20160705_10P_3
写真:母親たちによる国会請願では「保育園落ちた」のプラカードが並んだ

 舛添要一東京都知事の辞職により、都知事選との時間差選挙の様相となった参議院選挙。7月10日の投開票日まで3週間を切り、各党の論戦がにわかに活発化している。

 選挙公約で自民はアベノミクスの成果を強調、さらに野党のお株を奪うような社会保障の充実策を並べる。ただ、その財源となる消費税10%への引き上げは、2019年10月までの延期を決めた。

 私たちの暮らしを大きく変えるかもしれない参院選の争点を検証していこう。

■安倍政権下で非正規雇用は働く人の4割に

 再び消費増税の凍結を表明し、参院選に突入する安倍政権。与党幹部は街頭演説で、「アベノミクスは道なかば」と主張、続行させてほしいと国民に訴える。

 これを経済アナリストの森永卓郎さんは、こうバッサリ斬る。

「アベノミクスがうまくいかなかったのは、消費税を5%から8%へ引き上げてしまったから。ところがそうは言えないので、世界経済の成長率が悪いと責任転嫁している」

 2013年まではうまくいっていた。金融緩和の効果で日経平均株価は2倍になり、倒産件数はバブル期並みに減少した。学生の就職も完全な売り手市場に。海外へ移転していた製造業の流出も止まった。

 森永さんはそうした効果を認めながらも、誤算があった、と指摘する。

「企業がドケチで、史上最高額になっている内部留保を賃金に回さなかったのです。本来であれば、儲かっている企業から取って労働者に回すのがやるべき政策。なのに、消費税を上げて庶民の負担を増やし、それを原資にして企業の法人税を下げるという真逆のことをやった」(森永さん)

 アベノミクスのおかげで富裕層と大企業と国家公務員はバラ色。だが一方で、安倍政権下で非正規雇用は170万人増え、働く人の4割に達した。女性に限れば7割にものぼる。

 実質賃金は5年連続マイナス、大学生の半数が奨学金を借り、過去最高を更新し続ける生活保護受給者の半数は65歳以上だ。子どもから現役世代、高齢者にいたるまで格差は広がった。

 '14年4月に消費税率を8%に引き上げた際、政府は「社会保障にあてる」と熱く、強く訴えたが、介護福祉ジャーナリストの田中元さんは「明らかに方便ですよね」と冷ややかだ。

「消費税が3%アップして約8・2兆円の増収になった。確かに社会保障に使ってはいますが、社会保障の充実には2割しか使われていません。ほとんどが既存の政策に関してこれ以上、赤字国債を発行しないためのお金です」(田中さん)

 消費税10%延期の決定に、ひとまずホッとした主婦は多いはず。でも、その先はどうなるのか? 森永さんは次のように見立てる。

「参院選で安倍自民が勝てば、次に待ち構えているのは間違いなく『ホワイトカラーエグゼンプション』。いわゆる“残業代ゼロ法案”です。また金銭解雇という制度も取り入れます。正社員も手切れ金さえ払えば、いつでもクビを切れる。同じ仕事の賃金を同じにする『同一労働同一賃金』では、正社員の時給をパート・アルバイト並みに下げる。格差が拡大する仕掛けを次々に打つ。これを私は“3本の毒矢”と呼んでいます」

■要介護1・2の介護保険はずしが現実に

 税金逃れのためにタックスヘイブンを利用する大企業や資産家に課税する動きはなく、弱い者にしわ寄せがいく。その兆候は、これまで安倍政権下で行われてきた社会保障政策からも見て取れるという。

 鹿児島大学法科大学院の伊藤周平教授(社会保障法)が指摘する。

「安倍政権になって、まず生活保護の基準額と年金を引き下げ、児童扶養手当も下げました。ひと言でいえば、弱い者いじめです。

 高齢化が進むと、何もしなくても年金や医療にかかる経費が増えます。これを社会保障費の自然増と言いますが、毎年8000億円から1兆円かかります。この部分を安倍政権は毎年、2000億円ずつ削減していきました。介護報酬も大幅に引き下げ、今年は診療報酬を下げています」

 社会保障の大半を占める医療費の効率化を現政権はずっと進めている、と話すのは前出・田中さんだ。

「平成26年と平成27年の診療報酬改定によって、病院は、患者がちょっとでもよくなったら在宅へ戻すようになった。重い療養が必要なまま家に戻るわけですから、訪問看護や訪問診療を使っていても家族の負担は増えます。ただでさえ、低賃金で人手不足なヘルパーさんの負担も同様です」

 病人や社会的弱者に対して安倍政権の政策はやさしくない。消費増税延期によって「社会保障の充実のすべてを行うことはできない。優先順位をつけながら可能な限り努力する」と明言した安倍首相。その真意を田中さんはこう読み解く。

「“すべて行うことはできない”というのは“やりません”ということかもしれない。財務省は歳出削減のお墨つきをもらったと考え、社会保障はどんどん抑制のほうに働くでしょうね」

 割を食うのは私たちだ。

「介護だけなら、ボロボロになりながらも家族が看るかもしれない。そこに育児が絡む“ダブルケア”になったら、もうアウトです。自民党公約の“介護離職ゼロ”を実現させるには、同一労働同一賃金とか、非正規雇用であっても介護休暇が取れるような環境づくりがまず重要。つまり経済構造や働き方から変えていかなければいけません」

 伊藤教授も、医療と介護へのしわ寄せを危惧する。

「高齢者の高額療養費の窓口負担が、現在のおよそ月額4万円から8万円ほどに引き上げられる。湿布や風邪薬など市販薬でも売っているものは、患者の全額負担にする。入院時の食費、居住費も、患者の預貯金を調べて取るようになります。

 介護はもっとひどくて、要介護1・2の人を介護保険の生活援助サービスからはずす。住宅改修、福祉用具のレンタル代が全額自己負担になります」

 こうした自己負担増、介護保険の給付抑制は、すでに安倍内閣の『経済財政諮問会議』で参院選後の実施が検討されているという。

■待機児童の解消を実現できる政党は?

 『保育園落ちた日本死ね!!!』の匿名ブログに始まり、政治問題化した待機児童。削減ありきで進められている社会保障でも、保育だけは別のようだ。

「あれだけ世論が大きくなってくると、なかなかすぐに削れないのでは。自民党公約は50万人分の保育の受け皿を作るといっていますが、保育園を作るのではなく、小規模保育を増やすというやり方。小規模ですから、増やしたところで入れる数は知れています。小規模保育は2歳までしかいられないため、3歳で再び“保活”を始めなければならないという問題もあります」(伊藤教授)

 保育士の処遇改善も公約に盛り込んでいるが、

「国の財政を変えて8時間労働でサービス残業なし、研修も受けられるような配置にして、かつ給料を上げなければ解消されません」

 かたや野党は、「保育士の給与を月額5万円アップ、30万人分の認可保育園の増設」を訴えている。

「どのくらいお金がかかり、どのくらい増やせて、何年かけて解消するという長期的計画を出すべき。それでも土地を選定してから作るまでに1年ぐらいかかるので、保育園に落ちて困っている人は救えません。少子化が進むからと保育園を作ってこなかったツケが回ってきているのです」

 参院選後に、すべてが劇的に変わるわけではないが、1票による意思表示がなければ、いっさいの変化は生まれない。

 伊藤教授は、有権者にこう呼びかける。

「今の政権が、参院選後にどれだけの社会保障を削減しようとしているのか、きちんと見るべき。野党が過半数を占めるなりすれば今よりは悪くならない」

 また、森永さんは、

「いちばん国民生活を破壊するのは戦争になること。戦争になったら消費税どころじゃない。でも安倍総理は憲法9条を改正して国防軍を創設しようとしています。ダマされないように、ふだんからきちんと勉強して、どういう仕掛けで世の中が動いているのか知っておくことが重要です」