、何か、知りませんか?」

(後編に続く)

 過去の作品はコチラからご覧ください!

・【酒井啓太 恋愛小説vol.1】君を心から愛してる。だから僕は浮気をする

・【酒井啓太 恋愛小説vol.2】恋する風俗男

・【酒井啓太 恋愛小説vol.3】生真面目クンと王様ゲーム

・【酒井啓太 恋愛小説vol.4】ラブクッキング~恋の専属料理人~