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永沢さんの給与明細。9年半働き手取り15万円以下

 「保育園落ちた日本死ね!!!」と題した匿名ブログをきっかけにした怒りの反乱はいまだおさまる気配がない。政府与党は緊急対策に乗り出すなど、ついに政治を動かすまでになったが、苦しい境遇にあえぐのは子どもを持つ親だけじゃない。保育の現場で今、何が起きているのか。

「10年近く働いても手取りは月15万円以下。残業代もつかないし1年目からほとんど変わらない。もっともらってもいいですよね?」

 育休中の保育士、永沢香苗さん(30=仮名)は首を傾げた。その問いに本誌が断言しよう。もらうべきだ。勤続10年で手取り15万円に満たず、ろくに昇給もない給与体系は明らかにおかしい。

 だが残念ながら、永沢さんの待遇は保育士として平均的。経営者が特に悪徳というわけでもない。

 匿名ブログから広がった待機児童問題への注目と、ママたちの働きかけで、保育士の待遇がクローズアップされるようになった。保育所を増やせない要因といわれているからだ。

 ツイッターでつながった親たちが先月23日、国会で集会を開き、保育園を増やすなどの改善を求め野党議員らへ請願した。そこには保育士の姿もあった。

「保育士としての熱意も、誇りもある。それでもなぜ辞めたのかということを知ってもらいたい」

 東京都品川区の櫻庭伸也さん(30)は残業代の未払いをきっかけに昨年、勤めていた民間の認可保育園を退職した。以後、資格を持ちながらも保育職には就いていない。いわゆる『潜在保育士』だ。全国におよそ68万人と推計されている。

「結局は退職後に振り込まれましたが、また保育士として働こうとは思えないですね。家族を抱えて月給17万では、生活の見通しが立たない」

 佐藤あかねさん(30=仮名)も潜在保育士のひとりだ。保育園の先生は幼いころからの夢だった。だが、新卒で就職した民間の認可保育所に9年半勤めて、昨年3月末に退職。その間、労働環境が年々悪くなっていくのを感じたと話す。

「記録をつける仕事が多くて、勤務時間内に終わるはずがないのに、残業代をつけたくないから“早く帰れ”と言われる。だから開園前に、みんな朝早く来てやっていましたね。そのうち残業代がつかなくなり、タイムカードも辞める2~3年前に消えました」

 辞める決意をしたのは、現場を無視した園長らの振る舞いが大きい。

「運動会で、園長や副園長が、5歳児の見せ場だったバルーン競技を4歳児も一緒にやれと言い出したんです。4歳と5歳では身体の大きさも力もまったく違う。ほかの競技の練習もあるので負担になる。 反対しましたが当日、4歳も一緒にできるようレベルを下げて行うことに。見せ場を奪われた格好になった5歳の親からは、クレームが殺到しました」

 園長らは、保育所を、幼保一体のこども園に移行していきたいという考えがあった。

「こども園ではさまざまな年齢の子どもたちが一緒に育ちます。そのため保護者向けのアピールを兼ねていたようです」

 ほかの園で働くことは今のところ考えていない、と佐藤さん。

「いつか保育士に復帰したいなとは思う。でも、子どもが生まれたらと考えると……大変ですよね」

 保育士を天職と言い切る幸田晴彦さん(26=仮名)は、この仕事に就いて4年目。前年度は年長組を受け持ち卒園児を送り出した。保育士でなければ経験できない、貴重な瞬間に立ち会えた。一生続けたいと思う。だが、今年度いっぱいで退職を考えているという。

「そろそろ結婚を考えています。子どもが好きで保育職に就いたぐらいだから、わが子が欲しいという気持ちは人一倍あります。もし生まれてきたら、わが子の幸せを第一に考えたい。そう思うと現状の待遇では辞めざるをえません」

 幸田さんのような若い保育士のなかには、働きながら奨学金の返済をしている人もいる。

「生活費にすら困窮している状態だと思う」

 続けたいけれどやむなく辞めていくのだ、と幸田さんは嘆く。

 こうして保育士の人手不足は常態化する。保育士の川谷美津子さん(40代=仮名)が働く園では、辞職を願い出た20代の保育士を引きとめるために、こんな騒動があったという。

「今辞めたらもったいないと引きとめた園長が“どこでも好きなクラスをもたせてあげるから”と言い出した。ベテラン職員にしてみればおもしろくない。一触即発の雰囲気になりました」

 その保育士が辞めたくなった理由は「学級運営のつらさ」にあった。

「彼女の担当クラスにはADHD(注意欠陥多動性障害)の子どもが4人いたんです。通常は2人程度ですが、ほかにも先生の言うことを聞かない子どもが多くて」(川谷さん)

 事務作業の負担も大きかったようだ。

「親への連絡帳を書くのはうちの園では1、2歳の乳幼児までですが、発達障害のお子さんがいるクラスは5歳まで、担当職員が書き続けなければならない」

 事務作業のストレスは前出・永沢さんも感じるところだ。

「記録や工作などの持ち帰り仕事が多いんです。子どもたちのお昼寝の時間にやろうとしても、園庭の草をとったり、お便り帳を書いたりで時間がない。45分の休憩時間も、ササッとお茶をすするだけ。余裕がない。有休も取りづらいし会議も、土曜出勤もある。すると家でやるしかない」